谷山–志村予想 – Wikipedia

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数学において、谷山・志村予想(たにやましむらよそう、Taniyama–Shimura conjecture)は、「すべての有理数体上に定義された楕円曲線はモジュラーである」という主張であり、アンドリュー・ワイルズとその弟子クリストフ・ブロイル、ブライアン・コンラッド、フレッド・ダイアモンド、リチャード・テイラーらによって証明された。

今日ではモジュラー性定理またはモジュラリティ定理 (modularity theorem) と呼ばれ、数論における一つの帰結と考えられている。ワイルズは半安定楕円曲線における谷山・志村予想を証明することで、フェルマーの最終定理も証明した。

モジュラリティ定理は、ロバート・ラングランズによるより一般的な予想の特別な場合でもある。ラングランズ・プログラムは、保型形式、あるいは保型表現(適切なモジュラ形式の一般化)を、例えば数体上の任意の楕円曲線のような、より一般的な数論的代数幾何学の対象へ関連付けようとする。拡張された予想のうち、ほとんどのケースは未だ証明されていないが、Freitas, Le Hung & Siksek (2015) が実二次体上定義された楕円曲線がモジュラーであることを証明した。

谷山・志村予想の内容[編集]

谷山・志村予想とは、任意の Q 上の楕円曲線は、ある整数 N に対する古典的モジュラー曲線英語版(classical modular curve)

からの整数係数を持つ有理写像英語版(rational map)を通して得ることができる。この曲線には明示的に定義が与えられ、整数係数を持つ。Level N のモジュラのパラメタ表示と呼ばれる。N がそのようなパラメタ表示の中で最小の整数(モジュラリティ定理自体により、導手という数値として知られる)であれば、このパラメタ表示は、Weight 2 とLevel N の特殊なモジュラ形式、すなわち、(必要であれば同種に従い)正規化された 整数のq-展開をもつ新形式英語版(newform)の生成する写像として、定義される。

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モジュラリティ定理は、次の解析的なステートメントと密接に関連する。Q 上の楕円曲線 E に楕円曲線のL-函数を対応させる。このL-函数は、ディリクレ級数であり、

と表すことができる。

従って、係数

an{displaystyle a_{n}}

の母函数は、

である。

を代入すると、複素変数 τ の函数

f(τ,E){displaystyle f(tau ,E)}

のフーリエ展開の形に書くことができ、従って、q-展開の係数は

f{displaystyle f}

のフーリエと考えることができる。この方法で得られた函数は、注目すべきことに、ウェイト 2 でレベル N のカスプ形式であり、(モジュラ形式でもあるので)ヘッケ作用素の固有ベクトルとなっている。これがハッセ・ヴェイユ予想(Hasse–Weil conjecture)であり、モジュラリティ定理より従うこととなる。

逆に、ウェイト 2 のモジュラ形式は、楕円曲線の正則微分英語版(holomorphic differential)に対応する。モジュラ曲線のヤコビ多様体は、同種を同一視すると、ウェイト 2 のヘッケ固有形式に対応する既約アーベル多様体の積として書くことができる。1-次元要素は楕円曲線である。(高次元要素も存在し、すべてではないが、ヘッケ固有形式が有理楕円曲線へ対応する。)曲線は、対応するカスプ形式より得られるので、この方法で構成された曲線は、元々の曲線と同種である(一般には同型にはならない)。

モジュラーな楕円曲線[編集]

まず記号を準備する。

Γ0(N):={(abcd)SL2(Z)|(abcd)(0)modN}{displaystyle Gamma _{0}left(Nright):={{begin{pmatrix}a&bc&dend{pmatrix}}in mathrm {SL} _{2}left(mathbb {Z} right)|{begin{pmatrix}a&bc&dend{pmatrix}}equiv {begin{pmatrix}*&*�&*end{pmatrix}}mod N}}


(ここで

{displaystyle *}

は任意の整数であることを表す)、

H:={zC|Imz>0}{displaystyle {mathcal {H}}:={zin mathbb {C} |mathrm {Im} z>0}}

H:=HQ{}{displaystyle {mathcal {H}}^{*}:={mathcal {H}}cup mathbb {Q} cup {infty }}

