代理ミュンヒハウゼン症候群 – Wikipedia

代理ミュンヒハウゼン症候群(だいりミュンヒハウゼンしょうこうぐん、英: Münchausen syndrome by proxyMSbPMSP)とはミュンヒハウゼン症候群の一形態であって、傷害の対象が自分自身ではなく、熱心に看病する自己が周囲から『頑張っている』『大変な介護者』という同情や称賛が集っている状態が心地良いと感じ、虚偽報告・薬物等を用いた薬理操作・隠れた虐待行為で他者を病気・怪我させる精神疾患、医療乱用虐待(MCA)である[1][2]

ミュンヒハウゼン男爵の切手

ケアの役割を担いがちである女性に多く見られ、多くの場合は傷害対象は幼い自らの子や要介護者であるため、児童虐待、高齢者虐待、障害者虐待で逮捕された際に発覚もされる。適切な介入がなされなければ再発率はほぼ100%。狙われた者の致死率は最大で30%にも上り[要出典]、関係の再統合は難しいのが現実である。しかしながら傷害行為自体は患者の目的ではなく、手段として傷害行為に及び自分に周囲の関心を引き寄せることで、自らの精神的満足を他者から得ようとしているものである。患者への傷害を目的として行っているわけではないとはいえ、行為が反復・継続し、重篤な傷害・死亡の危険がある[1]

ミュンヒハウゼン症候群と同じく周囲の関心を自分に引き寄せるためにケガや病気を捏造する症例だが、その傷付ける対象が自分自身ではなく身近の者に代理させるケースをMSbPという。

症例は子を持つ母親に多く見られ、その傷付ける対象の多くは自分の子であり、子に対する親心の操作であったり、懸命または健気な子育てを演じて他人に見せることによって周囲の同情をひき、自己満足することも挙げられる(ナルシズム)。

アメリカでは、年間600 – 1000件近くのMSbP症例があるといわれ、その数は近年増加傾向にあるという。また、シュライアー博士によれば、このMSbP患者の約25%が、以前に「ミュンヒハウゼン症候群」を患っていた事が知られていると指摘する。

アメリカ[編集]

1996年、オハイオ州で、フロリダ州の母親が児童虐待の容疑で逮捕された。難病と闘う8歳の少女と、けなげな母親として、しばしばマスメディアに登場していたが、実は、娘に毒物を飲ませたり、バクテリアを点滴のチューブに入れたりしていた。その少女、ジュリー・グレゴリーは、200回の入院、40回以上の手術を受けて、内臓の一部を摘出されていた。逮捕後、母親には判決が下り、出所後も女児に接近禁止令が下され、手紙のやり取りだけで会っていない。女児はこの一連の出来事を書いた書籍を発表し、代理ミュンヒハウゼン症候群から子供たちを守るためのライターとなった。

1970年代から1980年代にかけて、テキサス州の准看護師であるジェニーン・ジョーンズは、自身が担当する乳幼児60人あまりを殺害した疑いがあるが(うち3件で起訴)、その背景には代理ミュンヒハウゼン症候群があった可能性も指摘されている[3][4][5]

2015年、重度の身体および知的障害、様々な慢性疾患を持つ娘の母親であるディーディー・ブランチャードが、自宅で刺殺されているのが発見された。娘の姿も消えており、誘拐の可能性も考えられたが、捜査の末に娘と彼女の恋人が母親を殺害した犯人として逮捕された。娘は母親から虐待を受けており、健康体であるにもかかわらず、障害者かつ重病人のふりをすることを幼少の頃から強制されていた。母親は、代理ミュンヒハウゼン症候群の可能性が疑われた。

イギリス[編集]

イギリスでもメディアに同様に取り上げられていた母親によって虐待を行われていた事例があり、加害者である母親は検査日の前日に糖分を多量にとらせ糖尿病であると誤診させるなどした。母親は3年3か月の刑に処された[6]

日本[編集]

