ダニエル・エバンス – Wikipedia

ダニエル・エバンス
Daniel Evans
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2019年ウィンブルドンでのダニエル・エバンス

基本情報
愛称 ダン(Dan)
国籍 イギリスの旗 イギリス
出身地 イングランドの旗 イングランド・バーミンガム
居住地 同・バーミンガム
生年月日 (1990-05-23) 1990年5月23日(31歳)
身長 175cm
体重 75kg
利き手
バックハンド 片手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2006年
ツアー通算 1勝
シングルス 1勝
ダブルス 0勝
生涯獲得賞金 4,457,794 アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(2017)
全仏 1回戦(2017・19-21)
全英 3回戦(2016・19・21)
全米 4回戦(2021)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2021)
全仏 2回戦(2019・20)
全英 1回戦(2014・16・19)
全米 3回戦(2016)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 優勝(2015)
ATP杯 ベスト8(2020)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 22位(2021年9月27日)
ダブルス 52位(2021年4月26日)
2021年9月27日現在

ダニエル・”ダン”・エバンスDaniel “Dan” Evans, 1990年5月23日 – )は、イギリスの男子プロテニス選手。イングランド・バーミンガム出身。ATP自己最高ランクはシングルス22位、ダブルス52位。ATPツアーシングルスで1勝を挙げている。身長175cm、体重75kg。右利き、バックハンド・ストロークは片手打ち。

選手経歴[編集]

ジュニア時代[編集]

バーミンガムのホール・グリーン地区で電気技師の父親と看護師の母親のもとで生まれた。

7歳のときにスカッシュを父親と初めてしてから地元のスカッシュクラブに通うようになった。同じラケットスポーツであることからテニスにも興味を持ち、本格的にテニスを始めることになった。次第にテニスの才能を発揮して13歳のときにラフバラーに移り住み、アカデミーでトレーニングを始める。

2006年 プロ転向[編集]

ヨーロッパの16歳以下のランキングでトップになり、プロ転向を果たした。

2009年 グランドスラム初出場[編集]

2009年ウィンブルドン選手権でワイルドカードをもらいグランドスラム初出場を果たす。1回戦で第12シードのニコライ・ダビデンコに敗れた。

2013年 全米3回戦進出[編集]

2013年全米オープンでは第11シードの錦織圭を6-4, 6-4, 6-2で破り、グランドスラム初勝利を果たす。さらに2回戦でバーナード・トミックに勝利し、トミー・ロブレドとの3回戦まで進出した。

2015年 デビス杯初優勝[編集]

デビスカップ2015ではデビスカップイギリス代表として準決勝に出場し、優勝メンバーの1人となった。

2016年 ウィンブルドン3回戦進出[編集]

2016年全豪オープンで予選を通過し全豪初出場。1回戦で第18シードのフェリシアーノ・ロペスに敗れた。

ウィンブルドン選手権では1回戦でヤン=レナルト・シュトルフを破り、地元ウィンブルドンで初勝利を上げた。さらに2回戦で第30シードのアレクサンドル・ドルゴポロフを破り3回戦に進出。3回戦では世界ランク3位のロジャー・フェデラーに4-6, 2-6, 2-6で敗れた。

全米オープンでは2回戦で第27シードのアレクサンダー・ズベレフを破り3年ぶりに3回戦に進出。3回戦では世界ランク3位のスタン・ワウリンカにマッチポイントを握るも6-4, 3-6, 7-6(6), 6-7(8), 2-6で敗れた。

2017年 グランドスラム4回戦進出[編集]

シドニー国際では準々決勝で世界ランキング8位のドミニク・ティームを破ると、準決勝でアンドレイ・クズネツォフに勝利し、自身初のツアーの決勝進出を果たす。決勝でジレ・ミュラーに敗れ、準優勝となった。その好調さのまま挑んだ全豪オープンでは2回戦で世界ランク7位のマリン・チリッチに3-6, 7-5, 6-3, 6-3で勝利、3回戦でも第27シードのバーナード・トミックに勝利し、自身初のグランドスラム4回戦進出。4回戦で第12シードのジョー=ウィルフリード・ツォンガに7-6(4), 2-6, 4-6, 4-6で敗れた。大会後の世界ランキングで45位となりトップ50入りを果たし、3月6日付のランキングで自己最高の41位を記録した。

ドバイ・テニス選手権では2回戦でガエル・モンフィスに敗退。BNPパリバ・オープンでは錦織圭に2回戦敗退。マイアミ・オープンでは初戦敗退。モンテカルロ・マスターズでは同胞のカイル・エドマンドに初戦敗退。バルセロナ・オープンでは3回戦でドミニク・ティエムに敗れた。マドリード・オープンではロビン・ハーセに初戦敗退。BNLイタリア国際ではイジー・ベセリーに初戦敗退。全仏オープンでは初戦敗退。その後2017年6月に禁止薬物のコカインに陽性反応を示し、ドーピング違反で資格停止処分を受けることになった[1]。本人は使用を認めている。

2018年 ツアー復帰[編集]

