酒井忠興 – Wikipedia

酒井忠興

酒井 忠興(さかい ただおき、1879年(明治12年)6月6日 – 1919年(大正8年)9月22日)は、日本の植物研究家、従三位伯爵。雅楽頭系酒井家25代当主で、播磨姫路藩の第10代藩主の酒井忠邦の長男。

  • 1879年(明治12年)6月6日、姫路藩第10代藩主・酒井忠邦の長男として生まれる(忠邦は忠興が生まれる前の3月25日に死去した)。
  • 1887年(明治20年)6月6日、先代当主酒井文子(7代藩主酒井忠顕正室)より家督を継承。伯爵に叙せられる[1]
  • 1903年(明治36年)、第5回内国博覧会にオドントグロッサムを出品する。
  • 1919年(大正8年)9月22日、死去。享年40。
  • 妻:夏子 – 公爵・三条実美の七女
  • 養嗣子:酒井忠正 – 備後福山藩第10代藩主で最後の藩主・阿部正桓の二男。
  • 長女:酒井秋子 – 忠正の妻。
  • 二女:酒井菊子 – 旧加賀藩主前田本家第16代当主・前田利為の妻。

都立谷中霊園 – 夫妻の墓がある。父母の墓も同所。

  1. ^ 『平成新修旧華族家系大成』上p.640

参考文献[編集]

  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』(霞会館、1996年)

関連項目[編集]

  • 酒井氏#雅楽頭酒井家系譜
日本の爵位
先代:
叙爵
伯爵
(姫路)酒井家初代
1887年 – 1919年
次代:
酒井忠正