久留里線 – Wikipedia

停車場・施設・接続路線

久留里線(くるりせん)は、千葉県木更津市の木更津駅から君津市の上総亀山駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(地方交通線)である。

かつて気動車王国と呼ばれた房総半島に残る数少ない非電化路線で、千葉県内のJR線では唯一のものである[注釈 1]。列車無線が整備されていないため[1]、乗務員との連絡や運転規制の通告は、駅社員を介すか、衛星携帯電話や業務用携帯電話にて行われている。集客イベントとして、スタンプラリーや「駅からハイキング」などのイベントをJR東日本や沿線自治体の木更津市・君津市・袖ケ浦市などが開催している。

2009年3月14日より全線が旅客営業規則の定める「東京近郊区間」に指定されたが、久留里線内では「Suica」などのIC乗車カードの利用はできない[注釈 2]。東京都内からはJR線で最も近いSuica未対応路線である。なお、馬来田駅スタートの『うまくたハイキング』開催の折には簡易IC改札機が設置された。また、全線において「休日おでかけパス」を利用できる一方で、「のんびりホリデーSuicaパス」はSuica未対応のため利用できない。

路線データ[編集]

全線が千葉支社の管轄である。

久留里線所属駅にみどりの窓口は設置されていない。

久留里線は、千葉県が道路事情の悪さを補うため、県内各地に建設した県営鉄道の一つで、1912年に木更津駅 – 久留里駅間が開業した。建設当時は軌間762mmの軽便鉄道であった[4]。建設工事は大日本帝国陸軍鉄道連隊によって、訓練の一環として行なわれた[4]。1922年に制定された改正鉄道敷設法別表第48号の予定線に「千葉県木更津ヨリ久留里、大多喜ヲ経テ大原ニ至ル鉄道」があげられたことから、1923年に国へ無償譲渡され、鉄道省の久留里線となった[4]

1930年には、1067mmへの改軌が完成し、1936年には上総亀山まで延伸されたが、その先へ伸びることはなかった[4]。この延伸区間は、太平洋戦争中の1944年に不要不急線として休止され、戦後の1947年に復活するという経過をたどっている[4]。なお、予定線の大原側は、木原線(現在のいすみ鉄道いすみ線)として1930年に開業した。

戦後は京葉工業地帯の通勤客が増えるが、それでも閑散線区の域を出なかった。しかし将来性が認められて国鉄諮問委員会による赤字ローカル線廃止勧告は免れた[5]。1968年には千葉駅直通列車が廃止された。2009年に全線が東京近郊区間に編入された。

年表[編集]

