パイオニア – Wikipedia

パイオニア株式会社(英: Pioneer Corporation)は、東京都文京区に本社を置く、カーナビゲーションシステム、カーオーディオなど車載機器に特化した電機メーカーである。祖業の音響機器事業は2014年にオンキヨー&パイオニア(現・オンキヨーホームエンターテイメント)へブランドを含めて分割譲渡している。

創業者である松本望がアメリカ製のダイナミックスピーカーを聴き「いつか必ず自分の手で純国産のスピーカー(ユニット)を作りたい」と、1937年(昭和12年)に初の純国産ダイナミックスピーカー「A-8」を自らの手で開発したことより始まった。「パイオニア(PIONEER)」とは、そのスピーカーの商標であった。翌年、福音商会電機製作所を設立し、販売を開始した[1]。なお松本は後に印刷会社も興し、「フクイン(旧称・福音印刷)」としてパイオニア製品の取扱説明書やカタログの印刷を担当することで収益の独占化を図っている。1961年(昭和36年)には商標であったパイオニアを社名とした。その後、世界初のセパレート型ステレオを発売し、オーディオブーム全盛の頃には山水電気(サンスイ、2014年7月に破産)、トリオ(後のケンウッド、現・JVCケンウッド)と並びオーディオ御三家(俗にいうサン・トリ・パイ)と呼ばれ、特にオーディオファンからは「スピーカーのパイオニア」で親しまれた[2]

1970年代末にはビデオディスク規格競争において少数派のレーザーディスク(LD)陣営を率いて圧倒的多数派のVHD連合に勝利。1995年にDVDフォーラムに加盟、1996年にDVD-Video/LDのコンパチブルプレーヤー、1997年にDVD-Rドライブと50インチプラズマディスプレイ、2000年にDVDレコーダーをそれぞれ民生用機器で初めて発売し、映像機器・記憶媒体においても大きな飛躍を遂げると思われた時期もあった。

ソニー、パナソニック、日立製作所、東芝、三菱電機などの総合電機メーカーと比べると規模は小さいが、自社の得意分野への「選択と集中」を早期から進めており、カーナビゲーション、およびカーオーディオ等のカーエレクトロニクス関連、PC用光学ドライブ(2016年現在はほぼBD/DVD対応のマルチドライブのみ)については他社へのOEM供給も行なっている。

しかし、プラズマテレビは薄型テレビとの価格競争に敗れ、また、2010年代以降はミニコンポやカーナビゲーションもスマートフォンやタブレット等の通信機器の普及で販売不振に陥り、キャッシュフローが悪化[3]。リーマン・ショック直後の2009年には、目黒駅近くの本社不動産の売却と映像機器の事業整理を行った。

家庭用AV機器事業は販売不振が続いた[4]。ホームオーディオを含むホームAV事業は、2013年7月から機能子会社のパイオニアホームエレクトロニクス株式会社が取り扱っていたが、2015年2月には同社の全株式はオンキヨー(現・オンキヨーホームエンターテイメント)に譲渡され、翌月よりオンキヨーの機能子会社のオンキヨー&パイオニア(現・オンキヨーホームエンターテイメント)に移管された。なお、事業移管後の2021年現在も、パイオニアのブランドは継続されており、オンキヨーブランドとの棲み分けが図られている。

2014年以降は自動車関連に特化した電機メーカーとして自主再建を模索したが、2010年代後半に台頭したディスプレイオーディオ(CarPlay・Android Auto)の急速な普及などの理由により、カーナビゲーションシステムの売り上げが鈍化。2018年には香港の企業再生ファンドのファンドであるベアリング・プライベート・エクイティ・アジア(BPEA)の傘下に入り、2019年3月に完全子会社化された。

本社移転[編集]

構造改革の一環として、2009年11月に本社機能を東京都目黒区から神奈川県川崎市の川崎事業所へ移転し、目黒旧本社は2010年7月に88億円で売却された[5]

さらに2015年10月、経営体制のスリム化を目的に、川崎の本社不動産を売却し、本社を再度東京へ移転することが発表された[6]。その後、2016年3月7日に東京都文京区の文京グリーンコートへ移転した[7][8]。文京区が本社となるのは1964年以来、およそ52年ぶりのことである[9]

事業展開[編集]