2017年6月に禁止薬物使用により、ツアーにおける大会出場資格停止処分を受け、2018年4月18日にその停止処分が解除となった。その後はATPチャレンジャーツアーをメインにツアー復帰。5月1日に開催されたグラスゴー・チャレンジャーでは予選通過するも、初戦敗退。5月末のラフバラー・チャレンジャーでも予選3戦を突破して2回戦敗退。

6月のノッティンガム・チャレンジャーでは決勝進出をするも、決勝でアレックス・デミノーに敗れて、準優勝。クイーンズ・クラブ選手権ではATPツアー・250シリーズに参戦して、1回戦でアドリアン・マナリノに敗れた。ウィンブルドン選手権では予選2回戦で敗退。8月のバンクーバー・オープンではATPチャレンジャーツアーで優勝を果たした。年間最終ランキングは192位。

2019年 ツアー初の決勝進出[編集]

予選3試合突破して全豪オープンの本戦入りを果たした。1回戦で伊藤竜馬を7-5, 6-1, 7-6(8)のストレートで破り、2回戦では第3シードのロジャー・フェデラーに7-6(5), 7-6(3), 6-3のストレートで敗退。その後のカンペール・チャレンジャーではATPチャレンジャーツアー準優勝。デルレイビーチ・オープンではATPツアー初の決勝に進出。決勝ではラドゥ・アルボットに敗れて、準優勝。ツアー初優勝とはならなかった。チャレンジャー・インディアンウェルズではベスト4入り。準決勝でアンドレイ・ルブレフに敗退。BNPパリバ・オープンでは予選を突破するもスタン・ワウリンカに初戦敗退。マイアミ・オープンでも予選突破して、1回戦でマレク・ジャジリを6-2, 6-0の圧倒して2回戦でデニス・シャポバロフに敗れた。

BNLイタリア国際では予選突破して、本戦1回戦でキャスパー・ルードに初戦敗退。全仏オープンではフェルナンド・ベルダスコに3-6, 7-6(4), 3-6, 2-6で初戦敗退したが、その後は2週連続でATPチャレンジャーツアーで優勝を果たした。

クイーンズ・クラブ選手権ではスタン・ワウリンカに初戦敗退。イーストボーン国際では準々決勝でカイル・エドマンドに敗退。ウィンブルドン選手権では1回戦でフェデリコ・デルボニス、2回戦ではニコロズ・バシラシビリを破るも、3回戦でジョアン・ソウザに4-6, 6-4, 5-7, 6-4, 4-6のフルセットで敗れた。

アトランタ・オープンではベスト8入り。準々決勝ではライリー・オペルカに敗退。シティ・オープンでは西岡良仁に初戦敗退。ロジャーズ・カップでは予選突破して、2回戦でラファエル・ナダルに敗れた。ウエスタン・アンド・サザン・オープンでは予選敗退。ウィンストン・セーラム・オープンではスティーブ・ジョンソン (テニス選手) に初戦敗退。全米オープンでは1回戦でアドリアン・マナリノ、2回戦ではリュカ・プイユを破り、3回戦ではフェデラーに6-2, 6-2, 6-1のストレートで敗れた。成都オープンでは2回戦でグリゴール・ディミトロフに敗れた。チャイナ・オープンでは予選通過するも、2回戦でジョン・イズナーに敗れた。上海マスターズでは予選敗退。ストックホルム・オープンでは2回戦でフィリップ・クライノビッチに敗退。スイス・インドアではフランシス・ティアフォーに初戦敗退。デビスカップ2019ではイギリス代表として参戦。決勝トーナメントを勝ち上がり、準々決勝でドイツを破り、準決勝でスペインを敗れ、ベスト4で幕を閉じた。年間最終ランキングは42位。

2020年 ATP杯ベスト8[編集]

イギリス代表のエースとして新設されたATPカップに出場。グループステージではブルガリアのグリゴール・ディミトロフに敗れるも、モルドバのラドゥ・アルボット、ベルギーのダビド・ゴファンを破り、チームをベスト8まで導いた。準々決勝ではアレックス・デミノーに敗れた。

アデレード国際1ではベスト8入り。準々決勝ではアンドレイ・ルブレフに敗れた。全豪オープンでは第30シードとして出場して、1回戦でマッケンジー・マクドナルドを3-6, 4-6, 6-1, 6-2, 6-3のフルセットで破り、2回戦では西岡良仁に4-6, 3-6, 4-6のストレートで敗れた。ABNアムロ世界テニス・トーナメントではベスト8入りして、準々決勝でガエル・モンフィスに敗れた。ドバイ・テニス選手権ではベスト4入りするも、準決勝でステファノス・チチパスに敗れた。その後は新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響でツアーが中断された。

ツアー再開後のウエスタン・アンド・サザン・オープンでは1回戦でアンドレイ・ルブレフを破るも、2回戦でミロシュ・ラオニッチに敗れた。第23シードとして迎えた全米オープンでは1回戦でチアゴ・ザイボチ・ヴィウチを破るも、2回戦ではコランタン・ムーテに敗退。