  • 1911年(明治44年)7月18日:千葉県に対し鉄道敷設免許を下付[6]。後に37万1300円(当時の価値)を投じて敷設[7]
  • 1912年(大正元年)12月28日:千葉県営鉄道久留里線として木更津駅 – 久留里駅間が開業。清川駅・中川駅・馬来田駅・小櫃駅・久留里駅が開業[4][8]
  • 1915年(大正4年)7月1日:中川駅が横田駅に改称[4]
  • 1921年(大正10年)7月10日:俵田駅が開業
  • 1923年(大正12年)9月1日:国有化され、久留里線になる。清川駅が上総清川駅に改称[4]
  • 1930年(昭和5年)8月20日:木更津駅 – 久留里駅間の軌間が762mmから1067mmに改軌される[4]。小櫃駅 – 俵田駅間で改キロが実施(-0.1km)。
  • 1934年(昭和9年)9月15日 :気動車運行開始(木更津-久留里間)[9]
  • 1936年(昭和11年)3月25日:久留里駅 – 上総亀山駅間 (9.6km) が延伸開業し、久留里線が全通。平山駅・上総松丘駅・上総亀山駅が開業。気動車運転開始(久留里 – 上総亀山間)[10]
  • 1937年(昭和12年)4月20日:東横田駅・下郡駅・上総山本駅が開業[4]
  • 1944年(昭和19年)12月16日:久留里駅 – 上総亀山駅間が休止[注釈 3]。平山駅・上総松丘駅・上総亀山駅が休止。
  • 1947年(昭和22年)
    • 月日不明:上総山本駅が休止。
    • 1月20日:東横田駅・下郡駅が休止[11]
    • 4月1日:久留里駅 – 上総亀山駅間の営業再開。平山駅・上総松丘駅・上総亀山駅の営業再開[4]
  • 1956年(昭和31年)
    • 7月1日:下郡駅の営業再開。上総山本駅が廃止[4]
  • 1958年(昭和33年)4月1日:東横田駅の営業再開[4]
  • 1961年(昭和36年)3月1日:祇園駅が開業[4]
  • 1968年(昭和43年)7月:千葉駅直通列車廃止。
  • 1974年(昭和49年)10月1日:久留里駅 – 上総亀山駅間の貨物営業廃止[4]
  • 1976年(昭和51年)10月1日:木更津駅 – 久留里駅間の貨物営業廃止[4]
  • 1978年(昭和53年)10月2日:東清川臨時乗降場が開業[4]
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道が継承。東清川臨時乗降場が駅になる[4]
  • 1997年(平成8年)10月23日:新久留里線塗装車の運用を開始する[12]
  • 1997年(平成9年)
    • 2月27日:横田駅に設置されていた腕木式信号機が置き換えられ、全ての信号機が色灯式となる[13]
    • 3月22日:全列車が禁煙となる[14]
  • 2009年(平成21年)3月14日:全線が東京近郊区間に編入される。
  • 2012年(平成24年)
  • 2013年(平成25年)
    • 2月17日:全線でATS-Pを導入、これを持ってJR東日本千葉支社管内の全線にATS-Pの整備完了[17]
    • 3月16日:一部の列車でワンマン運転を開始[18]
    • 10月16日:台風26号の影響で、上総松丘駅 – 上総亀山駅間にて道床流出・路盤崩落が発生したため全線運転見合わせとなる[19]
    • 10月18日:木更津駅 – 久留里駅間の運転が再開[20]
    • 11月14日:久留里駅 – 上総亀山駅間の運転が再開[21]
  • 2019年(令和元年)
    • 9月9日:令和元年房総半島台風(台風15号)の影響で全線運転見合わせとなる[22]。東横田駅と横田駅での屋根損傷、久留里駅 – 平山駅間におけるのり肩の一部崩壊、その他倒木などの被害を受けており[23]、10日間以上に渡って全線不通となる[24]
    • 9月20日:木更津駅 – 久留里駅間の運転が再開[25]
    • 10月11日:昼以降、久留里駅 – 上総亀山駅間を含む全線の運転を再開[26]。翌12日から通常ダイヤで運行される予定であったが[27]、令和元年東日本台風(台風19号)の接近に伴う計画運休により12日始発から運転を見合わせた[28]。13日昼頃まで運休する予定としていたが[28]、実際には14日午後8時48分に運行を再開した[29]
    • 10月25日:この日発生した大雨の影響で久留里駅 – 上総亀山駅間で不通となる[30]
    • 11月1日:17時50分過ぎ、1週間ぶりに全線での運転を再開[31]

運行形態[編集]

平日・土曜・休日ともダイヤは共通である。木更津発着の全線通し運転列車および木更津駅 – 久留里駅間の区間列車のほか、久留里駅 – 上総亀山駅間の区間列車も設定されている。

運転本数は木更津駅 – 久留里駅間が1時間に1本程度で1日17往復、久留里駅 – 上総亀山駅間は日中に5時間以上運行がない時間帯がある。一部列車は久留里駅で乗り換えとなる。

