ラドン=ニコディムの定理 – Wikipedia

数学におけるラドン=ニコディムの定理(ラドン=ニコディムのていり、英: Radon–Nikodým theorem)は、測度論の分野における一結果で、ある可測空間 (X, Σ) が与えられたとき、(X, Σ) 上のある σ-有限測度英語版 ν が別の (X, Σ) 上の σ-有限測度 μ に関して絶対連続であるなら、任意の可測部分集合 AX に対して次を満たす可測函数 f  : X → [0, ∞) が存在することを述べた定理である:

ν(A)=∫Afdμ{displaystyle nu (A)=int _{A}f,dmu }

この函数 fラドン=ニコディム微分と呼ばれ、/ と表記される。

この定理の名は、1913年に空間 RN での特別な場合について証明を与えたヨハン・ラドン英語版と、1930年に一般の場合の証明を与えたオットー・ニコディム英語版に由来する[1]。1936年にハンス・フロイデンタールは、この定理を特別な場合として含む、リース空間での一結果であるフロイデンタールのスペクトル定理を証明することによって、その結果の更なる一般化に成功した[2]

Y がバナッハ空間であり、ラドン=ニコディムの定理が Y に値を取る函数に対して同様に成り立つなら、Y はラドン=ニコディム性を備えると言われる。全てのヒルベルト空間はラドン=ニコディム性を備えている。

ラドン=ニコディム微分[編集]

上述の等式を満たす函数 f は、 μ-零集合の違いを除いて一意である。すなわち、同じ性質を満たす別の函数 g が存在するなら、μ に関してほとんど至るところで f  = g が成り立つ。f は通常 / と表記され、ラドン=ニコディム微分と呼ばれる。この表記と呼称は、この函数がある測度の別の測度に関する密度の変化率を表しているという意味で微分積分学における微分の類似物となっていることに由来する。同様の定理は、符号付複素測度に対しても証明することができる。すなわち、μ が非負の σ-有限測度で、ν が有限値の符号付あるいは複素測度で |ν| ≪ μ を満たす(νμ に関して絶対連続である)なら、X 上の μ-可積分な実あるいは複素数値函数 g が存在して、すべての可測集合 A に対して次を満たす。

ν(A)=∫Agdμ.{displaystyle nu (A)=int _{A}g,dmu .}

この定理は確率論におけるアイデアを、実数上で定義される確率質量および確率密度から、任意の集合上で定義される確率測度へと拡張する上で非常に重要となる。このことは、ある確率測度を別のものへ変化させることが可能か、また可能であればどのようにできるか、という事実を示唆している。特に、ある確率変数の確率密度関数は、ある基底測度(通常は連続型確率変数に対するルベーグ測度)に関する誘導測度 (induced measure) のラドン=ニコディム微分となる。それは例えば、確率測度の条件付期待値の存在を示す際に利用することができるが、これ自体が確率論における重要概念であり、条件付き確率はその特殊例に過ぎない。

その他の分野では、数理ファイナンスにおいてこの定理は広く用いられている。確率測度の変化はデリバティブの合理価格設定 (rational pricing) を行う上での基本であり、実際の確率をリスク中立確率に転換する上で用いられる。

  • ν, μ および λ を同一の測度空間上の σ-有限測度とする。νλ および μλνμλ に関して絶対連続)であるなら、次が成り立つ。
d(ν+μ)dλ=dνdλ+dμdλλ-almost everywhere.{displaystyle {frac {d(nu +mu )}{dlambda }}={frac {dnu }{dlambda }}+{frac {dmu }{dlambda }}quad lambda {text{-almost everywhere}}.}

  • νμλ であるなら、次が成り立つ。
dνdλ=dνdμdμdλλ-almost everywhere.{displaystyle {frac {dnu }{dlambda }}={frac {dnu }{dmu }}{frac {dmu }{dlambda }}quad lambda {text{-almost everywhere}}.}

