マックス・ケーゲル – Wikipedia

マックス・ケーゲル(Max Koegel、1895年10月16日 – 1946年6月26日)は、ナチス・ドイツの強制収容所の所長を務めた人物。親衛隊(SS)の隊員であり、最終階級は親衛隊中佐(SS-Obersturmbannführer)。

フュッセンに大工の息子として生まれる。第一次世界大戦にはバイエルン砲兵隊に従軍した。伍長補(Gefreiter)まで昇進し、二級鉄十字章を受けた。戦後しばらくは税関事務員として働き、後に商業代理店を経営した。またヴァイマル共和国時代を通じてフライコール「オーバーラント」(de:Freikorps Oberland)で活動していた。二度結婚しており、1929年には8歳の息子がはしかで死去している。

1931年に国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)の突撃隊(SA)に参加した。1932年には正式にナチス党に入党した。同年、親衛隊(SS)に移籍している。1933年にナチス党が政権を取るとダッハウ強制収容所の看守となった。1937年にダッハウ強制収容所の副所長となる。1940年1月から1942年8月にかけてはラーフェンスブリュック強制収容所の所長に就任した。さらに1942年8月から11月にかけてマイダネク強制収容所の所長に就任。彼の在任中にマイダネクにガス室が設置された。1943年から1945年にかけてはフロッセンビュルク強制収容所(de:KZ Flossenbürg)の所長を務めた。ここではとりわけエホバの証人の絶滅に意欲を見せていた。また1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件で逮捕された者達(ヴィルヘルム・カナリス提督、ハンス・オスター将軍ら)はフロッセンビュルク強制収容所へ移送され、ここで軍事裁判が行われたが、この際にケーゲルは陪席裁判官の役割を果たした。軍事裁判は大逆罪を認定し、全員に死刑判決を下し、彼らは1945年4月9日に収容所内で死刑執行されている。

戦後の1946年にケーゲルはアメリカ軍に逮捕された。しかし収監先のニュルンベルクで首つり自殺している。

参考文献[編集]

  • マルセル・リュビー著「ナチ強制・絶滅収容所」筑摩書房。ISBN 4480857508  ISBN 978-4480857507