上山薫 – Wikipedia

上山 薫(うえやま かおる、1893年(明治26年)12月8日 – 1964年(昭和39年)10月7日[1])は、日本の実業家。内外除虫菊・陽和地所各社長[2]。紀陽銀行取締役[2]。和歌山県除虫菊製品工業組合理事長[3]

元:池田銀行頭取清滝一也は長男。プリンストン大学教授清滝信宏は孫。

和歌山県有田郡保田村(現有田市)出身。上山市郎兵衛の弟[3]。上山家は古くより保田村に土着する地主だった[3]。1918年、京都帝国大学法学部政治経済学科卒業[3][4]。1921年、分家した[3]

内外除虫菊社長となり、和歌浦土地、和歌山県除虫菊貿易、和歌山除虫菊工業各社長[2]。また、各種の会社重役を務めた。趣味は読書[2]。宗教は浄土宗[2]。住所は和歌山市湊通丁南[3]、兵庫県尼崎市[2]

家族・親族[編集]

上山家
  • 妻・秋子(1901年 – ?、和歌山、石橋八九郎の五女[3]、石橋八九郎の妹)
  • 長男・一也(清滝幸次郎の長女の婿、1924年 – )[2]
  • 二男[2]
  • 三男[2]
  • 四男[2]
  • 三女(川勝泰司の妻)[2]
親戚
  • 石橋八九郎(石橋合名会社代表社員、四十三銀行、紀伊貯蓄銀行各取締役)
  • 石橋八九郎(石橋合名会社代表社員、内外除虫菊取締役)
  • 上山市郎兵衛(和歌山県多額納税者、内外除虫菊会長)
  • 上山英一郎(大日本除虫菊創業者) – 兄上山市郎兵衛の養叔母ゆきは、上山英一郎の妻[3]
  • 川勝傳(南海電気鉄道社長・会長) – 三女の夫の父[2]
  • 清滝幸次郎(池田銀行頭取) – 長男・一也の養父[2]
  • 山口孫一(紀陽銀行頭取)
  • 山田輝郎(ロート製薬社長・会長) – 清滝家の親戚
  • 錢高輝之(錢高組社長・会長) – 三男の妻の父
  1. ^ 『読売新聞』1964年10月9日、朝刊15頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 『大衆人事録 第二十三版 西日本編』う167頁。
  3. ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第13版 上』う33頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月6日閲覧。
  4. ^ 『京都帝国大学一覧 自大正7年 至大正8年』卒業生姓名 法学士 政治経済学科338 – 339頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年12月10日閲覧。

参考文献[編集]

  • 京都帝国大学編『京都帝国大学一覧 自大正7年 至大正8年』京都帝国大学、1913 – 1926年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
  • 広瀬弘『大衆人事録 第二十三版 西日本編』帝国秘密探偵社、1963年。
  • 佐藤朝泰『豪閥 地方豪族のネットワーク』立風書房、2001年。