[1][2]はそれにカスプ(cusp、尖点)を加えたものである。

SL2(Z){displaystyle SL_{2}left(mathbf {Z} right)}

の合同部分群

Γ{displaystyle Gamma }

に対応するモジュラー曲線

Y(Γ):=ΓH{displaystyle Yleft(Gamma right):=Gamma backslash {mathcal {H}}}

[3]にカスプ(cusp、尖点)を加えてコンパクト化したリーマン面[2]

X(Γ):=ΓH{displaystyle Xleft(Gamma right):=Gamma backslash {mathcal {H}}^{*}}

と書く。

特に

Γ=Γ0(N){displaystyle Gamma =Gamma _{0}left(Nright)}

に対応するモジュラー曲線を

Y0(N){displaystyle Y_{0}left(Nright)}

、そのコンパクト化を

X0(N){displaystyle X_{0}left(Nright)}

と書く。

S2(Γ){displaystyle {mathcal {S}}_{2}left(Gamma right)}

Γ{displaystyle Gamma }

に関するウェイト

2{displaystyle 2}

のカスプ形式の集合を表す。

さて、以下のような手続きで

X0(N){displaystyle X_{0}left(Nright)}

から作られる楕円曲線

E{displaystyle E}

のことをモジュラーな楕円曲線と呼ぶ。

モジュラー曲線のヤコビアン[編集]

リーマン面

X{displaystyle X}

のヤコビアン(Jacobian(もしくはヤコビ多様体)は

X{displaystyle X}

がコンパクト化されたモジュラー曲線

X(Γ){displaystyle Xleft(Gamma right)}

である場合にはより明示的な表示が出来る。

この場合、

Ωhol1(X){displaystyle Omega _{hol}^{1}left(Xright)}

の要素は、
ウェイト 2 のカスプ形式 た

fS2(Γ){displaystyle fin {mathcal {S}}_{2}left(Gamma right)}

と強く結びついている。

与えられた

fS2(Γ){displaystyle fin {mathcal {S}}_{2}left(Gamma right)}

から作られる 1形式

ω(f){displaystyle omega left(fright)}

は一意的
(本質的に、

f(τ)dτ{displaystyle f(tau )dtau }

に等しい[4])。つまり、写像

は同相である。よって、その双対写像

もまた同相であるから

S2(Γ){displaystyle {mathcal {S}}_{2}left(Gamma right)^{wedge }}

Ωhol1(X(Γ)){displaystyle Omega _{hol}^{1}left(Xleft(Gamma right)right)^{wedge }}

と同一視出来る。よって次のような定義は妥当である;

Jac(X(Γ)):=S2(Γ)/ω(H1(X(Γ),Z)){displaystyle mathrm {Jac} (Xleft(Gamma right)):={mathcal {S}}_{2}left(Gamma right)^{wedge }/omega ^{wedge }left(H_{1}left(Xleft(Gamma right),mathbb {Z} right)right)}


[5]

モジュラー曲線を直接扱わずヤコビアンを扱うことには以下のような理由があることを留意すべきである。1つは、モジュラー曲線にカスプを加えてコンパクト化したリーマン面は一般に種数

g0{displaystyle ggeq 0}

であり、

g>1{displaystyle g>1}

[6]と、もう1つはモジュラー曲線をヤコビアンに埋め込むことができる[7]点である。

新形式に付随するアーベル多様体[編集]

新形式英語版(new form)

fS2(Γ0(N)){displaystyle fin {mathcal {S}}_{2}left(Gamma _{0}left(Nright)right)}

に対して、アーベル多様体

Af{displaystyle A_{f}}

によって定義する[8]。ただし、

If{displaystyle I_{f}}

は、

ここで

Tp{displaystyle T_{p}}

をヘッケ作用素、

d{displaystyle langle drangle }

をダイアモンド作用素[9]である。即ち

TZ{displaystyle mathbb {T} _{Z}}

は整数係数のヘッケ環である。
(アーベル多様体

Af{displaystyle A_{f}}

の次元は

[Kf:Q]=1{displaystyle mathbb {[K} _{f}:mathbb {Q} ]=1}

である。ただし、

Kf:=Q({an}){displaystyle K_{f}:=mathbb {Q} left({a_{n}}right)}

f(τ)=n=1anqn{displaystyle f(tau )=sum _{n=1}^{infty }a_{n}q^{n}}

の数体である[10])[11]