2000年代半ばにかけ、ホームエレクトロニクス事業としてPDP(プラズマテレビ)、DVDレコーダー、PC用DVDマルチドライブ、Blu-ray Discプレイヤー、PC用BDマルチドライブなどを手がけた。また「カロッツェリア」ブランドで車載用AV機器(カーナビゲーション、カーオーディオ)を展開している。これらホームエレクトロニクスおよびカーエレクトロニクス事業が売上の2本柱であり、2006年(平成18年)3月期の売上はそれぞれ3,546億円、3,305億円で合計して90%以上を占めていた。

しかし、その後の経営危機により、ディスプレイ事業からは撤退、光ディスク事業はシャープとの合弁とし(それぞれ後述)、2013年3月期においてはカーエレクトロニクスが3,126億円、ホームエレクトロニクスが959億円と、カーエレクトロニクス事業に経営資源をシフトさせた。

オーディオ機器[編集]

プロフェッショナル向けオーディオブランドとして、TAD(Technical Audio Devices)を持ち、多くのスタジオにモニタースピーカーなどを納入している。一般向け高級オーディオブランド Exclusiveと並び、オーディオマニアには著名である。欧米市場では1970年代初頭までCENTREXというブランド名が使われた(日本国内ではパイオニアのみのブランド展開)。

家庭用オーディオ機器でも、中-高級品の価格帯で強い販売力を維持していたが、1980年代には「プライベート」ブランドで他社に先駆けて小型コンポを投入。若者をターゲットにすることでシェアを伸ばした。1990年ごろまでは、アナログディスクプレーヤー、アンプ、チューナー、スピーカー、アナログカセットデッキ、DATデッキ(生録用の可搬型モデル「D-C88」を含む)、MDデッキ(ただしポータブルタイプ及び一部のミニコンポ用はシャープのOEM)、CDレコーダーなど、ほぼ全種類の民生用オーディオ機器を生産していたが、バブル崩壊により他のメーカーと同様に大きく販売を落とし、生産機種の大幅な整理を行った。

AV機器を含むホームオーディオ機器事業は、先述の通り2013年7月1日から2015年3月1日までは同社の完全子会社(当時)のパイオニアホームエレクトロニクスが取り扱っていたが、2015年3月2日よりオンキヨーの完全子会社のオンキヨー&パイオニア(2020年10月1日付をもって親会社のオンキヨー(旧法人、存続会社)に吸収合併される形でオンキヨーホームエンターテイメントへ社名変更、ならびに法人消滅)が取り扱うこととなった。

車載機器[編集]

車載用のオーディオとしては、1975年11月に世界初のコンポーネントカーステレオを発売し、市場占有率を伸ばした(日本初のカーラジオ(1948年)、カーステレオ(1963年)はクラリオンが先に開発・発売)。1970年代末に発売されたフェラーリ・512BBでは、純正カーステレオに採用されており、後にF1フェラーリチームへスポンサー参加するきっかけとなっている。

日本車への純正カーオーディオの供給も盛んであり、日本国内全メーカーへ供給経験がある。日本車では、日産自動車、三菱自動車、マツダ、SUBARU、ダイハツ工業、スズキにラインナップ されている[10]。配線は各社用に加工されており、2000年代前半までの機種では、最大出力を落とすなどの配慮もなされた。

なお、パイオニア/カロッツェリアともに、オーディオ、カーナビゲーション、スピーカー、ウーファーの型番の最後にZy、ZZと入る場合は純正オプションであることを表している。

その後、GPS搭載の世界初カーナビゲーションシステムを開発した。その後、DVD搭載型、HDD搭載型を開発し、カーコンポーネント事業で世界トップの技術とシェアを持つ企業に成長した。

渋滞情報[編集]

ユーザーから走行情報を収集し、渋滞情報を作成してユーザーに提供する「スマートループ渋滞情報」があり、パイオニア製品だけでなく、他社製品でも利用できる。

光ディスク[編集]

レーザーディスク[編集]

レーザーディスクプレーヤー
CLD-01 (1992年)

日本ではレーザーディスクの盟主としても知られており、日本ビクターの開発したVHDに日本国内の主要電機メーカーのほとんどが賛同した不利な状況にもかかわらず、当時の社長で「パイオニア中興の祖」とされる石塚庸三が、創業者・松本望をはじめとする社内の反対派を押し切り、販売導入に漕ぎ着けた。

初期は一時的な販売不振に陥ったが、最終的にはレーザーディスクがシェア争いに勝利した。その過程で商品化された「絵の出るレコード」レーザーディスク・カラオケはバブル期に一世を風靡、パイオニアのドル箱事業に成長し、会社の屋台骨を支えた。カラオケ以外の娯楽分野では100円を入れてビデオクリップを見る「Laser Jukebox」や Visualに特化したゲーム用「Laser Active」があった。またレーザーディスクのランダムアクセス機能を活用した業務用機器も多数開発され、全世界の博物館や企業で映像送出用機器として使用された。

米国では小中学校向けの視聴覚教材として採用され、Apple Computerとの協業で全米の学校に普及が進み、Appleとの関係が構築された。その後も、DVD-RやDVD-RWを開発するなど、光ディスク事業においても技術力を保持し続けていた。

DVD普及後、レーザーディスク事業はプレーヤーの少量生産のみで実質撤退していたが、2009年(平成21年)1月、LDプレーヤーの生産も終了した[11]

DVD/Blu-ray マルチドライブユニット[編集]

DVDメディアの製造販売からは早期に撤退しており、むしろDVD業界におけるパイオニアの功績は高い技術力を反映したPC用DVDマルチドライブにあったと言われる。DVDマルチドライブ黎明期から、プロも認める高性能なドライブを発売すると共に、性能を落とした廉価普及版も投入し、パイオニアはDVDドライブのスタンダードとなっていった。また、パソコン周辺機器メーカーのバッファローやロジテック、アイ・オー・データ向けに、DVDドライブをOEM納入している。

パイオニア製ドライブの書き込み品質の高さは、ドライブ自体の高性能さと併せ、ディスク(特に太陽誘電が製造及びOEM供給したDVD-Rディスク)との相性の良さがあったからといわれる。だが、2007年、DVR-A12シリーズでピックアップの不具合によるリコールを招いた。以前より、本件はユーザーの間では話題になっており、対応の遅さが批判を浴びた。同時期には光ディスクドライブ市場の急激な価格低下に苦しみ、2007年9月、パイオニアはシャープと資本業務提携を行い、合弁会社「パイオニアデジタルデザインアンドマニュファクチャリング株式会社」を設立した[12]。しかし、この提携は2014年8月に解消され[13]、パイオニアデジタルデザインアンドマニュファクチャリングはパイオニア単独の子会社となった。

Blu-ray Disc(BD)においては、HD DVDとの規格争いがあった頃からBD陣営に属し、最も初期からドライブの出荷を開始したメーカーの一つである。OEM向けのBDマルチドライブユニットの生産量、および供給量[14] のシェアとしては2021年(令和3年)現在の時点において日立LGデータストレージやパナソニックに次ぐ大手のメーカーとなっている。

DVDレコーダー[編集]

民生用DVDレコーダーを世界で最初に発売したメーカーであり、パナソニックや東芝と共に旧御三家の一つとして数えられていた。当時は画質・音質へのこだわりや充実した編集機能により一定の支持を受けていたが、後の低価格化競争によって利益を圧迫する状態が続いた。

2006年(平成18年)6月にはDVDレコーダーの新規開発を中止すると報道された [1] が、パイオニアはこの時点ではこれを否定した。しかし、2007年(平成19年)には新機種が発売されないまま既存モデルが相次いで生産終了し、2008年4月に発表されたモデルはシャープからのOEMとなった。その後、新製品は一切発表されることなく、事実上の完全撤退となった。

民生用テレビ[編集]

ディスプレイ分野では、レーザーディスクやBeta hi-fi式ビデオデッキ Hi-Vista(ソニーからパイオニア仕様にカスタマイズされたOEM)などのAV製品と共にCRT方式のコンポビジュアルシステム「SEEDシリーズ」で家庭用モニター市場に参入。同社オーディオ機器とのデザイン統合性、チューナーやテレビゲームパックなどの拡張ユニットにより、他社との差別化を図った。

また、CRT方式のリアプロジェクションテレビ(パネルは他社製)を日本国外向けに販売する程度で大きなシェアは持っていなかったが、1997年(平成9年)12月に世界初の民生用高精細50インチ型ワイドプラズマテレビを発売した(42型ワイドプラズマテレビは同年11月に富士通ゼネラルが世界で初めて発売)。パネルを自社生産できる数少ない日本メーカーの一つであり(ただしチューナーは他社からのOEM)、擬似輪郭や消費電力などのプラズマテレビの弱点の数々を克服した独自の映像技術や、お家芸であるオーディオ技術を搭載した高音質も高く評価されていた。かつては43V型と50V型のみを製造していたが、NECプラズマディスプレイの買収により、61V型もラインナップに加えた。

先行メーカーであり、多数の関連特許を取得していた。2006年にはサムスン電子のディスプレイが2件のアメリカ国内で申請した特許に抵触しているとして、テキサス州東部地区連邦地方裁判所に提訴。基本的な特許ということもあり、2008年10月29日の判決では合計5900万ドルの損害賠償を得ている。