日中は1 – 2両、朝夕ラッシュ時は2 – 4両で運転される。土日祝日および学校の長期休暇シーズンは、ラッシュ時間帯に減車が行われるが、ハイキングのシーズンの休日は日中でも4両で運転される。3両以上で運転される時は下郡駅 – 上総亀山駅間のホームが短いため進行方向、前寄り2両のみ扉扱いし3両目以降はドアカットされる。このため上総亀山駅では折り返しの際、降車終了後いったんドアを閉め、車両を1両半位前方へ移動し客扱いを再開する。2013年3月16日のダイヤ改正より、一部の列車でワンマン運転が実施されている[18]

2014年3月15日のダイヤ改正では、上総亀山駅発着列車の一部が久留里駅折り返しとなり、日中時間帯の列車が減便された。

2017年3月4日の改正からは、上総亀山発の一番列車が5時台から6時に、木更津発上総亀山行きの最終が21時台から20時台(久留里発は21時台後半)に変更され、5時台の木更津行き一番列車は久留里始発に短縮となり、久留里駅 – 上総亀山駅間は下り8本、上り9本の運転となった[32]

臨時列車や観光列車については、現在は観光シーズンに久留里止まりの定期列車が上総亀山まで延長されるのみで、ジョイフルトレインや他線所属の気動車を使用した臨時列車はほとんど運転されない。2019年からは上総亀山までの臨時の延長運転がゴールデンウイークや夏休み期間にも拡大された[注釈 4] ほか、同年7月27日にはサイクルツアー実施に向けた関係自治体向けの試乗モニター調査でサイクルトレインを運行することになった[33]

過去には2007年4月に「ちばデスティネーションキャンペーン」の一環としてキハ48形「びゅうコースター風っこ」を使用した臨時普通列車「風っこくるり号」が運転された。2009年には旧型客車をDE10形ディーゼル機関車が牽引する「のんびりくるり号」が運転された。

ワンマン運転[編集]

2013年3月16日のダイヤ改正時より、ワンマン運転が開始されている。対象編成は1・2両編成の列車(土休日に減車されて2両編成となる列車を除く)であり、2両の場合、後部に連結された車両のドアは締切扱いとなっている。ただし、木更津駅・横田駅・久留里駅ではすべてのドアが開く[34]。なお、ワンマン化がなされた列車であっても、それが困難な場合や一部区間では車掌が乗務することもあるとされるが[35]、その場合でも改札は運転士が行う。

なお、国鉄千葉動力車労働組合(動労千葉)はワンマンによる運転を批判しており、これを取りやめるよう主張している[36]

使用車両[編集]

2012年12月1日からは幕張車両センター木更津派出に所属するキハE130形100番台が使用されている。

過去の使用車両[編集]

  • キハ17形 – 1953年から。運用終了年は不明。
  • キハ60系 – 1960年から。キハ60 1・2とともに、1等車のキロ60 1(後、2等車格下げでキハ60 101)も久留里線を走っていた。運用終了年は不明[37]
  • キハ30形 – 1963年から。2012年12月1日をもって定期運用終了[38][39]。2009年から登場時の国鉄一般色に復元されて使用されていた。当線で使用されたキハ30形のうちキハ30 98・100は水島臨海鉄道へ譲渡[40]
  • キハ37形 – 1983年から。2012年12月1日をもって定期運用終了[39]。当線で使用されたキハ37形のうちキハ37 2・1002・1003は水島臨海鉄道へ譲渡[40]
  • キハ38形 – 1996年から。2012年12月1日をもって定期運用終了[39]。当線で使用されたキハ38のうちキハ38 1003は水島臨海鉄道へ譲渡[40]
    • キハ37・38形は便所付きの車両もあり、外観でも判別可能であるが、垂れ流し式の構造で汚物処理装置未設置などの理由で使用不可(締め切り)であった。

沿線概況[編集]

木更津駅を出発するとすぐに大きく東方にカーブする。しばらくは農地と住宅地が点在する平地を走る。小櫃川に付かず離れずという感じでしばらく路線は続く。東横田駅からは南方にコースを変える。徐々に標高は高くなり、起伏が目立つようになる。久留里駅からは山間地に入り、小櫃川沿いの急な流れや、急な崖などを進み、また上総松丘 – 上総亀山間では当線には2か所しかないトンネルが現れ、終点上総亀山駅に到着する。

