大社駅 – Wikipedia

大社駅(たいしゃえき)は、島根県簸川郡大社町(現・出雲市)にあった西日本旅客鉄道(JR西日本)大社線の駅(廃駅)である。大社線の廃線に伴い1990年(平成2年)4月1日に廃止となった。廃止後も純和風建築の駅舎が残されており、観光名所の一つとなっている。

なお2021年(令和3年)2月1日から2025年(令和7年)12月20日まで保存修理(仮設・解体)工事が行われており、駅舎を覆う囲いが設置され中に入ることはできず、外観もよく見えない[2][3]

開業当時のホーム 機関車は230形

廃止当時、島式・相対式ホーム2面3線を持つ地上駅であった。なお、これら3線はホームの末端で1線に収束した後、その先に車止めが設置されていたが、その引上げ線はかなり距離が長く、道路と交差する部分もあり、踏切も設置されていた。出雲大社の膝元であることから、1951年 – 1961年までの間は東京直通の急行列車「出雲」が運行されていた。その後も1980年代まで「大社」や「だいせん」といった急行列車や、参詣者の団体臨時列車などが乗り入れてきていたため、ホームは非常に長い。

現在残っている駅舎は1924年(大正13年)2月28日に竣工した2代目で、木造平屋441平方メートル、出雲大社を模したつくりである。団体専用の改札口などもあったが、廃止後もホームや駅の掲示などもすべて当時のまま残されている。以前この駅舎は、中央本線高尾駅の北口駅舎を設計した曽田甚蔵が設計したもので、伊東忠太がお墨付きを与えたと言われていた。しかし、大社線廃止後、駅舎の屋根裏調査で上棟式の棟板が発見され、設計者は当時神戸鉄道管理局の技手だった丹羽三雄であったことが判明した[7]

駅舎は2004年に国の重要文化財に指定された[6]。重要文化財の駅舎は全国に3件あるが、そのうち唯一の和風建築である[8][注釈 1]。また、すぐ近くにありながら当駅とは対照的なモダンな西洋建築である一畑電車出雲大社前駅とともに、近代化産業遺産(続33)にも認定されている。

利用状況[編集]

廃止前の各年度の1日平均乗車人員は以下の通りである。

西日本旅客鉄道
大社線

荒茅駅 – 大社駅

注釈[編集]

  1. ^ 他2件の東京駅丸の内駅舎、門司港駅舎はともに西洋建築[8]
  2. ^ 島根県統計書には年間の数字が記載されているため、365または366により除して四捨五入により算定している。
  3. ^ 現在の太い参道は参拝客を配慮して後からできた物。旧参道の繁華街から反対を受けて出雲大社から離れた位置の駅になった。旧参道では大回りをしないといけなかった。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、331頁。

    ISBN 978-4-533-02980-6。

  2. ^ a b 重要文化財旧大社駅保存修理(仮設・解体)工事のお知らせ”. 出雲市 市民文化部 文化財課 (2021年1月19日). 2021年10月19日閲覧。
  3. ^ a b 旧大社駅”. 出雲観光ガイド【出雲観光協会公式ホームページ】. (一社)出雲観光協会. 2021年10月19日閲覧。
  4. ^ 和田嘉宥「旧JR大社駅について(歴史・意匠)」『日本建築学会中国支部研究報告集』第19巻、日本建築学会中国支部、1995年3月、 533頁、 NAID 1100069699412021年11月14日閲覧。
  5. ^ 「知る人ぞ知る」駅から、「誰もが行きたくなる」駅へ。”. 西日本旅客鉄道 (2014年11月19日). 2014年11月19日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年11月19日閲覧。
  6. ^ a b 「出雲大社の22棟など重文答申 旧JR大社駅も指定」『読売新聞』読売新聞大阪本社、2004年4月17日、朝刊、31面。
  7. ^ 和田嘉宥「旧JR大社駅について(歴史・意匠)」『日本建築学会中国支部研究報告集』第19巻、日本建築学会中国支部、1995年3月、 534頁、 NAID 1100069699412021年11月14日閲覧。
  8. ^ a b 旧大社駅のご紹介”. 出雲市 市民文化部 文化財課 (2020年2月25日). 2021年10月19日閲覧。
島根県統計書

外部リンク[編集]

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