ここで

T{displaystyle T}

Tp{displaystyle T_{p}}

または

d{displaystyle langle drangle }

とするとき、これはヤコビアン

J0(N):=Jac(X0(N)){displaystyle J_{0}left(Nright):=mathrm {Jac} left(X_{0}left(Nright)right)}

に以下のように作用する[12]

これは、double coset operatorの定義と、ヘッケ作用素がdouble coset operatorの特殊な場合であることから導かれる[12]。なお、記号

[]{displaystyle [quad ]}

は同値類の意味である。

モジュラー曲線のヤコビアンの分解[編集]

この時、ヤコビアン

J0(N):=Jac(X0(N)){displaystyle J_{0}left(Nright):=mathrm {Jac} (X_{0}left(Nright))}

は、ヘッケ作用素によって次のように分解される[8]

ここで、

f{displaystyle f}

に関する和は、新形式

fS2(Γ0(Mf)){displaystyle fin {mathcal {S}}_{2}left(Gamma _{0}left(M_{f}right)right)}


入れたある同値関係によって分類される同値類の代表元についての和[13][8]

Mf{displaystyle M_{f}}

N{displaystyle N}

の約数、

mf{displaystyle m_{f}}

N/Mf{displaystyle N/M_{f}}

の約数の数である[13]
また、写像

{displaystyle rightarrow }

は、同種(isogeny, 2つのトーラス間に成立する正則な準同型写像のこと。ここで、トーラスは必ずしも種数

g=1{displaystyle g=1}

でなくてよい。)の意味である[8]

Af{displaystyle A_{f}}

1{displaystyle 1}

次元アーベル多様体であるから複素トーラスに同相、したがって楕円曲線に同相である。このようにして構成された楕円曲線(に同種な楕円曲線)をモジュラーな楕円曲線と言う。

与えられた、有理数係数を持った

fS2{displaystyle fin {mathcal {S}}_{2}}

からモジュラーな楕円曲線の方程式を構成するアルゴリズムについては文献[15]を参照せよ。

谷山・志村予想は、1955年9月に日光の国際シンポジウムで谷山豊が提出した2つの「問題」(問題12と問題13)を原型とする[16]。これらの問題が互いに関連しているらしいことは谷山も気付いていたが、実は同じ命題の言い換えであることが後に判明した。谷山自身は若くして自殺したため、1960年代に谷山の盟友である志村五郎によって、代数幾何学的な解釈によって正確に定式化された。その後、1967年のヴェイユによる研究によって広く知られるようになった。

内容的に「ゼータの統一」というテーマを扱う豪快な予想であり、数論の中心に位置するものの一つと目されるまでにいたったが、攻略自体は絶望視されていた。1984年秋、この予想からフェルマーの最終定理が出るというアイディアがゲルハルト・フライにより提示され、セールによる定式化を経て(フライ・セールのイプシロン予想英語版)、1986年夏にケン・リベットによって証明されたことにより俄然注目を集めたが、アンドリュー・ワイルズを除いては、まともに挑もうとする数学者は依然として現れなかった。

アンドリュー・ワイルズ(Andrew Wiles、プリンストン大学教授)により、この予想はまず半安定な場合について解決された(1993~1995年)。ワイルズが1993年に発表した証明には一箇所致命的なギャップが存在したため、その修正に当ってはリチャード・テイラー(Richard Taylor)も貢献した。1994年9月、ワイルズはギャップを回避することに成功し、修正された証明は翌1995年に2編の論文として出版された Wiles (1995a) Wiles (1995b)。このことにより、ワイルズは谷山・志村予想の系であるフェルマー予想をも解決した。

一般の場合については2001年にリチャード・テイラー(ハーバード大学教授)、ブライアン・コンラッド(ミシガン大学教授)、フレッド・ダイアモンド(ブランダイス大学教授)、クリストフ・ブレイユ英語版(IHES長期研究員)の4人による共著論文On the modularity of elliptic curves over Qにより肯定的に解決されたDiamond (1996), Conrad, Diamond & Taylor (1999), Breuil et al. (2001)。

