マット・ケンゼス – Wikipedia

マット・ケンゼスMatthew Roy “Matt” Kenseth、1972年3月10日 – )は、アメリカ合衆国ウィスコンシン州ケンブリッジ出身のNASCARドライバー、2009年及び
2012年のデイトナ500優勝者。計算された安定感ある走りが持ち味で、日テレG+の放送では「気が付けばこの男」の異名を持つ。

16歳(1988年)の時にキャリアをスタートさせてから、地元を中心に活躍を続けて関係者らの注目を集めていた。その後1996年にブッシュシリーズに参戦、更に参戦中の1998年には父親の葬儀に参加するビル・エリオットの代理として、NASCAR最高峰クラス、ウインストンカップ・シリーズにデビューを果たした。

カップシリーズへの本格的な参戦は2000年まで待たねばならなかったが、フル参戦初年度のルーキー・オブ・ザ・イヤーをブッシュシリーズ時代の好敵手であったデイル・アーンハート・ジュニアと争って見事獲得。その翌年は未勝利に終わるが、2002年からは現在まで毎年一桁台の年間順位をキープしている。2003年は36戦中25戦でトップ10フィニッシュという抜群の安定感で年間王者を獲得[1]、しかし、年間8勝を挙げたライアン・ニューマンを差し置いて、1勝しかしていない彼がチャンピオンを獲得したことが、チェイス(プレーオフ制度)導入の起点となった。2006年はプレーオフにて一時リードをするが惜しくも年間2位[2]、2007年はプレーオフ序盤に躓いたものの年間4位に食い込んでいる[3]

2009年シリーズ開幕戦のデイトナ500ではレース中盤ラップリーダー走行中に降雨によりレース中断、そのままレースは終了となり、距離短縮ながらデイトナ500初制覇となった。次戦フォンタナでも「気がつけば」というにふさわしい戦略的な走りで優勝。そのまま前人未踏の開幕3連勝なるかと思われたが、ラスベガスでは2周目にいきなりエンジンブロー。レース途中TVにトレーラーが帰る所を目撃され、気がつけばチームと共に居なくなっていた男というキャッチフレーズ通りの結果に終わった。

2013年、ジョー・ギブス・レーシングに移籍。カーナンバーは20に変更。第3戦ラスベガスを初めとしてキャリア最多の年間7勝を挙げるものの、最終戦ホームステッド=マイアミではチームメイトのデニー・ハムリンにトップを奪われ2位に終わり、ジミー・ジョンソンの6度目のシリーズチャンピオン獲得を許してしまった[4]

2017年7月11日、ケンゼスの所属ずるジョー・ギブス・レーシングは、2018年シーズンよりエリック・ジョーンズ英語版がケンゼスの乗車する20号車で参戦することを発表[5][6]。これによりケンゼスはジョー・ギブス・レーシングから離脱することが確定した。この年は未勝利でプレーオフ進出をするものの、ラウンドオブ8進出は果たせなかったが、第35戦フェニックスで勝利を飾る[7]。2017年は年間1勝、トップ5フィニッシュ10回、トップ10フィニッシュ18回、最終順位7位で終えた[8]

移籍先が決まらぬまま2018年を迎えることとなったが、2018年4月25日、ラウシュ・フェンウェイ・レーシングはケンゼスのカップ戦復帰を発表した[9][10]

NASCAR[編集]

モンスターエナジー・NASCARカップ・シリーズ[編集]

  • ファンクラブの本部が地元ケンブリッジにあり、数台のレース車両が展示されている。

外部リンク[編集]