統計力学 – Wikipedia

統計力学とうけいりきがく、独: statistische Mechanik、英: statistical mechanicsは、系の微視的な物理法則を基に、巨視的な性質を導き出すための学問である。統計物理学[注釈 1]統計熱力学[注釈 2][1][2][3]) とも呼ぶ。歴史的には系の熱力学的な性質を気体分子運動論の立場から演繹することを目的としてルートヴィッヒ・ボルツマン、ジェームズ・クラーク・マクスウェル、ウィラード・ギブズらによって始められた。理想気体の温度と気圧ばかりでなく、実在気体についても扱う[4]。気体だけでなく、液体、固体やそれらの状態間の相転移、磁性体、ゴム弾性などの巨視的対象も広く扱う[5]

平衡系の統計力学[編集]

平衡状態の統計力学は、等重率の原理とボルツマンの原理から導かれる。

統計集団[編集]

ある巨視的(マクロ)な状態について考えたとき、それに対応する微視的(ミクロ)な状態は数多く存在すると考えられ、それらを全て集めたものを統計集団(アンサンブル)と呼ぶ。対応する全ての微視的状態を1つ1つ考えることは不可能であるため、実際の計算ではそれぞれの微視的状態は確率的に出現するものと考える。このように確率モデルで考えれば、系がある微視的状態をとるときの微視的な物理量は確率変数として与えられ、対応する熱力学的な状態量はその期待値(平均値)として再現されるものと考える。

系が微視的状態をとる確率分布は等重率の原理に基づいて決められるが、系を熱力学的に特徴付けるパラメータ(系のエネルギーや温度、化学ポテンシャルなどの状態変数)によって幾つかのアンサンブルがある。

アンサンブルは、系に応じて

などがある。

ボルツマンの原理[編集]

ボルツマンの原理により微視的な確率分布が熱力学的なエントロピーと関係付けられる。
また、確率の規格化定数として現れる分配関数は確率分布の情報をもっており、完全な熱力学関数と関連付けられる。

孤立系[編集]

孤立系の確率集団は {qi, pi} で指定される微視的状態が等しい確率をもつミクロカノニカル集団である。これを等重率の原理という。

孤立系(エネルギー E、体積 V、粒子数 N)のエントロピー S(E, V, N) を系の微視的状態の数 W(E, ΔE, V, N) を用いて定義する。

S=kBlnWkBlnΩ{displaystyle S=k_{mathrm {B} }ln Wsimeq k_{mathrm {B} }ln Omega }

これをボルツマンの公式という。kB はボルツマン定数と呼ばれる。W はエネルギーが [E, EE] の区間に含まれる微視的状態の数であり、ΔE は巨視的に識別不可能である微視的なエネルギー差である。つまり W は巨視的にエネルギー E を持つと見なせる状態の数である。それは等重率の原理により、

W(E)=E<H({pi},{qi})<E+ΔEdΓΩ(E)ΔE{displaystyle W(E)=int _{E

で与えられる。ここで、Ω(E) はエネルギー E における状態密度と呼ばれる量である。このエントロピーを熱力学におけるエントロピーとオーダーで一致させるには、微視的状態を量子力学によって記述する必要がある。その場合の統計力学を量子統計力学といい[6][7]、古典統計力学は量子統計力学の古典的極限として構築される。

エネルギー E の孤立系の物理量 A の集団平均 AE

AE=E<H({pi},{qi})<E+ΔEA({pi},{qi})dΓW{displaystyle leftlangle Arightrangle _{E}={frac {int _{E

で与えられる。

エルゴード理論[編集]

充分多数の N ≫ 1 個の粒子から成る古典的な系での任意の物理量 A の時間平均値 A

A¯=limT1T0TA({pi},{qi})dt{displaystyle {bar {A}}=lim _{Tto infty }{frac {1}{T}}int _{0}^{T}A({p_{i}},{q_{i}})mathrm {d} t}

