推進式 (航空機) – Wikipedia

推進式すいしんしき、またはプッシャー式、Pusher configuration)とは、航空機においてプロペラやダクテッドファンが機体後部に設置されている形式[1]。プロペラの回転によって生ずる空気の流れは機体を”押し出す”形になる。これに対して牽引式(トラクター式、Tractor configuration)では、プロペラが機体前部に設置されるため機体を”引っ張る”形になる。

世界初の有人動力飛行を達成したライトフライヤー号やユージン・バートン・イーリーによって初めて艦上からの離陸に成功したカーチス モデルDなど、初期の航空機の多くは推進式であった。

後述するように推進式のメリットとデメリットの多くは表裏一体であり、デメリットの解消がメリットの減少に繋がっている。また機銃の搭載位置というアドバンテージもほどなくして新技術で解決されており、サイズと用途によっては不利となることもある。プロペラ機は航空機の歴史を通して推進式が主流だったのはライトフライヤー号の飛行から数年であり、そもそも航空機においては潜水艦や船舶においてプロペラ(スクリュー)を後部に配置することに比べ効果は少ないという意見もある[2]

単発の飛行艇、モーターグライダー、エンテ型、先尾翼機は推進式が多い[3]。特に単発の飛行艇はプロペラを水面から離すため、スーパーマリン・ウォーラスのようにエンジンごと機体上部に配置する設計の機体が主流であり、小型機ではさらに推進式とした機体が複数存在する(リパブリック RC-3 シービー、SIAI-マルケッティ FN.333、コロニアル スキマー英語版グッドイヤー ダック英語版ICON A5など)。今後一定の需要が予想される複合ヘリコプター試作機群にも推進式が多く見られる。

推進式では牽引式に比べ胴体が短くて済み、尾翼は胴体下部から伸びたブームか枠だけの尾部に取り付けることで[4]機体重量を減らすことが出来る[5]。特にエンテ型では尾部自体が不用となり胴体は操縦席とエンジンルームだけとなり、機首に搭載する物がなければ、ジャイロフルーク SC 01のように操縦席を機首先端付近まで送りさらに胴体を短縮する設計も可能である。胴体が短いため風見鳥効果は少なくなるが、離陸滑走中の横風には強いというメリットもある[6][7]。機首にエンジンが無いため形状を空力的に最適化することができる[3]。単発機でも操縦席前方にプロペラが無いため視界が良好となる[8]ため、エジレイ オプティカやSeabird Seekerなど観測機に採用されている。

尾翼にスリップストリーム(プロペラ後流)が当たる設計の場合、昇降舵と方向舵に直接当たるので効きが良くなり[3]、エンジンを後部に搭載し尾翼までの距離が短いことは重心が後ろに移動するため、昇降舵の操作量が少なくなり反応が機敏になる[9]など、運動性能を重視する戦闘機には向いた特性となる。仮に翼面積が同じであれば、牽引式より抵抗も少ない。それらが機体に当たらない場合は振動が少なくなるため、機内の騒音が軽減される[10]。旅客機では大きなメリットであるため、ピアッジョ P.180 アヴァンティはT字尾翼を高くすることで尾翼にも当たらない設計とし、静粛性をセールスポイントの一つとした[10]

単発の牽引式では常に主翼や垂直尾翼にプロップウォッシュ(螺旋状の気流)が当たり、効率が落ちてしまう[8][11]。それに加え、垂直尾翼が気流で押されて機首が左に向く現象が発生し、低速時に出力を上げるとピッチとヨーの制御に強く影響する[12][13][14]。そのため、離陸時にはバランスを取るための当て舵操作が必要となり、垂直尾翼をローリング軸から僅かに傾けて取り付ける、エンジンのプロペラ軸を僅かに右に傾けるなどの調整が行われるが、完全には消えない[15]。対してプロペラが機体後端にあるルータン ロング・イージーやXB-42 (航空機)のような設計の場合、胴体周りに流れるプロップウォッシュの影響はなく、ほぼ全てが推進力となり効率が上がる。