  • 特に、μν かつ νμ であるなら、次が成り立つ。
dμdν=(dνdμ)−1ν-almost everywhere.{displaystyle {frac {dmu }{dnu }}=left({frac {dnu }{dmu }}right)^{-1}quad nu {text{-almost everywhere}}.}

  • μλ であり、gμ-可積分函数であるなら、次が成り立つ。
∫Xgdμ=∫Xgdμdλdλ.{displaystyle int _{X}g,dmu =int _{X}g{frac {dmu }{dlambda }},dlambda .}

  • ν が有限の符号付測度あるいは複素測度であるなら、次が成り立つ。
d|ν|dμ=|dνdμ|.{displaystyle {d|nu | over dmu }=left|{dnu over dmu }right|.}

さらなる応用[編集]

情報ダイバージェンス[編集]

μ および νX 上の測度で、μν が成り立つものとする。

DKL(μ‖ν)=∫Xlog⁡(dμdν)dμ.{displaystyle D_{mathrm {KL} }(mu |nu )=int _{X}log left({frac {dmu }{dnu }}right);dmu .}

Dα(μ‖ν)=1α−1log⁡(∫X(dμdν)α−1dμ).{displaystyle D_{alpha }(mu |nu )={frac {1}{alpha -1}}log left(int _{X}left({frac {dmu }{dnu }}right)^{alpha -1};dmu right).}

σ-有限性の仮定[編集]

ラドン=ニコディムの定理では、ν の変化の割合を計算するための測度 μσ-有限であると仮定されていた。ここでは、その μσ-有限でないときにはラドン=ニコディムの定理が成立しないことを示す。

実数直線上のボレル完全加法族を考える。あるボレル集合 A の数え上げ測度 μ を、A が有限である場合はその元の数、そうでない場合は で定義する。実際に μ が測度であることは確かめることが出来る。しかし、すべてのボレル集合が有限集合の可算個の合併であるとは限らないので、それは σ-有限ではない。ν をこのボレル加法族上の通常のルベーグ測度とする。このとき、νμ に関して絶対連続である。なぜなら、ある集合 A に対して μ(A) = 0 となるのは A が空集合であるときのみであり、そのときは ν(A) もゼロとなるからである。

ラドン=ニコディムの定理が成立するものと仮定する。すなわち、ある可測函数 f に対して

ν(A)=∫Afdμ{displaystyle nu (A)=int _{A}f,dmu }

がすべてのボレル集合について成立するものとする。A を単集合 A = {a} とし、上述の等式を使うことで

0=f(a){displaystyle 0=f(a)}

がすべての実数 a に対して成り立つ。このことは函数 f およびルベーグ測度 ν がゼロであることを意味し、矛盾である。

この節では、ラドン=ニコディムの定理の測度論的な証明を紹介する。ヒルベルト空間の手法を使った函数解析的な証明も、ジョン・フォン・ノイマンによって与えられている。

証明のアイデアは、有限測度 μ および ν に対して f dμ を満たす函数 f を考えることである。単調収束定理の下で、そのようなすべての函数の上限はラドン=ニコディム微分を与える。有限測度に関する技術的な事実より、μ の残りの部分は ν に関して特異的であることが従う。そのような結果が有限測度に対して得られれば、σ-有限測度や符号付測度、複素測度に対しても自然な形で拡張される。詳細は下記の通りである。

有限測度の場合[編集]

はじめに μν のいずれも有限値の非負測度である場合を考える。F を、次の関係式を満たすようなそれらの可測函数 f  : X → [0, ∞) の集合とする:

∀A∈Σ:∫Afdμ≤ν(A).{displaystyle forall Ain Sigma :qquad int _{A}f,dmu leq nu (A).}

少なくともゼロ函数を含むため F ≠ ∅ である。今 f1,  f2F とし、A を任意の可測集合とし、次を定義する:

