ファン・ホーベ特異点 – Wikipedia

3次元固体での状態密度g(E) vs エネルギーのシミュレーション図。ファン・ホーベ特異点はdg(E)/dEが発散する点で起こる。

ファン・ホーベ特異点とは結晶の状態密度(DOS)でみられる特異点(滑らかでない点)のこと。

ファン・ホーベ特異点が生じる波数ベクトルは、ブリルアンゾーンの臨界点と呼ばれる。
3次元結晶の場合、ファン・ホーベ特異点はキンクとなり、そこでは状態密度が微分可能でなくなる。
ファン・ホーベ特異点の最も一般的な応用は、光吸収スペクトルの解析である。

ファン・ホーベ特異点は、1953年にベルギーの物理学者レオン・ファン・ホーベがフォノンの状態密度について最初に取り扱った。
[1]

N粒子サイトからなる1次元格子を考える。
各粒子サイト間の距離はaで、全長はL = Naとする。
ここで、この1次元の箱の中に定在波があると仮定するのではなく、周期的境界条件を用いるのが便利である。
[2]

ここで

λ{displaystyle lambda }

は波長、nは整数である。
正の整数は前進する波、負の整数は後進する波を表す。

この格子中の波動の波長は最短で2aであり、このとき最大の波数

kmax=π/a{displaystyle k_{max}=pi /a}

となり、|n|は最大値

nmax=L/2a{displaystyle n_{max}=L/2a}

となる。
状態密度g(k)dkを、波数ベクトルがkからk+dkである定在波の数として定義する。
[3]

3次元に拡張すると、箱の中の状態密度は、

ここで

d3k{displaystyle d^{3}k}

k空間での体積要素である。
また電子では2つスピンの方向を考慮して、因子2を掛ける必要がある。
連鎖律により、エネルギー空間でのDOSは次のように表せる。

ここで

{displaystyle {vec {nabla }}}

はk空間での勾配である。

k空間での位置の組(粒子エネルギーEに対応)はk空間で面を作り、Eの勾配はこの面の全ての点と直交するベクトルである。
[4]
このエネルギーEについての関数である状態密度は、

ここで積分は定数Eの面

E{displaystyle partial E}

にわたり行う。

kz{displaystyle k’_{z},}

が面に直交し、Eの勾配に平行となるような新しい座標系

kx,ky,kz{displaystyle k’_{x},k’_{y},k’_{z},}

を選ぶことができる。
この座標系が元の座標系の回転であれば、k’空間の体積要素は、

dEは次のように書ける。

g(E)の式に代入すると、

ここで

dkxdky{displaystyle dk’_{x},dk’_{y}}

項は、定E面の面積要素である。

g(E){displaystyle g(E)}

の式は、分散関係

E(k){displaystyle E({vec {k}})}

が極値となる

k{displaystyle k}

点でDOSの被積分関数が発散することを意味している。
ファン・ホーベ特異点はこれらの

k{displaystyle k}

点でのDOS関数で起こる性質である。

詳細な解析[5]によると、3次元空間ではバンド構造が極大か、極小か、または鞍点かに依存して4種類のファン・ホーベ特異点がある。
3次元ではDOSの微分が発散してもDOS自身は発散しない。
関数g(E)は平方根特異性(図を参照)をもつ傾向にある。
自由電子のフェルミ面では、

2次元でのDOSは鞍点で対数的に発散し、1次元でのDOSは

E{displaystyle {vec {nabla }}E}

がゼロとなるところで無限となる。

固体の光吸収スペクトルは、バンド構造からフェルミの黄金律を用いて計算される。
そこで評価される行列要素は双極子演算子

Ap{displaystyle {vec {A}}cdot {vec {p}}}

である。
ここで

A{displaystyle {vec {A}}}

はベクトルポテンシャル、

p{displaystyle {vec {p}}}

は運動量演算子である。

フェルミの黄金律で現れる状態密度は結合状態密度(JDOS)で、与えられた光子エネルギーで分離される伝導帯と価電子帯での電子状態の数である。
光吸収は、双極子演算子の行列要素(振動子強度)とJDOSの積によるものである。

2次元と1次元でのDOSの発散は数学的に予想されており、容易に観測できる。
グラファイト(擬2次元)やBechgaard塩(擬1次元)のような異方性固体では、ファン・ホーベ特異点によるスペクトルの異常がみられる。
ファン・ホーベ特異点は擬1次元系である単層カーボンナノチューブ(SWNT)の光強度で重要となる。
グラフェンのディラック点はファン・ホーベ特異点であり、グラフェンが電気的中性のときの電気抵抗のピークとして観測される。
ねじれたグラフェン層も、層間のカップリングによる状態密度のファン・ホーベ特異点を示す[6]

参考文献[編集]

  1. ^ L. Van Hove, “The Occurrence of Singularities in the Elastic Frequency Distribution of a Crystal,” Phys. Rev. 89, 1189–1193 (1953).
  2. ^ See equation 2.9 in http://www2.physics.ox.ac.uk/sites/default/files/BandMT_02.pdf From
  3. ^ *M. A. Parker(1997-2004)“Introduction to Density of States” Marcel-Dekker Publishing p.7. Archived September 8, 2006, at the Wayback Machine.
  4. ^ *Ziman, John (1972). Principles of the Theory of Solids. Cambridge University Press. ISBN B0000EG9UB 
  5. ^ *Bassani, F.; Pastori Parravicini, G. (1975). Electronic States and Optical Transitions in Solids. Pergamon Press. ISBN 0-08-016846-9  This book contains an extensive discussion of the types of Van Hove singularities in different dimensions and illustrates the concepts with detailed theoretical-versus-experimental comparisons for Ge and graphite.
  6. ^ I. Brihuega et al., Physical Review Letters 109, 196802 (2012).