  • 全列車普通列車(全駅に停車)
  • 線路(全線単線) … ◇:列車交換可、|:列車交換不可
  • 全駅千葉県内に所在

2019年度の時点で、JR東日本自社による乗車人員集計[41]の対象駅は、木更津駅・横田駅・馬来田駅・久留里駅の4駅であり、それ以外の駅は完全な無人駅のため集計対象から外されている。

廃駅[編集]

平均通過人員[編集]

各年度の平均通過人員(人/日)は以下の通り[42][43]

  • 木更津駅 – 久留里駅間
    • 1987年度:4,446人/日
    • 2013年度:1,945人/日
    • 2014年度:1,727人/日
    • 2015年度:1,694人/日
    • 2016年度:1,643人/日
    • 2017年度:1,591人/日
    • 2018年度:1,518人/日
  • 久留里駅 – 上総亀山駅間
    • 1987年度:823人/日
    • 2013年度:216人/日
    • 2014年度:169人/日
    • 2015年度:145人/日
    • 2016年度:122人/日
    • 2017年度:103人/日
    • 2018年度:96人/日

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ “JR東日本グループ CSR報告書2017” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道, (2017年9月29日), https://www.jreast.co.jp/eco/report/pdf_2017/p30-50.pdf 2022年3月10日閲覧。 
  2. ^ a b 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻31号 内房線・外房線・久留里線 17頁
  3. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年 ISBN 978-4533029806
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻31号 内房線・外房線・久留里線 26頁
  5. ^ 『ちばの鉄道一世紀』p149
  6. ^ 「軽便鉄道免許状下付」『官報』1911年7月21日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 千葉県君津郡教育会『千葉県君津郡誌. 下巻』(1927年)1140頁(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「軽便鉄道運輸開始」『官報』1913年1月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 『鉄道省年報. 昭和9年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 『鉄道省年報. 昭和10年度』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  11. ^ 今尾恵介『日本鉄道旅行地図帳 3号 関東1』新潮社、2008年、p.36
  12. ^ ネコ・パブリッシング『レイルマガジン』1997年1月号 通巻160号 p.110
  13. ^ 交友社『鉄道ファン』1997年7月号 通巻435号 p.171
  14. ^ “普通列車内の禁煙・分煙化 JR千葉支社22日から拡大”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 3. (1997年3月12日) 
  15. ^ “2012年3月ダイヤ改正について” (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道千葉支社, (2011年12月16日), オリジナルの2011年12月16日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20111216144625/http://www.jrchiba.jp/news/pdf/20111216daiyakaisei.pdf 2020年7月22日閲覧。 
  16. ^ “タブレット方式が終了 新事故防止システム導入 JR久留里線”. 千葉日報. (2012年3月17日). オリジナルの2020年7月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200720225450/https://www.chibanippo.co.jp/news/local/73690 2020年7月20日閲覧。 
  17. ^ 交通新聞2013年2月27日
  18. ^ a b 2013年3月ダイヤ改正について (PDF) – 東日本旅客鉄道千葉支社 プレスリリース 2012年12月21日
  19. ^ 千葉市で観測史上最高の降水量、久留里線など17日も運休に – MSN産経ニュース、2013年10月16日
  20. ^ 不明者の捜索続く 成田、大量土砂に難航 台風26号千葉県内被害 – 千葉日報、2013年10月18日
