コート・オブ・ザ・ロード・リヨン – Wikipedia

コート・オブ・ザ・ロード・リヨン(Court of the Lord Lyon、リヨン裁判所とも)はスコットランドの紋章をつかさどる、認可機関の機能を持った裁判所である。スコットランドで認可されたすべての紋章の一覧簿(Public Register of All Arms and Bearings in Scotland)や、系図の記録を保有・管理している。

リヨン裁判所は公的機関であり、認可手数料などは大蔵省に対して支払われる。長官はロード・リヨン・キング・オブ・アームスであり、紋章についての刑事裁判権を持つため法曹資格の保持者でなければならない。リヨン裁判所はスコットランドの司法システムに組み込まれており、専属の検察官が存在する。

イングランド、ウェールズ、北アイルランドにおいては、紋章の認可機関としては紋章院、紋章を管轄する裁判所としてはハイ・コート・オブ・シバリー(英語: High Court of Chivalryがこれに相当する。

紋章・系図の認可[編集]

リヨン裁判所が所在するニュー・レジスター・ハウス(エディンバラ)

リヨン裁判所はその行政機関としての職務のひとつとして紋章使用権や系図の認可に関する権限を持つ。これには特許状や爵位・氏族長位証明書などの証明書の交付による紋章の認可や再認可が含まれる。

認可を受けるにはまず初めにリヨン裁判所に対して請願を提出することが必要であり、十分な証拠が提出され認められると「Interlocuter」と呼ばれる令状がリヨン卿によって発行される[2]。この令状の発行権限は法律によってリヨン卿に移譲された国王大権によるものであり、令状に基づいてリヨン官吏記録管理官(Lyon Clerk and Keeper of the Records)が特許状を作成、記録することで正式に認可される[2][3]。一連の流れにかかる手数料はすべて大蔵省に対して支払われるが、これはロンドンの紋章院が手数料を自らの収入とする(独立した法人であるため)のと対照的である[2][3]

範囲[編集]

リヨン裁判所が持つ権限の範囲は基本的にスコットランド国内に限定される。海外からの請願は通常受け付けることができず、公式ホームページによればその判断は請願者の住所またはスコットランド国内の所有不動産の有無(森林など居住が不可能な土地は判断には影響を与えない)によって左右される。ただし、独自の紋章機関を持たないカナダ・南アフリカ以外のイギリス連邦加盟国の国民(特にスコットランド系)は例外的に請願を行うことが可能である[4]

紋章の保護[編集]

刑事司法機関としてのリヨン裁判所の職務はスコットランドにおける個人・法人及び王室(スコットランド政府)の紋章に関わる権利の保護である[2]。また、裁判における書類の配布や裁判所命令の執行を担うメッセンジャー・アット・アームス英語版の任命もリヨン裁判所によって行われている[2][5]

紋章の認可を受けた個人や法人はその紋章の独占的な使用権と引き換えに手数料を支払っているのであり、このことから紋章に関する権利の保護は非常に重要なことである。紋章は個人や法人が独占的に使用できて初めてその使用者を識別する機能を持ち、価値のある財産となるのであり、紋章の許可なき使用や流用はスコットランドのコモン・ローにおいて今でも犯罪とみなされている[2]

このような背景から、スコットランドで認可された紋章の所有者はその紋章の無断使用に対し裁判所命令を行うよう申し立てることができる。このような紋章の不正使用の取り締まりは、国は認可手数料を徴収しているため、一般国民は詐欺や窃盗(紋章も一種の財産である)の防止のためという面で、国および一般国民双方にメリットがある。なお、紋章には相続や個人の識別に関する分野で法的な証拠として扱われることがある[2]

罰則[編集]

スコットランドの他の裁判所と同様、リヨン裁判所には「Procurator Fiscal to Lyon Court」と呼ばれる専属の検察官が存在する。この検察官はスコットランド内閣によって任命され、紋章の無断使用者を起訴する役目を負う。この罪に対する処罰は複数の条項にわたって記載されており、裁判所は無断使用者に対し罰金刑を課し、無断使用された紋章のついている物品を押収したり破壊したりすることができる。また、国に対して本来支払うべき手数料を支払っていなかったという点で、高等裁判所(High Court of Justiciary)では脱税事件と同様に扱われることもある[2]。なお、イングランドのコート・オブ・シバリーは民事裁判所であり、過去230年では1954年に1度しか裁判が行われておらず、リヨン裁判所とはきわめて対照的である。

紋章の無断使用に対する刑罰は過去には極めて厳しいものであった。1592年及び1672年の法律では、リヨン裁判所には無断使用に対して罰金刑だけでなく懲役刑を科す権限も与えられていた[2][6][7]。1969年付の法律では、許可なく使用された紋章の除去・その紋章が使用された物品の破壊・押収以外にも、無断使用者を反逆者として公告する(Letters of Horningの発行)能力が与えられた[2][8]

