アスパルテーム – Wikipedia

アスパルテームaspartame、アスパルテイム、略称 APM ; 発音 または )とは、人工甘味料の1つである。ヒトにはスクロースの100~200倍の甘味に感じられる。これに対して、アスパルテームの生理的熱量は、スクロースとほぼ同じ、約4 (kcal/g)であり、ノンカロリーではない。CAS登録番号は[22839-47-0]。

構造・性質[編集]

アスパルテームは、L-フェニルアラニンとメタノールとが脱水縮合してエステルを形成したフェニルアラニンメチルエステルのアミノ基と、L-アスパラギン酸のカルボキシ基とが脱水縮合してペプチド結合を形成した構造をしている。

味覚[編集]

ヒトにとってアスパルテームはスクロースの100~200倍の甘味に感じられる[2]。その味は「後甘味でわずかに後引きがあり、砂糖に近く柔らか」だと評されている。

参考までに、甘く感じられるのは、フェニルアラニンとアスパラギン酸は、共にL体でなければならず、それ以外の場合は苦く感じられる。

物理化学的性質[編集]

常圧においてアスパルテームの分解点は246 ℃から247 ℃である。常温常圧でアスパルテームは、白い結晶性の粉末として存在する。アスパルテームは構造中にペプチド結合、さらには、エステル結合まで持っているために、酸や塩基に対して、特に温度が上がると、やや不安定である[注釈 1]。このために、水分のある状態での長期安定性が、他の食品添加物と比較して劣ると評価されている。なお、アスパルテームの溶解度は、20 ℃の水に対して、10 (g/L)程度である。

動態[編集]

アスパルテームをヒトやサルに経口投与すると、消化管内で分解され、メタノール、L-アスパラギン酸、L-フェニルアラニンを遊離する。これらは腸管内から容易に吸収され、体内へと入る。L-アスパラギン酸やL-フェニルアラニンは天然型のアミノ酸である。したがって、吸収された後は通常のアミノ酸と同様に代謝され、体内でタンパク質の材料にされたり、脱アミノ化された後にエネルギー源として分解されることが報告されている[3][4]。このために、アスパルテームの生理的熱量は、一般的なタンパク質と同様の約4 (kcal/g)とされている[注釈 2]

これに対してメタノールは、吸収された後に酸化されホルムアルデヒド、さらに酸化されて蟻酸を生じ、失明や致死などの人体への毒性が知られている。ただし、調味料として普通に使うアスパルテームの量は微量であるため[5]、健常人であれば、遊離されたメタノールなどによる急性毒性は、事実上問題にならない[6][7]。なお、毒性に関して、より詳しくは「安全性の評価」の節を参照のこと。

アスパルテームは、構造中にエステル結合のような加水分解を受けやすい箇所を持つため、水分のある状態での長期安定性に劣るものの、世界的に低カロリーの飲料や食品などに、食品添加物として用いられている。さらに、アスパルテーム単独ではなく、砂糖、アセスルファムカリウム、ソルビトールなど他の甘味料と併用されることもある[注釈 3]

また、日本では100 mL当たり5 kcal以下の飲料は「ノンカロリー」と表示することが法令で認められているので、アスパルテームはノンカロリーではないのにもかかわらず「ノンカロリー飲料」に添加されていることもある。

1965年に、アメリカ合衆国のサール薬品社研究員が、偶然発見した。サール社では、胃液分泌ホルモンであるガストリンを研究するため、そのC末端構造素材として、α-L-アスパルチルーL-フェニルアラニンメチルエステル(アスパルテーム)を再結晶していたが、研究員が薬包紙を取ろうとして指をなめたところ、偶然手についたアスパルテームが非常に甘いことに気がつき発見された[8]

既存の人工甘味料、特にサッカリンの安全性に疑問が投げかけられていたことから、アスパルテームが注目された。1974年にはアメリカ食品医薬品局(FDA)から、量産用卓上ドライタブレット製品としての使用認可を取得していた。しかし翌75年には、FDAが認可を遅らせる決定をした。人工甘味料に対する批判派が、広報活動を展開した。1981年にFDAは、アスパルテームの乾燥食品に関する認可停止を解除した。サール社は、「イコール」(ヨーロッパでは「キャンデレル」)の商品名で、販売を開始した。1983年には、アスパルテームの液体中での使用が許可された。飲用使用のためのブランド名は「ニュートラスイート」と名付けられた。コカ・コーラ社のダイエットソーダ「タブ(TaB)」に、アスパルテームとサッカリンの混合物。ペプシコ社の「ダイエットペプシ」に、アスパルテームが100%使用されたことなどをきっかけに普及した。

サール社のCEOを務めたドナルド・ラムズフェルドによると、ロナルド・レーガン大統領の中東特使として1983年にサウジアラビアを訪問し、ファハド国王と会談し、お茶を提供された時、国王はキャンデレル(アスパルテーム)を持ってくるように指示した。国王は、妻に勧められて、いつもお茶にこれを使用し、体重を数キロ減量できたと述べていた。ラムズフェルドは、「この場面をビデオに収めてTVコマーシャルに使うためなら、どんなことでもするだろう」と思ったと回想している[9]