  21. ^ JR東日本、久留里線久留里〜上総亀山間11月14日に運転再開 – レスポンス、2013年11月13日
  22. ^ 成田エクスプレスは終日運休 台風の交通機関乱れ夕方も:朝日新聞デジタル” (日本語). 朝日新聞デジタル. 2019年9月9日閲覧。
  23. ^ JR久留里線は依然、全線で運行見合せ…小湊鐵道は今週末の全線再開を目指す 台風15号”. レスポンス. 2019年9月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月18日閲覧。
  24. ^ 台風15号被害に伴う久留里線運転計画について【9月20日分】, , JR東日本千葉支社, (2019年9月19日), https://www.jreast.co.jp/chiba/pdf/top/20190919_specialinfo09191630.pdf 2019年9月19日閲覧。 
  25. ^ 台風15号被害に伴う久留里線一部区間運転再開について”. 東日本旅客鉄道千葉支社(2019年9月20日作成). 2019年9月20日閲覧。
  26. ^ 関東エリアの運行情報<更新履歴>”. 東日本旅客鉄道 (2019年10月11日). 2019年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月11日閲覧。
  27. ^ 台風15号被害に伴う久留里線運転再開見込みについて”. 東日本旅客鉄道千葉支社 (2019年10月8日). 2019年10月11日閲覧。
  28. ^ a b 台風19号「計画運休」新幹線・首都圏在来線・私鉄で実施決定”. 日本放送協会 (2019年10月11日). 2019年10月11日閲覧。
  29. ^ JR久留里線 下り線 運転再開 15日は上下線とも平常ダイヤに”. NHK NEWS WEB. 日本放送協会 (2019年10月14日). 2019年10月14日閲覧。
  30. ^ 大雨で久留里線と小湊鐵道が再び被災…水郡線は11月1日、西金-常陸大子間を除き再開へ – レスポンス、2019年10月28日
  31. ^ JR久留里線 1週間ぶり全線で運転再開 千葉 – NHKニュース、2019年11月1日
  32. ^ 2017年3月ダイヤ改正について (PDF) – 東日本旅客鉄道千葉支社 プレスリリース 2016年12月16日
  33. ^ 久留里線でのサイクルツアー実施に向けた試乗モニター調査について (PDF) – 東日本旅客鉄道千葉支社 プレスリリース 2019年6月28日
  34. ^ 久留里線ワンマン運転のご案内 (PDF) – 東日本旅客鉄道千葉支社
  35. ^ 支援する会が久留里線ワンマン運転現地調査 – 日刊 動労千葉 No.7542
  36. ^ ワンマン運転を中止しろー木更津総行動を闘いぬく – 日刊 動労千葉 No.7479
  37. ^ 『鉄道ダイヤ情報』2012年12月号、交通新聞社 車内写真あり
  38. ^ “ありがとう…「キハ30形」 久留里線、みぞれ降る中 人気ディーゼル車が引退”. 千葉日報. (2012年12月2日). オリジナルの2021年3月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210307201432/https://www.chibanippo.co.jp/news/local/112541 2021年3月7日閲覧。 
  39. ^ a b c 久留里線でキハ30・キハ37・キハ38の運転終了 – 交友社 『鉄道ファン』railf.jp 2012年12月1日
  40. ^ a b c 水島臨海鉄道、キハ30など6両購入…2014年3月末から運行開始へ”. レスポンス. イード (2013年7月11日). 2021年4月30日閲覧。
  41. ^ 各駅の乗車人員”. 東日本旅客鉄道. 2020年12月15日閲覧。
  42. ^ 路線別ご利用状況(2009〜2013年度) (PDF)”. 2019年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年11月6日閲覧。
  43. ^ 路線別ご利用状況(2014〜2018年度) (PDF)”. 2019年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年11月6日閲覧。

参考文献[編集]

  • 白土貞夫『ちばの鉄道一世紀』崙書房、1996年7月10日 第1刷発行、1996年10月15日 第2刷発行、ISBN 978-4845510276
  • 曽根悟(監修)『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』31号 内房線・外房線・久留里線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年2月21日、17・24-26頁。
  • 千葉縣君津郡敎育會『千葉縣君津郡誌(復刻版)』千秋社、1990年5月31日発行、一一四〇頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]