レオ・ナデルマン – Wikipedia

レオ・ナデルマン(Leo Nadelmann, 1913年1月16日 ビール- 1998年12月14日チューリヒ)は、スイスのピアノ奏者、作曲家[1][2][3][4][5][6][7]

1913年、ビール生まれ。1917年から1919年までバーゼル音楽院でヴァルター・ミュラー・フォン・クルムに師事してピアノを学び、その後作曲のクラスにも参加した。1927年からピアニストとして活動をはじめたが、1931年から1933年までベルリンに滞在し、アルトゥル・シュナーベルやルドルフ・ゼルキンなどの薫陶を受けている。また1940年からアレクサンダー・ブライロフスキーやラウル・コチャルスキの指導も受けている。

1945年からアメリカに演奏活動の拠点を移した。しかし1956年頃から左手薬指の麻痺に苦しめられるようになり、1960年に演奏活動を停止してチューリヒに移り住んだ。1965年から1978年までシュヴァイツァー・ラジオの音楽部長兼プロデューサー、1968年から1983年までウィーン国際音楽センターの会長をそれぞれ歴任。1977年から母校のバーゼル音楽院で教鞭をとった。1981年にはヤマハ音楽振興会から賞を贈られている。

1998年、チューリヒにて没。

  1. ^ Zimmerlin, Alfred (2013年1月16日). “Origineller Musiker und Medien-Pionier”. Neue Zürcher Zeitung. オリジナルの2017年12月15日時点におけるアーカイブ。. http://www.peeep.us/ea794432 2017年12月15日閲覧。 
  2. ^ Leo Nadelmann”. 2017年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月15日閲覧。
  3. ^ レオ・ナデルマン – Discogs
  4. ^ LEO NADELMANN PIANO Brahms Waltz/Schumann Romance SWISS HMV DA 6018 SCARCE”. 2017年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月15日閲覧。
  5. ^ Nadelmann, Leo”. 2017年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月15日閲覧。
  6. ^ レオ・ナデルマン – オールミュージック
  7. ^ Harden, Ingo; Willmes, Gregor (2008). PianistenProfile: 600 Interpreten: ihre Biografie, ihr Stil, ihre Aufnahmen. Baerenreiter-Verlag. p. 509.

    ISBN 978-3761816165