指標理論 – Wikipedia
数学、特に群論において、群の表現の指標(しひょう、英: character)は、群の各元に対応する行列のトレースを対応させる写像である。指標は表現の本質的な情報をより凝縮された形で持っている。ゲオルク・フロベニウスは最初に、指標のみに基づいて、表現の明示的な行列表示は用いずに、有限群の表現論を発展させた。これは有限群の複素表現はその指標によって(同型を除いて)決定されるから可能である。正標数の体上の表現、いわゆる「モジュラー表現」の場合には、状況はより繊細であるが、リチャード・ブラウアーはこの場合にも指標の強力な理論を発展させた。有限群の構造に関する多くの深い定理はモジュラー表現の指標を用いる。
既約表現の指標には群の多くの重要な性質が反映されており、したがってその構造の研究に用いることができる。指標理論は有限単純群の分類において本質的な道具である。Feit–Thompson の定理の半分近くは指標の値の入り組んだ計算を伴う。指標理論を使う、より容易だがなお本質的な結果は、バーンサイドの定理(純粋に群論的な証明は見つかっているが、バーンサイドのもともとの証明のあと半世紀以上経ってからである)や、有限単純群はシロー 2-部分群として一般四元数群を持つことはできないというブラウアー・鈴木の定理である。
V を体 F 上の有限次元ベクトル空間とし、ρ: G → GL(V) を群 G の V 上の表現とする。ρ の指標 (character) とは関数
- χρ:G→F;χρ(g)=Tr(ρ(g)){displaystyle chi _{rho }colon Gto F;;chi _{rho }(g)=mathrm {Tr} (rho (g))}
である、ただし Tr はトレースである。
指標 χρ が既約 (irreducible) あるいは単純 (simple) とは、ρ が既約表現であることをいう。指標 χ の次数 (degree) は ρ の次元である;標数 0 ではこれは値 χ(1) に等しい。次数 1 の指標は線型 (linear) と呼ばれる。G が有限で F が標数 0 のとき、指標 χρ の核 (kernel) は正規部分群
- kerχρ:={g∈G∣χρ(g)=χρ(1)}{displaystyle ker chi _{rho }:=leftlbrace gin Gmid chi _{rho }(g)=chi _{rho }(1)rightrbrace }
であり、これはちょうど表現 ρ の核である。
- 指標は類関数である、つまり、各共役類上で一定の値を取る。より精密には、与えられた群 G の体 K への既約指標の集合はすべての類関数 G → K のなす K ベクトル空間の基底をなす。
- 同型な表現は同じ指標を持つ。標数 0 の代数閉体上では、半単純表現が同型であることと同じ指標を持つことは同値である。
- 表現が部分表現の直和ならば、対応する指標はそれら部分表現の指標の和である。
- 有限群 G の指標を部分群 H に制限したものは、H の指標である。
- 任意の指標の値 χ(g) は n 個の 1 の m 乗根の和である、ただし n は指標 χ を持つ表現の次数(つまり付随するベクトル空間の次元)であり、m は g の位数である。特に、F = C のとき、指標の値は代数的整数である。
- F = C で χ が既約のとき、
-
- [G:CG(x)]χ(x)χ(1){displaystyle [G:C_{G}(x)]{frac {chi (x)}{chi (1)}}}
- はすべての x ∈ G に対して代数的整数である。
- F が代数閉体で標数 char(F) が G の位数を割り切らないとき、G の既約指標の個数は G の共役類の個数に等しい。さらに、この場合、既約指標の次数は G の位数の約数である(F = C ならさらに [G : Z(G)] をも割る)。
算術的性質[編集]
ρ と σ を G の表現とする。このとき以下の等式が成り立つ:
-
χρ⊕σ=χρ+χσ{displaystyle chi _{rho oplus sigma }=chi _{rho }+chi _{sigma }}
- χρ⊗σ=χρ⋅χσ{displaystyle chi _{rho otimes sigma }=chi _{rho }cdot chi _{sigma }}
- χρ∗=χρ¯{displaystyle chi _{rho ^{*}}={overline {chi _{rho }}}}
- χAlt2ρ(g)=12[(χρ(g))2−χρ(g2)]{displaystyle chi _{{scriptscriptstyle {rm {{Alt}^{2}}}}rho }(g)={tfrac {1}{2}}left[left(chi _{rho }(g)right)^{2}-chi _{rho }(g^{2})right]}
- χSym2ρ(g)=12[(χρ(g))2+χρ(g2)]{displaystyle chi _{{scriptscriptstyle {rm {{Sym}^{2}}}}rho }(g)={tfrac {1}{2}}left[left(chi _{rho }(g)right)^{2}+chi _{rho }(g^{2})right]}
ここで、ρ ⊕ σ は直和で、ρ ⊗ σ はテンソル積で、ρ∗ は ρ の共役転置を表し、Alt2 は交代積 Alt2ρ = ρ ∧ ρ であり、Sym2 は対称平方で次で決定される:
- ρ⊗ρ=(ρ∧ρ)⊕Sym2ρ.{displaystyle rho otimes rho =left(rho wedge rho right)oplus operatorname {Sym} ^{2}rho .}
有限群の既約複素指標は群 G についての多くの有用な情報を凝縮された形で表現する指標表をなす。各行は既約表現によってラベルづけられ、行の成分は G のそれぞれの共役類上の表現の指標である。列は G の共役類(の代表元)によってラベル付けられる。第一行を自明指標でラベル付け、第一列を単位元(の共役類)でラベル付けるのが通例である。第一列の成分は単位元における既約指標の値、既約指標の次数である。
ここに u を生成元とする位数3の巡回群
- C3=⟨u∣u3=1⟩,{displaystyle C_{3}=langle umid u^{3}=1rangle ,}
の指標表を書く。
(1) | (u) | (u2) | |
1 | 1 | 1 | 1 |
χ1 | 1 | ω | ω2 |
χ2 | 1 | ω2 | ω |
ただし ω は 1 の原始3乗根である。
指標表は正方形である、なぜならば既約表現の同型類の個数は共役類の個数に等しいからである。指標表の第一行は(上述の通例により) 1 たちからなり、自明表現(成分が 1 の 1 × 1 行列からなる 1 次元表現)に対応する。
直交関係式[編集]
有限群 G の複素数値類関数の空間は自然な内積を持つ:
- ⟨α,β⟩:=1|G|∑g∈Gα(g)β(g)¯{displaystyle leftlangle alpha ,beta rightrangle :={frac {1}{|G|}}sum _{gin G}alpha (g){overline {beta (g)}}}
ただし β(g) は β(g) の複素共役である。この内積に関して、既約指標は類関数の空間の正規直交基底をなし、これは指標表の行の直交関係を生む:
- ⟨χi,χj⟩={0 if i≠j,1 if i=j.{displaystyle leftlangle chi _{i},chi _{j}rightrangle ={begin{cases}0&{text{ if }}ineq j,1&{text{ if }}i=j.end{cases}}}
G の元 g, h に対して、列の直交関係は次のようである: