江戸四宿 – Wikipedia

江戸四宿(えどししゅく)、または単に四宿とは、江戸時代に五街道の各々について江戸・日本橋(

北緯35度41分2.5秒 東経139度46分28秒 / 北緯35.684028度 東経139.77444度 / 35.684028; 139.77444 (日本橋))に最も近い宿場町の総称で、五街道の起点である日本橋から2里(約8 km)以内のところにあった[1]。江戸と地方を結ぶ各街道の最初の宿場町であり、江戸の出入り口として重要な役割を担い[1]、人・物資・情報・文化の集散地として機能し、周辺地域と異なった街並みや風格をもっていた[2]

各々に岡場所と呼ばれる非公認の遊廓があり、飯盛女(めしもりおんな)という名目で遊女を置いていた。

江戸四宿を題材とした作品[編集]

  • 四宿の屁(古典落語)
  • 明治期から大正前期に活躍した落語家・初代柳家小せん(盲小せん)の演目には、品川や新宿の岡場所を舞台にしたものがあるが、現在では昔の遊郭を知っている人がほとんどいなくなったため、一部を除き演じられる機会は少なくなって来ている。

参考文献[編集]

  • ロム・インターナショナル(編)『道路地図 びっくり!博学知識』河出書房新社〈KAWADE夢文庫〉、2005年2月1日。

    ISBN 4-309-49566-4。

関連項目[編集]