一方、日本国内では、液晶テレビの低価格化に圧され、2007年(平成19年)8月から高級路線に特化した新ブランド「KURO」を展開したが、ライバルである松下電器産業(現・パナソニック)にはシェアで遠く及ばず、2008年(平成20年)3月7日にプラズマパネルの自社生産の中止を発表した。同時に、パイオニアのPDP技術者の大半をパナソニックのPDP部門に転籍させ、パナソニックからパネルを調達し、組立と自社ブランド販売のみに専念する予定であると発表した。しかし、世界金融危機による世界経済の急激な落ち込みを受けて、ついに、2009年2月12日にディスプレイ事業からの撤退を発表した[15]。なお、2008年にはシャープから液晶パネルの供給を受け、自社ブランドの液晶テレビ参入を予定していたが、実現しないままディスプレイ事業撤退を迎えた。

パイオニアは、有機ELディスプレイも古くから研究開発しており、カーオーディオの照明や液晶のバックライト、携帯電話の背面、カーオーディオの単色ディスプレイ用などで既に製品化している。2005年(平成17年)には京都大学、三菱化学、ロームと共にフレキシブルな有機ELディスプレイの試作に成功した。2017年には、コニカミノルタと合弁企業(コニカミノルタパイオニアOLED)を立ち上げ、照明分野への活用も模索したが、2019年に合弁を解消した。なお、合弁解消後は、コニカミノルタが事業を継承した[16]

なお、2016年現在も一部中国市場で発売されている同社ブランドの液晶テレビ、スマートフォン、デジタルカメラなどは、販売店に対する商標ライセンス貸与に伴う中国メーカー製造品であり、メーカーとしてのパイオニアとはブランド以外の関わりは一切ない。

電話機[編集]

1970年代より、アンサホンという商品名で留守番電話を開発・製造する。1980年代には、無線機器の技術を応用して家庭用コードレス電話機の製造へ進出、シェアを伸ばした。電話機事業は、パイオニアが出資し、後に完全子会社となったパイオニアコミュニケーションズが承継した後、同社を吸収合併したパイオニアホームエレクトロニクス→オンキヨー&パイオニアを経て、2020年10月現在はオンキヨーホームエンターテイメントが取り扱っている。

1990年代にはDDIセルラーグループ(セルラー、現・KDDI/沖縄セルラー電話連合(各auブランド))および日本移動通信(IDO、現・KDDI(auブランド))、J-PHONE(デジタルツーカー向けを含む。現・SoftBank)向けに携帯電話機の供給も行っていた。特に携帯初の全面タッチパネル式のDP-211は、付属のペンで手書き入力も可能で、またオプションのカーオーディオに取り付ければハンズフリーにも対応するという、時代を先取りした商品であったが、デザインの点で人気を得ることは無く、携帯電話事業からは撤退することとなった。なお、その兄弟機種であるDP-211SWは、携帯初の文字メッセージサービス(旧・スカイウォーカー、現・スカイメール)対応機種であった。

パソコン[編集]

1983年(昭和58年)、レーザーディスクと組み合わせ、画像をスーパーインポーズさせてゲームが楽しめるMSXパソコンを発売する。

1995年(平成7年)から1997年まで、Apple Computer(現・Apple)からライセンスを受け、デスクトップ型のMacintosh互換機を開発・販売していたが、スティーブ・ジョブズ復帰によるAppleの戦略転換で、3機種を発売したのみで終わった。

2009年までの本社ビル (東京都目黒区)

2009年までの本社ビル
(東京都目黒区)

2009年から2016年までの本社 (川崎市幸区)

2009年から2016年までの本社
(川崎市幸区)