BNLイタリア国際ではホベルト・ホルカシュに初戦敗退。ドイツ国際オープンでもステファノス・チチパスに初戦敗退。第32シードとして迎えた全仏オープンでは錦織圭と1回戦で対決して、6-1, 1-6, 6-7(3), 6-1, 4-6のフルセットの末に初戦敗退。

サンクトペテルブルク・オープンではスタン・ワウリンカに初戦敗退。ヨーロピアン・オープンとエルステ・バンク・オープンではベスト4入り。準決勝でそれぞれウゴ・アンベールとロレンツォ・ソネゴに敗れた。パリ・マスターズでワウリンカに初戦敗退して、シーズン終了。年間最終世界ランキング33位。

2021年 ツアー初優勝 マスターズダブルス準優勝[編集]

メルボルンで開催されたマリー・リバーオープンでは準々決勝でボルナ・チョリッチ、準決勝でジェレミー・シャルディーを破り、決勝進出。決勝ではフェリックス・オジェ=アリアシムを6-2,6-3で倒し、30歳にして悲願のツアー初優勝を果たした。

全豪オープンでは第30シードとして出場するも、初戦で同胞のキャメロン・ノリーに4-6, 6-4, 4-6, 5-7で破れた。カタール・エクソンモービル・オープンでは2回戦で復帰明けのロジャー・フェデラーに敗れた。マイアミ・オープンではフランシス・ティアフォーに初戦敗退したが、同大会のダブルスでは同胞のニール・スクプスキと組み、決勝進出。決勝ではマテ・パビッチ/ニコラ・メクティッチ組に敗れて、準決勝を果たす。

モンテカルロ・マスターズでは3回戦で世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチを6-4, 7-5のストレートで下す金星を挙げ、ベスト8入り。準々決勝ではダビド・ゴファンを破り、マスターズ1000初のベスト4入りを果たした。準決勝ではステファノス・チチパスに敗退。そして、同大会のダブルスでもマイアミ・オープンに続いて決勝進出。決勝では同じくパビッチ/メクティッチ組に敗れて、マスターズダブルス2連続で準優勝を果たす。マドリード・オープンでは3回戦でアレクサンダー・ズベレフに敗れた。BNLイタリア国際ではテイラー・フリッツに初戦敗退。全仏オープンでは第25シードとして出場するも、1回戦でミオミル・キツマノビッチに敗れて、初の2回戦進出にはならなかった。

芝シーズンではノッティンガム・チャレンジャーとクイーンズ・クラブ選手権でベスト8入り。第22シードで迎えたウィンブルドン選手権では3回戦進出を果たしたが、セバスチャン・コルダに3-6, 6-3, 3-6, 4-6で敗れた。

ロジャーズ・カップではアレクサンダー・ブブリクに、ウエスタン・アンド・サザン・オープンではディエゴ・シュワルツマンにそれぞれ初戦敗退。ウィンストン・セーラム・オープンでは2回戦でリシャール・ガスケに敗れた。2021年全米オープンでは第24シードとして出場して、3回戦でアレクセイ・ポピリンをフルセットで破る逆転で初の4回戦進出を果たした。4回戦ではダニール・メドベージェフに敗れたが、大会後に世界ランキング22位になり、自己最高ランキングを更新。

BNPパリバ・オープンでは2回戦で錦織圭を破ったが、3回戦でディエゴ・シュワルツマンに敗れた。パリ・マスターズでは初戦でアレクサンダー・ブブリクに敗れた。ストックホルム・オープンの準々決勝でフランシス・ティアフォーに敗退して、シーズン終了。年間最終ランキングは25位。

2022年 グランドスラム3回戦進出[編集]

ATPカップではイギリス代表として出場。ラウンドロビンでシングルスではドイツのヤン=レナード・ストルフ、カナダのデニス・シャポバロフ、アメリカ合衆国のジョン・イズナー、ダブルスではジェイミー・マリーと組み、単複ともに全勝する活躍を見せるもラウンドロビン敗退。

シドニー国際ではベスト4入り。第24シードとして迎えた全豪オープンでは1回戦でダビド・ゴファンを6-4, 6-3, 6-0のストレートで下して、2回戦のアーサー・リンダークネッシュ戦は相手の棄権により、3回戦へ。3回戦では第9シードのフェリックス・オジェ=アリアシムに4-6, 1-6, 1-6のストレートで敗退。

カタール・エクソンモービル・オープンでは2回戦でアレハンドロ・ダビドビッチ・フォキナに敗れ、ドバイ・テニス選手権ではアンドレイ・ルブレフに初戦敗退。BNPパリバ・オープンでは3回戦でラファエル・ナダルに敗退。マイアミ・オープンでは2回戦で西岡良仁に敗れた。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 1回 (0勝1敗)[編集]

サーフェス別タイトル
ハード (0–1)
クレー (0-0)
芝 (0-0)

デビスカップ[編集]

優勝 (1)[編集]

シングルス成績[編集]

4大大会シングルス[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A P WG Z# PO G S SF-B NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, P=開催延期
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, SF-B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会最高成績[編集]

外部リンク[編集]