鍵屋辻 – Wikipedia

伊賀越復讐記念碑

鍵屋辻(かぎやのつじ)は、三重県伊賀市小田町・上野下幸坂町・上野西大手町に跨がる交差点。6方面から道路が集まっている。

接続道路[編集]

  • 北西 – 信楽道(御斎峠・信楽方面)
  • 北東 – 小六坂(平野北谷・関方面)
  • 西方 – 笠置街道(笠置・奈良方面)
  • 東方 – 上野中央通り(上野城・津市方面)
  • 南西 – 月瀬道(月ヶ瀬・山添方面)
  • 南東 – 塔西坂(上野市街・伊賀天神方面)

近世[編集]

寛永11年11月7日(1634年12月26日)の鍵屋の辻の決闘の地となった[1]。この決闘は、渡辺数馬と荒木又右衛門が、数馬の弟の仇である河合又五郎に挑んだ決闘で、最終的には河合又五郎が討たれた[1]。曾我兄弟の仇討ちと赤穂浪士の討ち入りに並ぶ、日本三大仇討ちの一つとして数えられている[1]

近代[編集]

1916年(大正5年)8月8日に、伊賀軌道(現在の伊賀鉄道伊賀線)が開通し、鍵屋辻に鍵屋辻駅が設けられた。その後、伊賀軌道は伊賀鉄道に改名、さらに伊賀電気鉄道に改名した。その後、合併等により当駅の所属が、大阪電気軌道参宮急行電鉄関西急行電鉄近畿日本鉄道という順に変わった。しかし、戦時中の1945年(昭和20年)6月1日に休止。その後、営業再開されることはなく、1969年(昭和44年)5月15日に廃止された。

現在[編集]

現在は、鍵屋辻から北東に1km程離れた小田西交差点や東方に300m程離れた西大手交差点、南東に1.5km程離れた八幡交差点などが伊賀上野における交通の要所となっており、鍵屋辻はあまり賑わっていない。しかし、国道163号の津市方面と木津方面を行き来する場合には、国道163号を走る(小田西交差点経由)よりも、笠置街道を走る(鍵屋辻経由)方が距離が短いため、近道として利用されている。

鍵屋辻の南側には、鍵屋ノ辻史跡公園がある。

また、三重交通のバスターミナルと車庫が設けられている。

鍵屋ノ辻史跡公園[編集]

鍵屋辻の南側に位置する、鍵屋の辻の決闘を記念する公園。数馬らが待ち伏せした萬屋を再現した数馬茶屋[1]や、同決闘に関する資料等を展示している伊賀越資料館がある[2]

バス停留所[編集]

三重交通の多くの路線が乗り入れるバスターミナルとなっている[3]。また、上野地区における三重交通の車庫としても機能している。

のりば 形態 系統 路線 主な経由地 行先 備考










高速伊賀品川線 横浜駅東口 品川バスターミナル 夜行1往復
62 名古屋上野高速線 御代インター森精機前・関バスセンター 名鉄バスセンター 1日8往復
伊賀京都高速線 五条京阪 京都駅八条口 1日2往復
61 伊賀大阪高速線 大阪梅田(東梅田駅) 新大阪駅北口 平日2往復・休日4往復



1










外回り循環

西コース

向島町・市民病院・イオンタウン伊賀上野・桑町駅南・伊賀市役所・上野病院・文化会館・農人町 上野市駅

(ハイトピア伊賀)

外回り循環

東コース

小田町・アピタ伊賀上野店・白鳳通り



52 月瀬線 向島・八幡町・永谷辻 桃香野口
53 向島・八幡町・法花



2
41 西山線 崇広堂前・上野市駅・恵美須町・名阪東インター・市民病院下 上野市民病院 一部のみ経由・休日は上野市駅まで
43 島ヶ原線 崇広堂前 上野市駅

(ハイトピア伊賀)

52 月瀬線
53
[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d 鍵屋ノ辻/数馬茶屋 – 伊賀市観光公式サイト
  2. ^ 伊賀越資料館 – 伊賀市観光公式サイト
  3. ^ 伊賀地区バス路線図 – 路線図ドットコム

座標:

北緯34度46分04.2秒 東経136度07分12.7秒 / 北緯34.767833度 東経136.120194度 / 34.767833; 136.120194