オシン・マクディアルマダ – Wikipedia

オシン・マクディアマダ (Oisín Mac Diarmada、1978年生)はアイルランドのフィドル奏者。

オシン・マクディアマダは、1978年、クレア県に生まれ、同県のクラシーン(en:Crusheen)で育った[1]
幼い頃にフィドルを始め、8歳の時に初めてコンクールに入賞し[2]、2年後の1988年、10歳のオシンはフラー・キョールのジュニア枠にてフィドルとデュオの二部門でオールアイルランドチャンピオンを獲得した[1]

1989年にオシンは一家でスライゴ県に移ると共に同県バリーモートの音楽学校に通い始め、スライゴスタイルの音楽に深く親しんでいく。
14歳の時には、クラシック音楽のピアノも始めている[2]

1999年、21歳のオシンはフラー・キョールでオールアイルランドチャンピオンを獲得した。

2000年、ダブリンのトリニティ・カレッジおよびアイルランド王立音楽アカデミー(RIAM:en:Royal Irish Academy of Music)を音楽専攻で卒業[3]

2001年、ブズーキ/ギター奏者ショーン・マクエルウェイン(Seán Mc Elwain)、バウロン奏者トリスティアン・ローゼンストック(Tristan Rosenstock)らと共に4人でティーダ(en:Téada)を結成。(2016年現在は、5人ないしシェエマス・ベグリー(Seamus Begley)が加わった6人で活動。)

2008年には、自身が主宰し兄弟コーマック(Cormac)およびモイア(Máire)も参加するイニスフリー・ケーリー・バンド(Innisfree Céilí Band)としてフラー・キョールに参加し、コノート地方北部のケーリー・バンドとして初めてシニア部門でのオールアイルランドチャンピオンを獲得した[4]

日本には過去に二度、2014年にティーダ(en:Téada)としての各地での公演[5]、および、2016年にCCÉ Japanによって開催されたフェーレ(Féile)のコンペティション審査員として[6]、来日している。

2016年現在、スライゴ県のクーラニー(en:Coolaney)在住[7]
様々な形での演奏活動と平行して、CCÉ(アイルランド音楽家協会)のSCT (Scrúdu Ceol Tíre) Traditional Irish Music Examinations(アイルランド伝統音楽教師認定試験)のディレクター(Director)を務める他、アイルランドの各地で数多くのワークショップもこなす[3]。その他、CDレーベル「キョール・プロダクション」(Ceol Productions)、および、音楽企画会社「Musical Ireland」[8]それぞれの Managementも行っている。

ディスコグラフィー[編集]

ソロ
  • Ar an bhFidil (2004年、グリーン・リネット)
  • The Green Branch / An Géagán Glas (2015年、キョール・プロダクション)
シェイマス・ベグリーとの共演
  • Le Chéile / Together (2012年、キョール・プロダクション)
  • An Irish Christmas Soundscape (2012年、キョール・プロダクション)
ブライアン・フィッツジェラルド(Brian Fitzgerald)、マイケル・ルーニー(Michael Rooney)との共演[1]
Irish Christmas in Americaとして[9]
  • Irish Christmas in America (2012年、キョール・プロダクション)
ティーダとして
  • Téada (2003年、グリーン・リネット)
  • Give Us a Penny and Let Us Be Gone (2004年、グリーン・リネット)
  • Inné Amárach (Yesterday Tomorrow) (2006年、コンパス・レコード(en:Compass Records))
  • Ceol & Cuimhne(Music And Memory) (2010年、ゲール=リン・レコード(en:Gael-Linn Records))
  • Ainneoin Na Stoirme (In Spite Of The Storm) (2013年、キョール・プロダクション)
イニスフリー・ケーリー・バンドとして
  • Music of North Connacht (2009年、キョール・プロダクション)

外部リンク[編集]