日本では厚生省(当時)が、天然に存在しない添加物に分類し[10]、アスパルテームを使用した食品や添加物には「L-フェニルアラニン化合物である旨又はこれを含む旨の表示」義務が課されている。

日本生活協同組合連合会は、安全性への懸念からアスパルテームを含む食品の取り扱いを行ってこなかったが、2002年3月に留意使用添加物から除外することに決め、取り扱い制限を解除した。現在の製法を開発したのは味の素株式会社であり、日本、アメリカ合衆国、カナダ、および欧州連合で特許を有している[11]

安全性の評価[編集]

アスパルテームは、天然に存在しない化合物である[10]。アスパルテームは消化管内で分解され、アミノ酸の他に、有毒なメタノールを遊離することが判明している。しかし、アメリカ合衆国食品医薬品局 (FDA) の審査では、調味料として普通に使う量は微量であるため、健常人であれば、急性毒性や慢性毒性の問題は起こらないと判断している[6][7]。加えてFDAは、アスパルテームは健常人にアレルギーを引き起こさないとしている[12]

アスパルテームの体内動態については、ヒトやサルの小腸において、メタノール・アスパラギン酸、およびフェニルアラニンに代謝され、吸収された後に体内たんぱく質に併合されたり、二酸化炭素として排出されることが報告されている[3][4]。このうち、メタノールは失明や致死などの人体への毒性が知られているが、果物や野菜や酒にも含まれており、微量では無視出来る物であるから、アスパルテームの代謝で産生されるメタノールは、トマトや柑橘類のジュースから摂取する量よりも少なく、問題にならない量であることがわかっている[6][5]

なお、フェニルアラニンについては、先天性遺伝子異常であるフェニルケトン尿症患者において、フェニルアラニンを体内で上手く代謝できないため、症状を悪化させる危険性が考えられることをFDAは指摘している[12]。このためフェニルケトン尿症患者は、アスパルテームを含有する食品を摂取しないことが望ましい。

なお、アスパルテームには脳腫瘍との関連を指摘する報告があったものの、再試験では否定されている[13]。また、科学的に有効性が確認されている発がん性試験ガイドラインに沿った試験法では、アスパルテームに発がん性は認められていない[14]。このようなこともあり、国際がん研究機関(IARC)も、アスパルテームを発癌性を持った物質として区分していない。

一方で、2007年のCBS NEWSの報道によると、Ramazzini財団委託のマウントサイナイ医科大学のMorando Soffritti博士は、ラットに対して胎児の段階から死ぬまでの間、FDAが定めた1日許容消費量(約2 g;ダイエットソーダで7.5缶/日)の2倍のアスパルテームを投与し続けた結果、癌の発病率の上昇が統計的に認められるという研究結果を出した[15]

しかし、ヨーロッパ食品安全審査局(EFSA)はこの報告について検討し、用量反応性が無いこと、対照群と死亡率に差が無いことなどを挙げ、データとして不適当で再考するための根拠としては、不充分であると結論付けた。FDAはRamazzini財団の結果について「我々の結論(アスパルテーム承認)は百例を超える毒性試験、あるいは臨床試験に基づいたものである」と述べている[16]。イタリアで7,000人以上を対象に行われた、2007年の症例対照研究では、アスパルテームを含む人工甘味料に、発がん性は認められなかった[17]。自身の見解と異なるこれらの結果について、Soffrittiらは言及していない[18]

アメリカ合衆国のモンサントは、アスパルテームの還元的N-アルキル化によって合成されるジペプチドメチルエステル誘導体としてネオテーム(en:Neotame)を開発した。ネオテームはスクロースの約1万倍の甘さを持つとされる。

また、味の素株式会社は、アスパルテームの誘導体としてアドバンテームを開発した[19]。これは、アスパルテームが持つアミノ基を化学修飾した化合物であり、スクロースの2万倍の甘さを持つとされている[20]

アドバンテームは、2014年にアメリカ食品医薬品局と欧州委員会から、食品添加物としての認可を受け[21]、日本でも2014年に厚生労働省から認可を受けて[22]
食品添加物として販売が開始された。

ネオテーム、アドバンテームは、それぞれ、代謝の際にアスパルテームと同じく1分子につき1メタノールを発生させる。

注釈[編集]

  1. ^ 例えば、胃酸はタンパク質の分解に役立つわけだが、これはタンパク質のペプチド結合を加水分解するのを手助けしている。さらに、エステル結合に至っては、酸によっても、塩基によっても、さらに簡単に加水分解され、しばしば、エステル交換反応なども引き起こす。なお、化学反応は一般に温度が高い方が起こりやすい。
  2. ^ いわゆるアトウォーター係数である。なお、スクロースなどの代謝可能な糖も約4 (kcal/g)である。
  3. ^ 例えば、アスパルテームとアセスルファムカリウムを1:1で併用すると甘味度が40パーセント強化され、甘味の立ち上がりが砂糖に近くなると言われているように、しばしば甘味の調整が、甘味料を併用することによって行われる。