リヨン裁判所の裁判官はロード・リヨン・キング・オブ・アームスのみである。リヨン卿はスコットランド司法システム英語版の一員であるが、その長であるロード・プレジデント・オブ・ザ・コート・オブ・セッション英語版の監督下にはおかれない。これは、ロード・プレジデント・オブ・ザ・コート・オブ・セッションの権限が定められている2008年司法・裁判所法(スコットランド)・2014年裁判所改革法(スコットランド)のいずれの法律でもリヨン卿について触れられていないためである。また、リヨン裁判所の運営はほかの裁判所と異なりスコットランド裁判所・法廷機関英語版とは分離されて行われている[9][10][11]

リヨン裁判所の役職にはリヨン卿の他に国王が任命するリヨン官吏記録管理官(Lyon Clerk and Keeper of the Records)と内閣が任命する検察官(Procurator Fiscal to Lyon Court)があり、以上2職の任免は官報であるエディンバラ・ガゼットに掲載される。また、裁判が行われる際やリヨン卿が宣言を行う際に現れるメイサー英語版(メッセンジャー・アット・アームスの1人)も存在する。

リヨン卿[編集]

サー・トーマス・インズ・オブ・レアニー。1945年~1969年にリヨン卿を務めた。

ロード・リヨン・キング・オブ・アームスはスコットランドの紋章官の長であり、国務大官の1人であるとともにスコットランド司法システムの裁判官の1人でもある[2]。リヨン卿の紋章に関わる司法権はリヨン裁判所を通して行使され、リヨン裁判所はスコットランドのコモン・ローおよび議会制定法に基づき民事・刑事双方の裁判を執り行っている[2]

リヨン卿は事務的な任務も負っており、その一つがメッセンジャー・アット・アームスの任命である。なお、リヨン卿の任命権は1867年リヨン・キング・オブ・アームス法により国王に与えられている[12][13]

リヨン官吏記録管理官[編集]

リヨン官吏記録管理官(Lyon Clerk and Keeper of the Records)はリヨン裁判所の運営をつかさどる役職である。紋章交付が申請されるとリヨン官吏が紋章の登録や系図の記録を行う。申請は対面、文書または代理人を通して行うことができ、リヨン官吏はこれらに対し個別に対応し、提出された書類や証拠を受け取らなければならない[14]。申請が認可されると、リヨン官吏は認可された紋章を申請者に明らかにし、記録簿に記載する[15]

記録管理官としての仕事にはスコットランド全紋章公開記録簿(Public Register of All Arms and Bearings in Scotland)への新たな紋章の追加がある。また、リヨン官吏は国民が記録簿を利用できるよう、調査・研究に対して手助けを行わなければならない[16]

1867年リヨン・キング・オブ・アームス法の施行によりリヨン裁判所の構成員及び紋章官が公務員とされて以来、リヨン官吏の給料は国によって支払われている[17]

検察官[編集]

リヨン裁判所検察官(Procurator Fiscal to the Court of the Lord Lyon)は紋章の盗用や無認可での使用についての告発を捜査する役職であり、司法長官の代理人として、違反者に対して警告を発したり、リヨン裁判所への起訴を行うことができる[18]

検察官は法曹資格の所持者でなければならず、スコットランド内閣によって任命される。なお、2001年までは任命者はリヨン卿であったが、欧州人権条約第6条に反するとして変更された[19][20][21]

現在の役職者[編集]

2020年1月時点のリヨン裁判所の構成員は以下のとおりである[22]

コート・オブ・ザ・ロード・リヨン
記章 役職 紋章 現職者(着任)
ロード・リヨン・キング・オブ・アームス

Lord Lyon King of Arms

ジョセフ・モロウ英語版)CBE, KStJ, QC, DL

(2014年1月17日)[23]

リヨン官吏記録管理官

Lyon Clerk and Keeper of the Records

ラッセル・ハンター

(2018年6月25日)[24]

リヨン裁判所検察官

Procurator Fiscal to the Court of the Lord Lyon

アレクサンダー・M・S・グリーン英語版
M.Theol (Hons), LL.B, LL.M, M.Litt. FSA Scot

(2010年8月3日)[22][25][26]

その他の役職
リヨン裁判所絵師

Herald Painter to the Court of the Lord Lyon

イヴォ―ヌ・ホルトン(ディングウォール・パーシヴァント兼務)

(2005年1月10日)[27]

リヨン・メイサー

Lyon Macer

デイヴィッド・ウォルカー

(2018年5月1日)[28]

リヨン裁判所名誉旗章学者

Honorary Vexillologist to the Court of the Lord Lyon

フィリップ・ティベッツ

(2018年8月1日)[29][30]

2006年のアダム・ブルースのフィンラガン・パーシヴァント(マクドナルド氏族私設紋章官)任命式にて、チャールズ・バーネット(ロス・ヘラルド)

スコットランド王室紋章官は、リヨン裁判所の一員ではないもののリヨン卿の部下にあたる。紋章官はスコットランドにおける儀式上の職務を執り行うほか、紋章学・系譜学の専門家として民間からの依頼を受けて活動することもある[31]

