北方 (市川市) – Wikipedia

北方(きたかた)は、千葉県市川市の町名。現行行政地名は北方一丁目から北方三丁目。郵便番号は272-0815[2]

市川市北部に位置する。主に住宅地として使用され、市川税務署が置かれる。また、小説家であり、俳人である矢田挿雲が当地に「北方庵」を構え、晩年まで居住していたほか、ガラス工芸家藤田喬平も晩年まで居住していた。さらに、この付近に青年時代の小説家五木寛之が住んでおり、ここから中山競馬場に遊びに通っていたという。

一丁目に市川税務署、二丁目に市川北方郵便局、京葉銀行北方支店、三丁目に北方霊園がある。

東は高石神・中山、西は八幡、南は鬼越、北は本北方と接している。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年(平成26年)1月1日の公示地価によれば、北方2-19-9の地点で22万円/m2となっている。[4]

住居表示実施以前は北方町(ぼっけまち)と称した。

沿革[編集]

  • 1869年(明治2年) – 葛飾県葛飾郡北方(ぼっけ)村となる。
  • 1871年(明治4年) – 廃藩置県、県の統合により印旛県葛飾郡北方村となる。
  • 1873年(明治6年) – 県の統合及び、郡の分割により千葉県東葛飾郡北方村となる。
  • 1889年(明治22年) – 東葛飾郡中山村、鬼越村、若宮村、高石神村と合併し、東葛飾郡中山村大字北方となる。
  • 1924年(大正13年)8月10日 – 中山村が町制施行。東葛飾郡中山町大字北方となる。
  • 1934年(昭和9年)11月3日 – 市川町、八幡町、国分村と合併、市制施行。市川市大字北方となる。
  • 1951年(昭和26年)12月1日 – 市内の大字を町に変更。それに伴い、市川市北方町(ぼっけまち)一丁目 – 四丁目となる。
  • 1969年(昭和44年)9月1日 – 北方町の一部で住居表示施行。市川市北方(きたかた)一丁目 – 三丁目となる。

地名の由来[編集]

旧来の「ぼっけ」ではなく「きたかた」としたのは、「ぼっけ」が難読地名であることにより読みやすくしたものである。また、「北方」(きたかた)の前身である北方(ぼっけ)は

  • 崖の意味である「ぼっけ」より。
  • 当地に住んだ閑院家の呼び名が北家(ほっけ)であったから。
  • 中山領主の北の方が住んでいたことから北方と呼ばれていたから。

という説がある。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)9月30日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
北方一丁目 790世帯 1,653人
北方二丁目 1,087世帯 2,381人
北方三丁目 920世帯 1,994人
2,797世帯 6,028人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]

  • 市川市立北方保育園
  • アイリス幼稚園
  • 市川税務署
  • 市川北方郵便局
  • 京葉銀行北方支店

関連項目[編集]

  1. ^ a b 町丁別人口(住民基本台帳)”. 市川市 (2017年10月10日). 2017年11月6日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月7日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  5. ^ 小・中学校の通学区域(学区)”. 市川市 (2017年9月28日). 2017年11月7日閲覧。