Month: April 2021

童夢・F105 – Wikipedia

童夢・F105(どうむ・エフいちまるご)は、童夢が1997年からのF1世界選手権参戦を目指し、テスト用に開発したマシン。設計はチーフデザイナーの奥明栄。 開発の経緯[編集] 童夢はオリジナルシャーシのF104で1994年の全日本F3000選手権シリーズチャンピオンを獲得。これを契機に、1995年秋には純国産F1マシンとオール・ジャパン・チームによるF1世界選手権への挑戦を目指す「F1 GP NIPPONの挑戦」プロジェクトを発表し、「F1冒険CLUB」と称して協賛企業16社を募った。 1996年3月18日、東京青山にてF1プロトタイプシャーシとなるF105の発表会を行った。同年4月5日、F3000チーム監督である松本恵二のドライブにより鈴鹿サーキットでシェイクダウンを敢行。その後、国内各地のサーキットでテスト走行を続け、フォーミュラ・ニッポンのレース会場でデモランも行った。マルコ・アピチェラと中野信治がドライブを担当し、他にも山本勝巳や服部尚貴、黒澤琢弥、脇坂寿一など、フォーミュラ・ニッポンのドライバーが複数起用された。 1996年10月、童夢は1997年からのF1参戦を延期すると発表。F1日本グランプリの2週間後、鈴鹿で服部のドライブにより比較テストを行い、ニュータイヤを履いてのタイムアタックで1分46秒28[注釈 1]を記録した。しかし、オイルキャップの緩みから漏れた燃料に引火して走行中止となり、翌年初頭まで修復作業が行われた。 1997年もカウルの空力処理やサスペンションジオメトリーに改良を加えたF105iでテストを継続した。しかし、プロジェクトに対する日本企業の反応は鈍く、童夢も全日本ツーリングカー選手権 (JTCC) や全日本GT選手権 (JGTC) のホンダ車両の開発を請け負っているため、F1マシンの開発に集中できなかった。 童夢社長(当時)の林みのるは、ホンダがフルコンストラクターとしてF1に復帰すると噂されていた状況で、先ず童夢/無限の国産マシンが「先行調査的な参戦を行う」ことを考えていたと後に明かしている[1]。ホンダ側へもその意図を提案したが、1998年1月にホンダがフルワークス体制でのF1参戦[注釈 2]を宣言したため成立せず。ホンダのF1復帰が注目される陰で、童夢/無限のプロジェクトは終息に向かい、1998年夏のテストを最後にF105は退役した。童夢はロード/オーバル両方に対応するオリジナルフォーミュラの「ML」を発表する一方、1998年のF1レギュレーション(グルーブドタイヤの導入・全幅の縮小など)に対応した「F106[注釈 3]」の構想を語っていたが、実現しなかった。 童夢は自力参戦にこだわらず、F1進出を図る海外の事業家とジョイントして、シャーシを提供するというプランも検討していた。ナイジェリアのマリック・アド・イブラヒム王子[注釈 4]や、オランダの投資家グループによるミナルディ買収といった交渉が行われたが、いずれも搭載するエンジンがネックになり実現しなかった。 その後、F105は滋賀県米原市にある童夢の風洞実験施設「風流舎」に保存されていたが、「風流舎」をトヨタ自動車へ売却したことから、2016年の同社本社移転に伴い新本社社屋に移されている[2]。 設計自体は奇抜な所のないオーソドックスなものであり、モノコックは細く高いハイノーズに吊り下げ式のフロントウィングという、当時のF1マシンの流行を押さえている。開発当初はフラットボトムで設計されたが、1995年のレギュレーションにあわせてステップドボトムに変更された。コクピット開口部には、1996年から義務化されたサイドプロテクターを装備していた。ダンパーはショーワ製。

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ハンヌ・ライアニエミ – Wikipedia

ハンヌ・ライアニエミ (Hannu Rajaniemi,1978年3月9日 – )は、フィンランド人のSF作家、ファンタジー作家。英語とフィンランド語の両方で執筆活動を行う。スコットランドエディンバラ在住。広告研究団体であるThinkTank Mathsの設立者。[1] フィンランドのユリビエスカ出身。オウル大学で数学の学士号(理学)、ケンブリッジ大学でCertificate of Advanced Study in Mathematics、エディンバラ大学で数理物理学の博士号(Ph.D.)を取得。Ph.D.の取得以前に兵役によりフィンランド国防軍で研究員として従軍経験を持つ。[1] 博士論文の執筆中に, エディンバラの作家グループであるWriters’ Bloc,[2] (話し言葉の言語運用の体系化を研究する団体であり、SF作家のチャールズ・ストロスをメンバーに数える。)に参加する。 2003年に処女作『Shibuya no Love』を発表し、2005年にはのSFとファンタジーのアンソロジーである『Nova Scotia』に『Deus

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ダヴィド・サッソリ – Wikipedia

ダヴィド・マリア・サッソリ(イタリア語: David Maria Sassoli、1956年5月30日 – 2022年1月11日)[1]は、イタリアの政治家、ジャーナリスト。2009年から欧州議会議員を務め、2019年7月に欧州議会議長に就任した。欧州社会党・民主党所属。 フィレンツェ出身。1970年代、フィレンツェ大学で政治学を修めた。地元の小さな新聞や通信社でジャーナリストとして活動したのち、「イル・ジョルノ」紙のローマ支局に勤める。1986年7月3日にプロのジャーナリスト登録を行った。 1992年、国営テレビ局 TG3 の記者となった。この時期には、ミケーレ・サントロとともに Il rosso e il nero や Tempo reale などのテレビ番組を製作した。1996年には、 Cronaca

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