出典[編集]

  1. ^ Merck Index, 11th Edition, 861.
  2. ^ 「代用甘味料の利用法」『e-ヘルスネット』 厚生労働省、2010年10月31日閲覧。(archive版)
  3. ^ a b Oppermann JA, Muldoon E, Ranney RE. Effect of aspartame on phenylalanine metabolism in the monkey. J Nutr. 1973 Oct;103(10):1460-6. doi:10.1093/jn/103.10.1460. PMID 4200873.
  4. ^ a b Trefz F, de Sonneville L, Matthis P, Benninger C, Lanz-Englert B, Bickel H. Neuropsychological and biochemical investigations in heterozygotes for phenylketonuria during ingestion of high dose aspartame (a sweetener containing phenylalanine). Hum Genet. 1994 Apr;93(4):369-74. doi: 10.1007/BF00201660. PMID 8168806.
  5. ^ a b Butchko, H; Stargel, WW; Comer, CP; Mayhew, DA; Benninger, C; Blackburn, GL; De Sonneville, LM; Geha, RS et al. (2002). “Aspartame: Review of Safety”. Regulatory Toxicology and Pharmacology 35 (2 Pt 2): S1-93. doi:10.1006/rtph.2002.1542. PMID 12180494. 
  6. ^ a b c Henkel, John (1999). “Sugar Substitutes: Americans Opt for Sweetness and Lite”. FDA Consumer Magazine 33 (6): 12-6. PMID 10628311. オリジナルの2007年1月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070102024642/http://www.fda.gov/fdac/features/1999/699_sugar.html. 
  7. ^ a b Magnuson, B. A.; Burdock, G. A.; Doull, J.; Kroes, R. M.; Marsh, G. M.; Pariza, M. W.; Spencer, P. S.; Waddell, W. J. et al. (2007). “Aspartame: A Safety Evaluation Based on Current Use Levels, Regulations, and Toxicological and Epidemiological Studies”. Critical Reviews in Toxicology 37 (8): 629-727. doi:10.1080/10408440701516184. PMID 17828671. 
  8. ^ 中村圭寛「ダイエット甘味料アスパルテーム」『日本醸造協会誌』第86巻第3号、日本醸造協会、1991年、 200-207頁、 doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.86.200ISSN 0914-7314NAID 130004305518
  9. ^ ドナルド・ラムズフェルド(江口泰子、月沢李歌子、島田楓子:訳)『真珠湾からバグダッドへ ラムズフェルド回想録』幻冬舎、2012年、p.300-315
  10. ^ a b 厚生省「表5 食品添加物の年齢別摂取量」マーケットバスケット方式による年齢層別食品添加物の一日摂取量の調査 (2000年12月14日 厚生省) (日本食品化学研究振興財団)
  11. ^ 甘味料、発明対価1億8900万円 味の素特許訴訟判決 – 京都新聞、2004年2月24日。(2005年3月12日時点のアーカイブ)
  12. ^ a b FOOD ALLERGIES RARE BUT RISKY(1999年1月17日時点のアーカイブ)
  13. ^ FDA Statement on Aspartame, November 18, 1996.(1997年5月5日時点のアーカイブ); —FDAによるアスパルテームと腫瘍に関する声明では、’70年代の脳腫瘍と関連を指摘した報告についてはPBOIのラットでの再試験では再現しなかったこと、それとともに日本での追加試験でも再現しなかったことを踏まえて承認したと説明している。またアスパルテームが上市されてからアメリカ合衆国における脳腫瘍の疫学調査に有意な変化が見られないことも説明している。
  14. ^ BRYAN,GT; ARTIFICIAL SWEETENERS AND BLADDER CANCER: ASSESSMENT OF POTENTIAL URINARY BLADDER CARCINOGENICITY OF ASPARTAME AND IS DIKETOPIPERAZINE DERIVATIVE IN MICE; FOOD SCI. TECHNOL. 12(ASPARTAME):321-348, 1984
  15. ^ Aspartame’s Safety Questioned Again
  16. ^ Artificial Sweeteners: No Calories … Sweet!(2006年8月20日時点のアーカイブ)
  17. ^ S Gallus, Artificial sweeteners and cancer risk in a network of case–control studies; Annals of Oncology 2007 18(1):40-44; doi:10.1093/annonc/mdl346
  18. ^ Environ Health Perspect. doi:10.1289/ehp.10881
  19. ^ “FDA Approves New No-Calorie Sweetener”. Medscape. (2014年5月21日). http://www.medscape.com/viewarticle/825427 2014年5月22日閲覧。 
  20. ^ Food Additives & Ingredients – Additional Information about High-Intensity Sweeteners Permitted for Use in Food in the United States”. 2018年1月14日閲覧。
  21. ^ 味の素(株)の新甘味料「アドバンテーム」欧州と米国で食品添加物認可を取得、2014年5月27日、味の素、2017年10月8日閲覧
  22. ^ 味の素/新甘味料「アドバンテーム」、日本でも認可取得、2014年6月18日、2017年10月8日閲覧

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]