と与えられる。{qi}i = 1,…, 3N, {pi}i = 1,…, 3N は系の微視的状態を指定する正準変数である。系が熱力学的平衡状態に達するならばこの値は収束する。このとき長時間平均 A は熱力学に現れる巨視的な物理量 A に一致しなければならない。系の微視的状態の(任意の)分布 ρ({qi}, {pi}, N) はリウヴィルの定理により時間に関して不変である。

dρdt=0{displaystyle {frac {mathrm {d} rho }{mathrm {d} t}}=0}

このことから、時間 t に依存しない平衡状態において、{qi}, {pi} で指定される微視的状態がある確率 dP を持つ確率集団(アンサンブル)を考えると物理量 A の集団平均 A

A=A({pi},{qi})dP=A({pi},{qi})ρ({pi},{qi})dΓρ({pi},{qi})dΓ{displaystyle leftlangle Arightrangle =int {}A({p_{i}},{q_{i}})mathrm {d} P={frac {int {}A({p_{i}},{q_{i}})rho {}({p_{i}},{q_{i}})mathrm {d} Gamma }{int {}rho {}({p_{i}},{q_{i}})mathrm {d} Gamma }}}

で与えられる。この集団平均 Aと時間平均 A が等しいと仮定することを統計力学の原理とする仮説をエルゴード仮説と呼ぶ。ただし、エルゴード仮説は統計力学の基礎付けと無関係という主張も専門家によってなされている[5][8]

非平衡系の統計力学[編集]

非平衡系では、熱平衡からのずれを1次の微小量(摂動)とみなしてよい線形非平衡系と、みなせない非線形非平衡系に分類できる.

量子統計力学[編集]

場の量子論を用いた統計力学[編集]

平衡系[編集]

場の量子論を用いた統計力学は、松原武生による温度グリーン関数の導入により始まった。

非平衡系[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 英: statistical physics
  2. ^ 英: statistical thermodynamics

出典[編集]

関連書籍[編集]

  • 久保 亮五 『大学演習 熱学・統計力学』(修訂版) 裳華房。ISBN 978-4785380328。 
  • H. B. Callen、山本 常信, 小田垣 孝訳 『熱力学 平衡状態と不可逆過程の熱物理学入門(上)』 吉岡書店。ISBN 978-4-8427-0189-9。 
  • H. B. Callen、山本 常信, 小田垣 孝訳 『熱力学 平衡状態と不可逆過程の熱物理学入門(下)』 吉岡書店。ISBN 978-4-8427-0192-9。 
  • H. B. Callen、小田垣 孝訳 『熱力学および統計物理入門(上)』 吉岡書店。ISBN 978-4-8427-0272-8。 
  • H. B. Callen、小田垣 孝訳 『熱力学および統計物理入門(下)』 吉岡書店。ISBN 978-4-8427-0273-5。 
  • ライフ、中山 寿夫, 小林 祐次訳 『統計熱物理学の基礎(上)』 吉岡書店。ISBN 978-4-8427-0335-0。 
  • ライフ、中山 寿夫, 小林 祐次訳 『統計熱物理学の基礎(中)』 吉岡書店。ISBN 978-4-8427-0348-0。 
  • ライフ、中山 寿夫, 小林 祐次訳 『統計熱物理学の基礎(下)』 吉岡書店。ISBN 978-4-8427-0306-0。 
  • ランダウ, リフシッツ、小林 秋男, 小川 岩雄, 富永 五郎, 浜田 達二, 横田 伊佐秋訳 『統計物理学(上)(ランダウ=リフシッツ理論物理学教程 第 5 巻)』(3版) 岩波書店。ISBN 978-4-00-005720-2。 
  • ランダウ, リフシッツ、小林 秋男, 小川 岩雄, 富永 五郎, 浜田 達二, 横田 伊佐秋訳 『統計物理学(下)(ランダウ=リフシッツ理論物理学教程 第 5 巻)』(3版) 岩波書店。ISBN 978-4-00-005721-9。 
  • 田崎晴明『統計力学Ⅰ』培風館〈新物理学シリーズ〉、2008年。ISBN 978-4-563-02437-6。
  • 田崎晴明『統計力学Ⅱ』培風館〈新物理学シリーズ〉、2008年。ISBN 978-4-563-02438-3。

関連項目[編集]