  • 1938年(昭和13年) – 福音商会電機製作所という名前で創業。日本国産初のダイナミックスピーカーユニット「A-8」を発売。その後、福音電機株式会社に。
  • 1961年(昭和36年) – パイオニア株式会社に商号を変更。これと同時にロゴマーク(CI)を変更。当初はオーディオ専業であった。
  • 1962年(昭和37年) – 世界初、セパレートステレオ発売。
  • 1963年(昭和38年) – 北米でカーステレオを発売開始。
  • 1964年(昭和39年)
    • 7月 – 欧州、および中南米諸国への販売を目的とする「パイオニア・インターナショナル」を設立。
    • 11月 – 本社を東京都文京区音羽から大田区大森西四丁目に本社を移転。
  • 1966年(昭和41年) – 日本国内でカーステレオを発売開始。
  • 1967年(昭和42年)12月 – 創業30周年を機に「パイオニア音楽鑑賞境域振興会」を設立。
  • 1968年(昭和43年)2月 – 東京証券取引所市場第2部銘柄から第1部銘柄へ指定替え。
  • 1969年(昭和44年)9月 – 再びロゴマークを変更[17]
  • 1970年(昭和45年) – 米国ワーナーブラザース・レコード、渡辺プロダクションとの合弁会社、ワーナーブラザーズ・パイオニア(のちのワーナー・パイオニア → ワーナーミュージック・ジャパン)を設立。
  • 1971年(昭和46年)
  • 1974年(昭和49年) – 本社を東京都目黒区の自社ビルへ移転(売却後、建て替えられて新目黒東急ビルとなった。)。社屋が目黒区と品川区の両区にまたがっていた。
  • 1975年(昭和50年) – 世界初、コンポーネントカーステレオを発売。
  • 1979年(昭和54年)
    • 2月 – 同社初のメタルポジション録再対応ステレオカセットデッキ「CT-600M」発売。
    • 5月 – 世界初のリボンセンダストヘッドを録音/再生コンビネーションヘッドに採用した3ヘッドタイプの高級カセットデッキ「CT-A1」(価格23万円(当時))発売。
    • 10月 – 録再オートリバース機としては業界初となるメタルポジション録再対応ステレオカセットデッキ「CT-620」発売。
  • 1980年代 – レーザーディスクを展開し映像分野に進出。その後、CD-ROM等のデバイスも手がける。
  • 1980年(昭和55年)1月 – 「山梨パイオニア株式会社」を設立。
  • 1981年(昭和56年) – LDソフトの製作子会社レーザーディスク株式会社を設立。
  • 1982年(昭和57年) – 「音と光の未来をひらく」をキャッチフレーズとする。
  • 1983年(昭和58年) – 世界初の半導体レーザーを使用した家庭用LDプレーヤー、LD-7000を発売[18][19]
  • 1984年(昭和59年) – 世界初、CD、LD両方の再生が可能なLD/CDコンパチブルプレーヤー発売[19][20]
  • 1986年(昭和61年) – 静止画やコマ送りなどの特殊再生をデジタルメモリの搭載によって可能にした、フルアナログ処理のLDプレーヤーとしての最高級機である、LD-S1を発売[19]
  • 1987年(昭和62年) – カーオーディオ用ブランドを「ロンサム・カーボーイ(Lonesome Car-boy)」から「カロッツェリア(carrozzeria)」に名称変更。
  • 1989年(平成元年) – レーザーディスク社をパイオニアLDCに改組。
  • 1990年(平成2年)
    • ワーナー・パイオニアから資本撤退。
    • 市販品では世界で初めてGPSカーナビゲーションシステム発売。
  • 1992年(平成4年) – 民生用では世界初の96kHz/16bit・ハイサンプリング対応DATレコーダー「D-07」(価格14万円(当時・税別))発売。
  • 1993年(平成5年)
  • 1994年(平成6年) – 96 kHz/16bit・ハイサンプリング対応の民生用普及型DATレコーダー「D-05」(価格7万5千円(当時・税別))発売。発売直後、同機は後に民生用据置型DATレコーダーとしてのロングセラーモデルとなった(2001年3月に販売終了)。
  • 1995年(平成7年) – Macintosh互換機発売。
  • 1996年(平成8年) – DVDプレーヤーおよび世界初の家庭用DVD/LD/CDコンパチブルプレーヤー発売。
  • 1997年(平成9年) – ハイビジョン対応プラズマディスプレイシステム(価格250万円(当時・税別))・世界初、DVDカーナビゲーションシステム発売。
  • 1998年(平成10年)
    • 8月 – 創業60周年に伴い、ロゴマークを再び変更[23]
  • 1999年(平成11年)
    • 6月29日 – 英語の社名を“PIONEER ELECTRONICS CORPORATION”から”PIONEER CORPORATION“に変更[24]
    • 12月 – 世界初、DVD-RWフォーマット対応DVDレコーダー発売(価格25万円(当時・税別))。
  • 2001年(平成13年) – 世界統一ブランドスローガン“sound.vision.soul”導入(2008年(平成20年)3月31日まで)。
  • 2001年(平成13年) – 業界初(車載機器として)『ミュージックサーバー機能』搭載HDD(ハードディスクドライブ)カーナビゲーションシステム発売。
  • 2003年(平成15年) – パイオニアLDCの株式を電通に売却。(後にNBCユニバーサルに売却、ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパンを経てNBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン合同会社に改称。)