日本の厚生労働省の平成20年度の統計によれば、日本では2008年4月から2009年3月までの間に心中以外で虐待死した児童67人中4.5 %にあたる3人がMSbPにより死亡している[7]

1998年、福岡県久留米市で、1歳半の女児が20代前半の母親から抗てんかん剤を飲まされた。嘔吐や下痢、痙攣(けいれん)などの症状で入院するが、1週間ほどで回復し退院。ところが1ヶ月後に救急車で病院に運び込まれた。女児は意識障害を起こしていて揺さぶっても目を開けず、発作が起きるという母親の訴えで、抗てんかん剤を少量投与すると、いきなり血中濃度が高まり、中毒状態に陥った。同じ薬を大量に飲まされていた可能性が高かった。病院が調べると、母親が自分の神経痛で、二つの病院からその薬を処方されていた事が判明。女児は他に、水を1日2リットル以上も飲まされていて、水中毒による低ナトリウム血症を起こしていた。担当の医師は「『うちの子、難しい病気なんでしょう』と繰り返し聞いてくる。よくいる心配性なお母さんという感じだった。時には母親を疑ってみる姿勢がないと、不必要に採血したり、子供を傷つけてしまうと反省した」と述べた[8]

2008年12月、京都大学医学部附属病院の病室内で、当時1歳の五女につながった点滴に注射器で腐敗した飲み物を混入させて殺害しようとしたとして、母親が殺人未遂容疑で逮捕された。五女は11月に岐阜県内の病院を受診後、京都大学に転院した。検査の結果通常は検出されない、4種の細菌が血液中から、有機化合物のような物質が尿から検出され、病院側は病室内の録画を開始した。そこに母親の不審な挙動が映っており逮捕へ至った[9]。捜査が進み三女、四女にも同様のことをしたとして再逮捕されるも、殺意や死亡との因果関係がはっきりせず、傷害と傷害致死で起訴された[10]。精神鑑定の結果本記事の疾患であると診断され、懲役10年の判決が下った[11]

  1. ^ a b <独自>1歳次女に薬物、母逮捕へ 暴行容疑、投与後?に死亡 大阪府警(産経新聞)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2021年10月24日閲覧。[リンク切れ]
  2. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2020年10月1日). “子供の病気やけがつくり出す「代理ミュンヒハウゼン症候群」 専門家「多くの誤解」指摘「小児に関わる医療者が意識を」” (日本語). イザ!. 2021年10月24日閲覧。
  3. ^ 生田綾 (2017年5月27日). “乳児60人前後を殺害か “死の天使”と呼ばれた看護師、別事件で起訴”. ハフポスト日本版. 2018年4月16日閲覧。
  4. ^ 乳児殺した看護師を別事件で起訴、60人前後殺害の疑いも 米国”. フランス通信社 (2017年5月27日). 2018年4月16日閲覧。
  5. ^ ディ・マイオ, ヴィンセント、フランセル, ロン『死体は嘘をつかない 全米トップ検死医が語る死と真実』満園真木訳、東京創元社、新宿区、2018年1月31日、初版、191-192頁。ISBN 978-4-488-00386-9。
  6. ^ Mother who met royalty and celebrities after pretending son was ill jailed”. Telegraph Media (2010年1月22日). 2016年4月25日閲覧。
  7. ^ 厚生労働省子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第6次報告)資料1 死亡事例集計結果
  8. ^ 「新しい児童虐待 母親に潜む「代理ミュンヒハウゼン症候群」わが子に「毒」を盛り、病気に仕立てる・・・」、『週刊朝日』(2001年6月15日号)
  9. ^ 母親、点滴に異物4回混入か 1歳児殺人未遂事件2008年12月25日時点のオリジナルよりアーカイブ 2016年3月30日閲覧
  10. ^ 点滴異物混入事件コトバンク2016年3月30日閲覧
  11. ^ 代理ミュンヒハウゼン症候群――傷害致死で懲役10年週刊金曜日ニュース2016年3月30日閲覧

関連作品[編集]

関連項目[編集]