モグラ (スパイ) – Wikipedia

スパイ用語で、モグラ(「ペネトレーションエージェント」[1]、「ディープカバーエージェント」、「スリーパーエージェント」とも呼ばれる)とは、機密情報を入手する以前に採用され、その後、目標とする組織に入り込むことができた長期間の潜伏が必要となるスパイ(諜報員)のことである[2]。しかし、一般的には、政府や民間の組織内の長期的な密偵や情報提供者を意味する言葉として使われている[2]。警察では、ある組織の活動に関する証拠を集め、最終的にその組織のメンバーを告発するために、その組織に参加するおとり捜査官のことを「モグラ」と呼んでいることもある。

この用語は、英国のスパイ小説家ジョン・ル・カレが1974年に発表した小説『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』[3][4]で一般に紹介して以来、普及して一般的に使われるようになったが、その起源[1]や、一般化する前に諜報機関でどの程度使われていたかは不明である。イギリスの元諜報員であるル・カレは、モグラという言葉は実際にはソ連の諜報機関KGBが使っていたものであり[2]、欧米の諜報機関で使われていた対応する言葉はスリーパーエージェントであったと述べている[5]。モグラという言葉は、1626年にフランシス・ベーコン卿が書いた『ヘンリー7世の治世の歴史』という本の中でスパイに対して使われていたが[1][2]、ル・カレは、その本からこの言葉を得たわけではないと語っている。

モグラは、人生の早い段階で採用され、数十年かけて政府の仕事に就き、秘密情報にアクセスできる立場になってから、スパイとして活動することがある。1930年代にケンブリッジ大学の共産主義者の学生としてKGBに採用され、後に英国政府のさまざまな部署で高い地位に就いた5人の上流階級の英国人男性、ケンブリッジ・ファイヴが、モグラの最も有名な例である[3]。一方、CIA防諜部長のオルドリッチ・エイムズや、KGBのためにアメリカ政府をスパイしたFBI捜査官のロバート・ハンセン英語版など、スパイ活動を行う者の多くは、対象となる組織のメンバーとしての地位を確立した後に、スパイとして勧誘されたり、情報を提供したりしている。

モグラの採用ははるか以前に行われた事であるため、当該国の治安当局や捜査当局が発見するのは難しい。政治家、企業経営者、政府閣僚、情報機関の役員などのトップが外国政府のために働くモグラである可能性は、防諜機関にとって最悪の悪夢である[要出典]。例えば、1954年から1975年までCIAの防諜部長を務めたジェームズ・アングルトンは、欧米諸国の政府上層部には長期間潜伏中の共産主義者のエージェントがいるという疑念に取りつかれ[1]、1975年に解任されるまで、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官、レスター・ピアソン元カナダ首相、ピエール・トルドー元カナダ首相、ハロルド・ウィルソン元英国首相など多くの政治家や多くの国会議員を告発したと言われている。このように、アメリカにおいて普通の生活の中で著名な地位にスパイがいることを恐れて、マッカーシズムのような過剰反応が起きた[要出典]

モグラは、数多くのスパイ映画、テレビ番組、小説などに登場する。

使用理由[編集]

諜報機関が諜報員を募集する際に用いる最も一般的な手順は、外国の政府や組織の中で欲しい情報のある場所(ターゲット)を見つけ、その情報にアクセスできる人を探し出し、その中の一人をスパイ(諜報員)として募集して情報を入手しようとするものである。しかし、政府の極秘情報にアクセスできるのは、高度なセキュリティクリアランス英語版を持つ政府職員であり、まさにそのようなスパイ活動のアプローチがされないように、政府のセキュリティ機構によって注意深く監視されている。したがって、外国の諜報機関の代表者が、彼らを勧誘するために密かに会うことは難しい。大企業やテロリストグループなどの民間組織にも、同様のセキュリティ監視システムが存在する。

また、セキュリティクリアランスのプロセスでは、公然と不満を持っていたり、イデオロギーに不満を抱いていたり、国を裏切るような動機を持っている職員は排除されるため、そのような立場にある人はスパイとしての採用を拒否される可能性が高いとされている。そこで一部の諜報機関では、上記のプロセスを逆にして、まずスパイ候補者を募集し、必要な情報にアクセスできる立場になることを期待して、忠誠心を隠して対象となる政府機関でキャリアを積ませる方法もある。

スパイとしてのキャリアは一生の大半を占めるほど長期にわたるため、モグラになる人には高いモチベーションが求められる。一般的な動機としては、イデオロギー(政治的信念)が挙げられる。冷戦時代、西側諸国では、いわゆる同調者と呼ばれる人たちがモグラの主な供給源となった。彼らは、1920年代から1940年代にかけて、若い頃に自国の政府に不満を抱き、実際に共産党には入らなかったが世界の共産主義に共感した西洋人たちであった。

  1. ^ a b c d
    Smith, W. Thomas (2003). Encyclopedia of the Central Intelligence Agency. Manhattan, New York City, USA: Infobase Publishing. p. 171. ISBN 9781438130187. OCLC 586163250 
  2. ^ a b c d
    Green, Jonathon (March 28, 2006). Cassell’s Dictionary of Slang: A Major New Edition of the Market-Leading Dictionary of Slang (2nd, revised ed.). New York City, New York, USA: Sterling Publishing. p. 953. ISBN 9780304366361. OCLC 62890128. https://books.google.com/books?id=5GpLcC4a5fAC&q=mole+%22john+le+carre%22+tinker&pg=PA953 2012年8月26日閲覧。 
  3. ^ a b
    Carlisle, Rodney P. (April 1, 2003). Complete Idiot’s Guide to Spies and Espionage (illustrated ed.). Indianapolis, Indiana, USA: Alpha Books. p. 142. ISBN 9780028644189. OCLC 52090218. https://books.google.com/books?id=wZt283WNub4C&q=%22the+term+mole%22+%22john+le+carre%22&pg=PA142 2012年8月26日閲覧。 
  4. ^
    Shapiro, Fred R. (Oct 30, 2006). The Yale Book of Quotations (illustrated ed.). New Haven, Connecticut, USA: Yale University Press. p. 448. ISBN 9780300107982. OCLC 66527213. https://archive.org/details/isbn_9780300107982 2012年8月26日閲覧. “According to the Oxford English Dictionary “it is generally thought that the world of espionage adopted [the term mole] from Le Carré, rather than vice versa.” 
  5. ^
    Le Carré, John; Bruccoli, Matthew J; Baughman, Judith (2004). Conversations with John le Carré (illustrated ed.). Jackson, Mississippi, USA: University Press of Mississippi. pp. 33–34. ISBN 9781578066698. OCLC 55019020. https://books.google.com/books?id=jxPWT_Lo5yQC&q=mole&pg=PA33 2012年8月26日閲覧. “interview with Le Carré in Melvyn Bragg The Listener, January 22, 1976 BBC1, (reprint)” 

参考文献[編集]