  • 2004年(平成16年) – 日本電気から、プラズマディスプレイ事業(NECプラズマディスプレイ株式会社)を買収、パイオニアプラズマディスプレイ株式会社としてパイオニアグループに組み込む。
  • 2007年(平成19年)
    • 東北パイオニアに対し、株式公開買い付け(TOB)を実施。
    • シャープと資本業務提携。第三者増資でシャープが14%保有し筆頭株主になる。
  • 2008年(平成20年) – プラズマパネルの自社生産から撤退。組み立ては継続し、パネルはパナソニックから調達する。
  • 2009年(平成21年)
    • 3月 – プラズマテレビの開発、生産から完全撤退を発表。
    • 5月 – 本田技研工業に第三者増資により資本提携。ホンダが第2位の大株主となる予定。
    • 11月 – シャープとの合弁会社「パイオニアデジタルデザインアンドマニュファクチャリング株式会社」を設立し、光学ドライブ事業を移管[25][26][27][28]
    • 11月24日 – 本社を東京都目黒区目黒一丁目4番1号から川崎市幸区新小倉1番1号に移転[29](登記上の本店は2010年6月25日の定款変更を経て同地に移転[30])。
  • 2010年(平成22年)
    • 2月9日 – 三菱化学と有機EL照明に関する業務・資本提携することで合意、同社へ第三者割当による新株式発行することを発表[31]。また、三菱電機とのカーナビ分野での業務提携を強化し、同社へも第三者割当による新株式発行することを発表した[32]
    • 3月15日 – 新卒採用中止を決定・発表[33]
  • 2011年(平成23年)
  • 2013年(平成25年)
  • 2014年(平成26年)
    • 3月 – 株式会社資生堂専用「メーク用有機EL照明」を製品化、並びに世界初の発光層塗布型の有機EL照明モジュールの量産出荷を開始。
    • 8月28日 – シャープとの資本提携を解消[36]
    • 9月10日 – PHEがオンキヨーへの吸収合併・経営統合を発表。同時にオンキヨーの保有株式を14.95%取得して第3位株主になることも発表(ただし、経営には不関与の方針)。
    • 11月7日 – オンキヨーとの経営統合の形態を変更することを発表。まず、パイオニアのヘッドホン事業を吸収分割によりPHEに承継。次に、オンキヨーが第三者割当により発行する株式(総議決権数の14.95%)をパイオニアが引き受けると同時に、パイオニアが保有するPHEの全株式をオンキヨーに譲渡。さらに2015年7月1日に、PHEがオンキヨーのAV事業を吸収分割によって承継することとなった[37]
  • 2015年(平成27年)
    • 1月 – 業務用車両向けテレマティクスサービス「ビークルアシスト」の提供を開始。
    • 3月2日 – ホームAV事業、電話機事業およびヘッドフォン関連事業を担う子会社PHEをオンキヨーへ譲渡完了。事業譲渡により、PHEは商号オンキヨー&パイオニア株式会社に変更し、両社のホームAV事業を継承する[38][39]。これに伴い、販売を手がけるオンキヨーマーケティングジャパンも商号を「オンキヨー&パイオニアマーケティングジャパン株式会社」に変更。 また同日、DJ機器事業を展開していた「プロSV事業部」を世界有数の投資ファンドKKRへの事業譲渡が完了。事業譲渡により「Pioneer DJ株式会社」[40] が発足。
    • 6月 – 東京海上日動火災保険株式会社とテレマティクスサービス事業で協業。
  • 2016年(平成28年)
    • 3月7日 – 東京都文京区本駒込二丁目28番8号の文京グリーンコートへ移転[8]
    • 11月 – 既販売車に搭載可能な先進運転支援システム「Intelligent Pilot」を開発。
    • 12月 – ドライバーの眠気を検知して改善する「ドライバーモニタリングシステム」を開発。医療用電子聴診器の出荷を開始。
  • 2017年(平成29年)
  • 2018年(平成30年)
    • 1月1日 – 創業80周年。
    • 6月 – ハイエンドオーディオ カーナビ 「サイバーナビ Xシリーズ」を発売。
    • 9月 – 計測距離が異なるMEMSミラー方式の「3D-LiDARセンサー」の提供を開始。呼気アセトン計測用の光バイオ方式センサモジュールを東京医科歯科大学と共同開発
    • 12月7日 – 香港の投資ファンドベアリング・プライベート・エクイティ・アジア(BPEA)の出資を受け入れ、同投資ファンドの完全子会社になることを決めたと発表[42][43]。第三者割当増資による払い込み金額は1株50円で、既存株主に対する株の買い取り価格は66.1円と発表された為、7日の終値で88円あった株価はその後一気に売り込まれる事となった[44]
  • 2019年(平成31年)
    • 1月25日 – 臨時株主総会にてBPEAの完全子会社となる案が全会一致で可決[44]
    • 3月8日 – BPEAの子会社であるWolfcrest Limitedに対する第三者割当増資を実施し、Wolfcrest Limitedの子会社となる[45]
    • 3月27日 – 東京証券取引所第一部上場廃止[46]
    • 3月31日 – 株式併合により、Wolfcrest Limitedの完全子会社となる[45]
    • 4月 – キヤノン株式会社との「3D-LiDARセンサー」共同開発を発表。
  • 2020年(令和2年) 自動車用統合コックピットの開発で、ドイツのコンチネンタル社と戦略的パートナーシップを締結。
  • 2021年(令和3年)
    • 3月10日 – 100%子会社であるインクリメント・ピーを、PIPホールディングス(株)に譲渡する契約を締結[47]。同年6月1日譲渡を実行し、インクリメント・ピーは子会社ではなくなる。