スコットランド王室にはかつて常任のヘラルド・オブ・アームスとパーシヴァント・オブ・アームスがそれぞれ6人ずつと非常任紋章官がいたが、1867年に制定された法律により、給料や職務を明確化するとともに常任紋章官がヘラルド、パーシヴァントそれぞれ3人ずつに減らされた[32][33]。紋章官の制服はスコットランドの部分が強調されたイギリス国章のタバード英語版である[34]

紋章官が出席する儀式には、スコットランドで行われる国王出席の儀式のほか、エディンバラのロイヤルマイル英語版にあるマーケットクロス英語版で行われる議会解散の告知、エディンバラ城城代の就任式、スコットランド国教会年次総会開会式などが挙げられる。

現在、常任ヘラルド・オブ・アームスが3名、常任パーシヴァント・オブ・アームスが3人おり、合計6人の紋章官(リヨン卿を含まない)が存在する[22]

時折、常任紋章官の他にも功績をたたえるなどの目的で紋章官が任命されることがあり、これらはHerald/Pursuivant of Arms in Ordinaryと呼ばれる常任紋章官に対しHerald/Pursuivant of Arms Extraordinary(非常任紋章官)と呼ばれる。現在は非常任ヘラルド・オブ・アームスが3名、非常任パーシヴァント・オブ・アームスが2名存在する。

また、スコットランドには王室紋章官の他に貴族や氏族長によって設置される私設紋章官(パーシヴァント)が4名おり、その氏族の紋章・系譜・儀式関係の職務を執り行っている。

2020年1月時点での王室紋章官は以下のとおりである[22]

空席[編集]

私設紋章官[編集]

  1. ^ Where To Find Us”. National Records of Scotland. 2019年12月6日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l Innes of Learney & Innes of Edingight, p.8
  3. ^ a b Innes of Learney & Innes of Edingight, p.9
  4. ^ Coats of arms”. www.courtofthelordlyon.scot. 2018年12月14日閲覧。
  5. ^ Debtors (Scotland) Act 1987 (1987 c.18, Part V)
  6. ^ Lyon King of Arms Act 1592, Section 1
  7. ^ Lyon King of Arms Act 1672
  8. ^ Lyon King of Arms Act 1669
  9. ^ Chapter 5 of Judiciary and Courts (Scotland) Act 2008” (英語). www.legislation.gov.uk. The National Archives (2008年10月29日). 2017年4月3日閲覧。
  10. ^ Judicial independence” (英語). judiciary-scotland.org.uk. Judicial Office for Scotland. 2017年4月3日閲覧。
  11. ^ Courts Reform (Scotland) Act 2014” (英語). www.legislation.gov.uk. The National Archives (2014年11月10日). 2017年4月2日閲覧。
  12. ^ UK Parliament. Interpretation Act 1978 as amended (see also enacted form), from legislation.gov.uk.
  13. ^ Advisory Council on Messenger-at Arms and Sheriff Officers”. www.scotcourts.gov.uk. Scottish Courts and Tribunals Service. 2017年4月8日閲覧。
  14. ^ Stevenson p.51
  15. ^ Stevenson p.52
  16. ^ Stevenson p.52
  17. ^ UK Parliament. Interpretation Act 1978 as amended (see also enacted form), from legislation.gov.uk.
  18. ^ What we do | Procurator Fiscal to the Court of the Lord Lyon”. www.procuratorfiscallyoncourt.org.uk. Procurator Fiscal to the Court of the Lord Lyon Products. 2017年4月8日閲覧。
  19. ^ UK Parliament. Interpretation Act 1978 as amended (see also enacted form), from legislation.gov.uk.
  20. ^ Part 5 | Convention Rights (Compliance) (Scotland) Act 2001” (英語). www.legislation.gov.uk. The National Archives (2001年7月5日). 2017年4月8日閲覧。
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  22. ^ a b c d The Officers of Arms in Scotland”. The Court of the Lord Lyon. 2011年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月29日閲覧。
  23. ^ “New Lord Lyon King of Arms appointed” (プレスリリース), Scottish Government, (2014年1月17日), https://news.gov.scot/news/new-lord-lyon-king-of-arms-appointed 2018年2月4日閲覧。 
  24. ^ About the Court and Office”. The Court of the Lord Lyon. 2018年8月14日閲覧。
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  26. ^ Lyon Court fiscal appointed”. The Journal Online. 2011年6月2日閲覧。
  27. ^ Court Activity 2004”. The Court of the Lord Lyon. 2011年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年6月9日閲覧。
  28. ^ About the Court and Office”. The Court of the Lord Lyon. 2018年8月14日閲覧。
  29. ^ Honorary Vexillologist at Lyon Court”. The Court of the Lord Lyon. 2018年8月14日閲覧。
  30. ^ Scotland’s first honorary vexillologist helps communities fly the flag”. Scotsman. 2018年8月15日閲覧。
  31. ^ Innes of Learney & Innes of Edingight, p.6
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