呼称に関する議論[編集]

ヨーロッパの数学界にこの予想を最初に持ち込んだのが当時の数学界の権威であったアンドレ・ヴェイユであったため、欧米ではこの予想の呼称は「谷山=志村=ヴェイユ予想」「谷山=ヴェイユ予想」「ヴェイユ予想」と呼ばれることもある。しかし、数学者のサージ・ラングは谷山・志村予想の調査・研究を進めた上で、ヴェイユはこの予想には何の貢献もしていないことを明らかにした。ちなみに普通ヴェイユ予想といえば非特異代数多様体上の合同ゼータ関数に関する定理のことをさす。

また志村は『記憶の切繪図』(筑摩書房、2008年)のなかで「有理数体上の楕円曲線はモジュラー関数で一意化される」という命題を「私の予想」と呼んでおり、谷山が1955年に提案した問題とは無関係だとしている。志村は

ここで「有理数体上の楕円曲線はモジュラー関数で一意化される」という私の予想について説明しておこう。これは一九六四年九月頃に私がふたりの数学者に話したもので、その事はよく知られている。この予想はその三十数年後に証明されて、今では定理になっている。 ところで、これに関係ある言明を谷山豊がしているが、その意味と上記の私の言ったこととの関係を完全に理解している人は数学者も含めてほとんどいないのではないかと思われるので、その事を詳しく説明しよう。また私の口からはっきり言ってほしいと思っている人も多いであろう。
(中略)
私はこの問題に関する限り谷山と議論したことはない。はじめに書いたように私は私流の理論をひとりで構築していたから、彼のこの言明には全く重きをおいていなかった。その上、モジュラー関数以外のヘッケのいう保型形式は役に立たないと始から考えていたから無視していた。実はそれ以外に重要な保型形式があるが、そのことはここで考えない。また私は谷山と共著の本があるが、それは全く無関係である。もうひとつ書くと、一九五五年以後一九六〇年代にかけて、そういう代数曲線のゼータ関数を研究し、それを決定するなどという研究をしたのはおそらく私ひとりであったと思われる。谷山はそういうことはやらなかった。彼はヘッケの論文は読んでいたが、一変数の保型形式・関数の理論を自分のものにしていなかったように思われる。…

と述べている。

  1. ^ Diamond and Schurman 2005, p. 13.
  2. ^ a b Diamond and Schurman 2005, p. 58.
  3. ^ Diamond and Schurman 2005, p. 38.
  4. ^ Diamond and Schurman 2005, p. 227.
  5. ^ Diamond and Schurman 2005, p. 231.
  6. ^ Diamond and Schurman 2005, p. 211.
  7. ^ Diamond and Schurman 2005, p. 215.
  8. ^ a b c d Diamond and Schurman 2005, p. 246.
  9. ^ Diamond and Schurman 2005, p. 241.
  10. ^ Diamond and Schurman 2005, p. 234.
  11. ^ Diamond and Schurman 2005, p. 359.
  12. ^ a b Diamond and Schurman 2005, p. 229.
  13. ^ a b Diamond and Schurman 2005, p. 244.
  14. ^ J.E. Cremona, Algorithms for Modular Elliptic Curves(second edition), Cambridge University Press, 1997, ISBN 978-0521598200.
  15. ^ 足立恒雄『フェルマーの大定理:整数論の源流』、ちくま学芸文庫、2006年、ISBN 4-480-09012-6、pp. 312–313.

参考文献[編集]

  • F. Diamond and J. Schurman, A First Course in Modular Forms, Springer Verlag, 2005, ISBN 978-1441920058
  • Freitas, Nuno; Le Hung, Bao V.; Siksek, Samir (2015), “Elliptic curves over real quadratic fields are modular”, Inventiones Mathematicae英語版 201 (1): 159–206, arXiv:1310.7088, Bibcode: 2015InMat.201..159F, doi:10.1007/s00222-014-0550-z, ISSN 0020-9910, MR3359051 
  • 黒川重信、栗原将人、斎藤毅『数論II 岩澤理論と保型形式』岩波書店、2005年、ISBN 4-00005528-3。

導手について

外部リンク[編集]

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