主な商品[編集]

発売中・発売予定[編集]

(2021年1月現在)

  • カーエレクトロニクス
  • PC関連

オンキヨーホームエンターテイメント扱いのパイオニアブランド製品[編集]

※以下は現在、オンキヨーホームエンターテイメントが取り扱うパイオニアブランドの製品。

  • DVD・BDプレーヤー(DVD-VidoやBDのみならず、音楽用CDやDVD-Audio、SACDも再生可能なごく一部のユニバーサルディスクプレーヤー含む)
  • AVアンプを含むホームシアターシステム
  • ポータブルタイプを含むヘッドホンアンプ内蔵型USB-DAC
  • 家庭用電話
  • 単品ピュアオーディオ各種(ピュアオーディオ用アンプ、CD/SACDプレーヤー、ネットワークオーディオプレーヤー、スピーカーシステム等)
  • 高級ミニコンポ(プレミアムミニコンポ・ハイコンポ)各種(一部のCDレシーバー(XC-HMシリーズ)、一部の小型スピーカーシステム(S-HMシリーズ)等)
  • ゼネラルオーディオ各種(一部の低価格帯ミニコンポ(X-CMシリーズ、X-EMシリーズ)等)
  • 一般住宅用シーリング(ビルトイン)オーディオ

かつて発売していたもの[編集]