初期の戦闘機は後部に機銃手を乗せて敵機と並行して銃撃するか、プロペラに当たることを前提に金属製のガードを付けて機首に搭載する(モラーヌ・ソルニエ L)など不完全なものであった[16]。推進式であれば機首に機銃を搭載してもプロペラに当たらないため、敵機の後ろについて追撃することができた[17]。これにより本格的な格闘戦が可能な制空戦闘機が誕生した[18]。機銃の後部がコックピット内・コックピット付近にある事は、機銃のジャムからの回復を容易にし、APIブローバック方式を含むオープンボルト方式などのプロペラ同調装置が使えない機銃でも、多数をコックピット付近の前部胴体に装備でき、モーターカノン化が不可能な空冷星型エンジンなどでも実装可能なエンジンを選ばないメリットがある[注 1]。現代の単発機でも、前方レーダー・前方光学センサーなどの実装が容易で、回転するプロペラによる影響を受けないメリットがある。

離陸時の機首上げ動作では地面とプロペラのクリアランスが少なくなるため、地面と接触しないような対策が必要となるが、

  • 降着装置を長くする – 重量と搭載スペースが増加する。
  • ローリング軸からずらす – モーメントが発生し上下のバランスが崩れる。
  • プロペラ径を小さくする – 推進力が落ちる。
  • 浅い機首上げ角度で離陸する – より長い滑走路が必要となる。

など、それぞれデメリットがある。

震電では降着装置を長めに設計していたが、テストでの離陸滑走中、機首を上げ過ぎてプロペラ端を地面に接触させる事故を起こしたため、側翼(主翼に付けられた垂直尾翼)の下部に車輪を付けている。

牽引式ではプロペラ後流が主翼に当たる部分で揚力が増すため、離陸時に滑走距離を短くできる[13]が、推進式では主翼に後流が当たらないため恩恵はない。また尾翼に後流が当たらない設計では昇降舵と方向舵の効きは牽引式より弱くなる[13]

単発機で胴体上部にプロペラを設置する場合はプロペラ径を大きくできない[3]が、プロペラ径を小さくすると推進力が落ちるため、プロペラ軸を上にずらしドライブベルトなどで駆動する(Technoflug Piccolo)、エンジンごとマスト状の構造物に載せる(Lake Renegade)など高さを稼いだ設計もあるが、動力の伝達機構にはメンテナンスが必要となり、構造物は重量と空気抵抗が増加する。

主翼にエンジンを設置する場合には主翼をガル翼としてエンジンの位置を高くする設計があり、この形式を採用したPiaggio P.166は広告でアピールしていた[19]。ただしガル翼で高くなるのは片側1カ所であり双発機にしか使えない。

動力装置が空冷式の場合、機体内部に設置すると冷却性能が落ちる[8]。空冷エンジンを機体後部に搭載した震電は胴体側面から空気を取り入れ、エンジン後方に設置したファンで空気を強制的に導く方式を採用したが、試験飛行では全力を出していないにもかかわらずエンジンの油温が上昇していた。液冷式を採用したXB-42 (航空機)は試験飛行に成功している。

翼面積が同じならば抵抗は牽引式よりも少ないが、プロペラ後流を主翼に当てられないためエンジン出力を上げて揚力を増加する操作ができない[11]

運動性能が良好なことは、僅かな操作にも反応するなど安定性が失われやすく、慣れない者には操縦しにくくなる。

戦闘機のメリットであった機首に機銃を搭載できる利点は、1915年にはプロペラと機銃を同調させる機構を搭載したフォッカー アインデッカーが登場したことで失われた[20]。その後も翼内機銃やモーターカノンなどプロペラと干渉しない機構が登場している。

ジャイロフルーク SC 01やルータン ロング・イージーは機首脚だけが格納できるようになっており、駐機中はプロペラが地面と接触しないように機首脚を格納して機体後部を上に向ける機能を搭載している。

採用機種[編集]

小型機から大型機まで開発されたが、プロペラ機の主流とはならなかった。単発の小型機としてはセスナ、パイパー、ビーチクラフト、シーラスなどの主要なメーカーでは採用されていない。ルータン ロング・イージーはホームビルト機として販売された。

騒音が少ないため旅客機に向いているとされ、ピアッジョ P.180 アヴァンティ、ビーチクラフト スターシップ、CBA 123LearAvia Lear Fanなどターボプロップエンジンを採用したビジネス機が登場したが、1970年代には比較的小型ながらターボプロップより高出力で周囲への騒音が低いターボジェットエンジン(TFE731やJ85など)が登場し、ビジネス機もジェット化が進んだため、プロペラ機自体が低調となり商業的には成功しなかった。MU-2では開発当初推進式プロペラが検討されたが、コストや重量面でメリットが少ないと判断され、牽引式が採用された[11]

プロペラ配置は、機体後端(ルータン ロング・イージー)と機体上部(リパブリック RC-3 シービー、SIAI-マルケッティ FN.333、コロニアル スキマー英語版グッドイヤー ダック英語版ICON A5)がある。機体上部に設置する場合、FN.333のように垂直尾翼をプロペラの後部からずらした設計もある。

機首にセンサーを搭載できるため、小型の無人偵察機としては普及している。採用された機種にはRQ-1 プレデター、RQ-2、RQ-5、RQ-7、RQ-11、RQ-15、RQ-21、スキャンイーグル、スペルウェールなどがある。

注釈[編集]

  1. ^ かつての日本では20mm以上の大口径機銃は、同調装置が故障するとプロペラを吹き飛ばしてしまう恐れから、同軸機銃にはせず翼内機銃にしたという

出典[編集]

  1. ^ Such as Propeller-Driven Sleighs Archived copy”. 2011年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月10日閲覧。 or Aerosani
  2. ^ Don Stackhouse (14 February 2007), “ASK DJ Aerotech Question”, DJ Aerotech Electrics Soaring and Accessories, オリジナルの21 November 2011時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20111121030726/http://djaerotech.com/dj_askjd/dj_questions/pushtractor.html 
  3. ^ a b c d p184 これだけ航空力学
  4. ^ p184 これだけ航空力学
  5. ^ Raymer, Daniel P., Aircraft Design: A Conceptual Approach,, AIAA, p. 222 
  6. ^ “Grob tests highlight exhaust problem”, Flight International: 11, (24–30 June 1992), オリジナルの20 May 2011時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20110520124243/http://www.flightglobal.com/pdfarchive/view/1992/1992%20-%201611.html  Flight test : Low sensitivity to crosswind gusts and turbulence is another outstanding feature.
  7. ^ Flight test Results for Several Light, Canard-Configured airplanes, Philip W. Brown, NASA Langley Research Center, Pusher Airplane Evaluation (VariEze), Flying Qualities : Directional control during take-off roll is quite easy, even with a strong, gusty crosswind.
  8. ^ a b c 電動スカイカーにおけるラダー操舵による走行安定化制御法に関する基礎検討 – 宇宙航空研究開発機構
  9. ^ p70 よくわかる航空力学の基本
  10. ^ a b Niles, Russ (2011年12月13日). “Naples Targets Piaggio Noise”. AVweb. http://www.avweb.com/avwebbiz/news/Naples_Targets_Piaggio_Noise_202459-1.html 2011年12月13日閲覧。 
  11. ^ a b c 寄書, 『日本航空学会誌』 1965年 13巻 143号 p.396-407, doi:10.2322/jjsass1953.13.396,池田研爾、「三菱双発ターボプロップ多用途機 MU-2」
  12. ^ The Design of the Aeroplane, Propeller Effects, p304-307
  13. ^ a b c p188 よくわかる航空力学の基本
  14. ^ Basic Aerodynamics Term 基本的な航空力学の用語
  15. ^ [1]
  16. ^ p26 戦闘機と空中戦の100年
  17. ^ p22 戦闘機と空中戦の100年
  18. ^ p26 戦闘機と空中戦の100年
  19. ^ [2]
  20. ^ p30 戦闘機と空中戦の100年

参考文献[編集]

  • 戦闘機と空中戦(ドッグファイト)の100年史―WW1から近未来まで ファイター・クロニクル 関 賢太郎 著 潮書房光人社 2016年 ISBN 978-4769816287
  • これだけ! 航空工学 飯野 明 著 秀和システム 2016年 ISBN 978-4798046174
  • 図解入門よくわかる航空力学の基本 第2版 飯野 明 監修 2009年 ISBN 978-4798024493

関連項目[編集]

外部リンク[編集]