A1={x∈A:f1(x)>f2(x)},A2={x∈A:f2(x)≥f1(x)},{displaystyle {begin{aligned}A_{1}&=left{xin A:f_{1}(x)>f_{2}(x)right},A_{2}&=left{xin A:f_{2}(x)geq f_{1}(x)right},end{aligned}}}

∫Amax{f1,f2}dμ=∫A1f1dμ+∫A2f2dμ≤ν(A1)+ν(A2)=ν(A){displaystyle int _{A}max{f_{1},f_{2}},dmu =int _{A_{1}}f_{1},dmu +int _{A_{2}}f_{2},dmu leq nu (A_{1})+nu (A_{2})=nu (A)}

が成り立ち、したがって max{ f1,  f2} ∈ F となる。

{ fn } を、次を満たす F 内の函数列とする。

limn→∞∫Xfndμ=supf∈F∫Xfdμ.{displaystyle lim _{nto infty }int _{X}f_{n},dmu =sup _{fin F}int _{X}f,dmu .}

fn をはじめの n 個の函数の最大で置き直すことで、{ fn } は増加列であると仮定することが出来る。g を次で定義される函数とする。

g(x):=limn→∞fn(x).{displaystyle g(x):=lim _{nto infty }f_{n}(x).}

ルベーグの単調収束定理より、各 A ∈ Σ に対して

∫Agdμ=limn→∞∫Afndμ≤ν(A){displaystyle int _{A}g,dmu =lim _{nto infty }int _{A}f_{n},dmu leq nu (A)}

が成り立ち、したがって gF となる。また、g の構成法より

∫Xgdμ=supf∈F∫Xfdμ{displaystyle int _{X}g,dmu =sup _{fin F}int _{X}f,dmu }

となる。gF であるため、

ν0(A):=ν(A)−∫Agdμ{displaystyle nu _{0}(A):=nu (A)-int _{A}g,dmu }

Σ 上の非負測度を定義する。ν0 ≠ 0 を仮定する。このとき、μ は有限であるため、ν0(X) > ε μ(X) を満たすようなある ε > 0 が存在する。(PN) を符号付測度 ν0ε μ に対するハーン分解とする。すべての A ∈ Σ に対して ν0(AP) ≥ ε μ(AP) であり、したがって

ν(A)=∫Agdμ+ν0(A)≥∫Agdμ+ν0(A∩P)≥∫Agdμ+εμ(A∩P)=∫A(g+ε1P)dμ{displaystyle {begin{aligned}nu (A)&=int _{A}g,dmu +nu _{0}(A)&geq int _{A}g,dmu +nu _{0}(Acap P)&geq int _{A}g,dmu +varepsilon mu (Acap P)&=int _{A}(g+varepsilon 1_{P}),dmu end{aligned}}}

が成立することに注意されたい。また μ(P) > 0 であることに注意されたい。実際、もし μ(P) = 0 であるなら、(νμ に関して絶対連続であるため)ν0(P) ≤ ν(P) = 0 であり、したがって ν0(P) = 0 および

ν0(X)−εμ(X)=(ν0−εμ)(N)≤0,{displaystyle nu _{0}(X)-varepsilon mu (X)=(nu _{0}-varepsilon mu )(N)leq 0,}

が成り立つが、これは ν0(X) > εμ(X) に矛盾する。

したがって

∫X(g+ε1P)dμ≤ν(X)<+∞{displaystyle int _{X}(g+varepsilon 1_{P}),dmu leq nu (X)

が成り立つことから、g + ε 1PF となり、

∫X(g+ε1P)dμ>∫Xgdμ=supf∈F∫Xfdμ{displaystyle int _{X}(g+varepsilon 1_{P}),dmu >int _{X}g,dmu =sup _{fin F}int _{X}f,dmu }

ν0 ≠ 0
が偽ということになる。したがって、目標としていた ν0 = 0 が得られる。

gμ-可積分であるため、集合 {xX : g(x) = ∞} μ-零である。したがって、f