  • パソコン
  • パソコン周辺機器
    • CD-ROMドライブ
    • DVDドライブ
    • オーサリング用DVD-Rライター
  • 携帯電話
    • DDIセルラーグループ、IDO向け(TACS方式)
    • J-PHONE向け
      • J-PHONE向けには「全面液晶携帯」と呼ばれる、今のスマートフォンの先駆けのような機種を生産しており、独自の使いやすさを追求していた。
      • 初代モデル・DP-211SWは、カーオーディオのヘッドユニットに組み込める構造とするなど、独自の商品価値を確立していた。
      • 3世代にわたってモデルチェンジするも、液晶のカラー化はされなかった(全面液晶携帯の最終モデルは1999年発売のJ-PE02)。
  • ラジカセ
    • マルチボーイ(1970年代末期)
    • ランナウェイ(1980年代初期 – 中期)
  • 大型システムコンポ
    • プロジェクト(1970年代中期 – 1980年代初期)
    • オールディーズコンポ(1980年代初期)
  • ミニコンポ
    • セルフィー
    • プライベート – 最末期はCD&LDコンパチブルプレイヤー付きミニコンポとして発売された。なお「プライベート」は2017年にデジタルオーディオプレイヤーのブランドとして復活している。
    • コレクション – 同社初の本格的なハイコンポにして後述するFILLの前身にあたるブランド
    • WAVE(詳細は別項を参照)
    • FILL
    • RMX
    • L+
    • FX
    • HAPPY TUNE
  • ポータブルオーディオ
    • ポータブルヘッドフォンステレオ(ポータブルステレオカセットプレーヤー)「ターザン」 – 1980年代初期に発売された世界初の防水機能付きヘッドフォンステレオ
    • ポータブルMDレコーダー/プレーヤー(シャープからのOEM)
    • ポータブルCDプレーヤー「ループマスター」
  • 家庭用8トラックカラオケ
    • カラオケ「真打ち」
  • 業務用カラオケ
    • レーザーカラオケ
    • アルファビジョン(CD動画カラオケ)
    • 通信カラオケ「ビーマックス」シリーズ
  • ハイバンド・ベータ対応ビデオカセットデッキ
  • テープデッキ
  • MDデッキ
  • CDレコーダー
  • 液晶テレビ
    • Pure Vision(2002年、シャープのOEMで参入。PDL-30HDの1機種のみで撤退。)
    • KURO LCD TV(2007年(平成19年)にシャープと業務提携が発表された際、液晶テレビ再参入がアナウンスされ、翌2008年に欧州向けモデルとして「KURO」ブランドで3サイズ導入(シャープ・AQUOSのOEM受給)。この液晶テレビは、日本で発売されないまま撤退。)
  • プラズマディスプレイ
    • Pure Vision(ピュアビジョン) → 2007年(平成19年)8月に、後述の「KURO」にブランド名変更。
    • KURO(2009年(平成21年)4月に生産終了。同時にディスプレイ事業から撤退)
  • プロジェクションテレビ
  • プロジェクター
    • KURO PROJECTOR(2008年に海外向けモデルとして発売(日本ビクター製D-ILAプロジェクターのOEM受給)。日本で発売されないまま、1機種のみで撤退。)
  • レーザーディスク
  • レーザーアクティブ
  • DVDレコーダー
    • スグレコ
    • たっぷり録り
    • 最末期はシャープからのOEM受給(ただし、シャープ機と異なり、光学ドライブ部のみ自社オリジナルの光学ドライブが搭載されている)。
  • BDレコーダー
    • 2008年(平成20年)10月に新規参入。シャープからのOEM受給(ただし、シャープ機と異なり、光学ドライブ部のみ自社オリジナルの光学ドライブが搭載されている)。2機種のみで撤退。
  • パーソナル無線
  • 脳力開発機「リラクティブ」
  • ボディソニック(体感音響システム)
  • サイクルスポーツ事業
    • サイクルコンピューターやペダリングモニターなどロードバイク用のパーツ。経営合理化のため2020年にシマノへ譲渡された。

ブランドスローガン[編集]

  • ステレオのパイオニア」(1958年 – 1964年)
  • 世界のステレオ」(1964年 – 1979年)
  • 音と光の未来をひらく」(1982年 – 1998年)
  • PIONEER AIR -未体験しかつくらない-」(1994年 – 1998年)
  • sound.vision.soul」(2001年 – 2008年)

提供番組[編集]

全て過去のもの、特記がないのは日本テレビ系列で放送。

  • 一社提供
  • 複数社提供
  • ラジオ

国内グループ会社[編集]

  • インクリメントP株式会社
  • グローバル・サーベイ株式会社
  • テーピーエス株式会社
  • 株式会社テクニカルオーディオデバイセズラボラトリー
  • 株式会社テック・エキスパーツ
  • 東北パイオニア株式会社
  • パイオテック株式会社
  • パイオニアウェルフェアサービス株式会社
  • パイオニアOLEDライティングデバイス株式会社
  • パイオニアサービスネットワーク株式会社
  • パイオニアシステムテクノロジー株式会社
  • パイオニアデジタルデザインアンドマニュファクチャリング株式会社
  • パイオニア販売株式会社
  • パイオニアファインテック株式会社
  • パイオニア・マイクロ・テクノロジー株式会社
  • 最上電機株式会社

参考文献[編集]

  • 松本望「第13話 本社移転のあとさき(3)」『回顧と前進』電波新聞社、1978年6月。全国書誌番号:

    78032377NCID BN04704496OCLC 703879390。ASIN B000J8M3TY

関連項目[編集]

  • パイオニアのDATレコーダー
  • S-180
  • 後楽園球場 – 1970年代 – 1980年代にスコアボードのスポンサーを務めていた。
  • 東京ドーム – 1988年 – 2008年まで看板広告のスポンサーだった。
  • サントリー – 同社の山崎蒸溜所で実際に使用したウイスキー樽の廃材をスピーカーシステムのエンクロージャーやスピーカースタンド、オーディオラック等に加工利用した「ピュアモルトオーディオシリーズ」のコラボレーション企画に直接関わっており、オンキヨー&パイオニア移管後も継続していたが、近年の慢性的なピュアオーディオ市場の縮小・販売不振などの理由により、2018年末までにそのまま提携終了となった。
  • 松本記念音楽迎賓館 – 松本望の居宅を利用している。
  • モータースポーツ関連

外部リンク[編集]