標本化定理 – Wikipedia

標本化定理(ひょうほんかていり、英: sampling theorem: サンプリング定理とも)は、アナログ信号をデジタル信号へと変換する際に、どの程度の間隔で標本化(サンプリング)すればよいかを定量的に示す定理。情報理論の分野において非常に重要な定理の一つである。

波形の最大周波数の2倍を超えた周波数で標本化すれば完全に元の波形に再構成される。

標本化とは、数学的には連続関数の値からある点の値だけを標本として取り出して離散関数に変換する操作であり、与えられた連続関数と標本化関数の積を求めることと等しい。標本化関数とは、ある離散値(連続でない、飛び飛びの値)xに対してのみg(x)=1となり、その他のxに対してはg(x)=0となるような関数である。対象となる関数f(x)と標本化関数g(x)の積を取ると、関数

h(x)=g(x)f(x){displaystyle h(x)=g(x)f(x)}

が得られる。g(x)=1となるxに対してのみ

h(x)=f(x){displaystyle h(x)=f(x)}

となり、その他のxに対してはh(x)=0となる。

標本化定理とは、ある関数f(x)をフーリエ変換した関数F(s)の成分(スペクトル)が、

|s|≥W{displaystyle |s|geq W}

の範囲でF(s)=0であるような関数f(x)に対して、

s=2W{displaystyle s=2W}

に相当する周期より小さい周期をもつ標本化関数で標本化したときに得られる関数は、そのスペクトルのうち

|s|<W{displaystyle |s|

が原関数のスペクトルに一致するというものである。

工学的には、原信号に含まれる最大周波数成分を f とすると、2f よりも高い周波数

fs{displaystyle f_{s}}

で標本化した信号は、低域通過(ローパス)フィルターで高域成分を除去することによって原信号を完全に復元することができるということを示している。たとえば原信号に含まれる周波数が最高で f=22.05kHz だった場合、

fs{displaystyle f_{s}}

=44.1kHz よりも高い[注釈 1]周波数で標本化(1秒間に44100回超、値を取得)すれば、原信号を完全に復元することができる。原信号が復元可能な最大周波数

fs/2{displaystyle {f_{s}}/2}

を「ナイキスト周波数」と言い、ナイキスト周波数の逆数を「ナイキスト周期」と言う。

標本化周波数が 2f 以下であった場合、原信号にはない偽の周波数

fs−f{displaystyle f_{s}-f}

がエイリアス信号として、復元信号に現れる。よって、連続信号の標本化においては、ナイキスト周波数 2f よりも高い周波数で、標本化を行わなくてはならない。図はナイキスト周波数と同じ周波数をもつ信号の例である。この信号(青線)を標本化する(青丸)と、0の信号(橙線・橙丸)と見分けがつかなくなり、標本化定理で示された通り、原信号を完全復元できない。

ナイキスト周波数と同じ周波数をもつ信号の標本化

なお、アナログ信号からデジタル信号への変換については、標本化のほかに量子化が必要である。

標本化定理の証明[編集]

標本化定理は、フーリエ級数を用いると簡単に証明することができる。

理想的な標本化パルス列s(t)は、Tをサンプリング周期とし、デルタ関数

δ(t){displaystyle delta (t)}

を用いて、

s(t)=∑n=−∞∞δ(t−nT){displaystyle s(t)=sum _{n=-infty }^{infty }delta (t-nT)}

と表される。標本化入力信号をg(t)とすると、出力信号p(t)

p(t)=g(t)s(t){displaystyle p(t)=g(t)s(t)}

であるから、

p(t)=g(t)∑n=−∞∞δ(t−nT)=∑n=−∞∞g(nT)δ(t−nT){displaystyle p(t)=g(t)sum _{n=-infty }^{infty }delta (t-nT)=sum _{n=-infty }^{infty }g(nT)delta (t-nT)}

となり、明らかにg(nT)の系列となる。

ここで、出力信号p(t)の周波数成分を計算するためにs(t)をフーリエ級数展開すると、

s(t)=1T∑n=−∞∞ejnω0t{displaystyle s(t)={frac {1}{T}}sum _{n=-infty }^{infty }e^{jnomega _{0}t}}

となる。ただし、

ω0=2πf0=2πT{displaystyle omega _{0}=2pi f_{0}={frac {2pi }{T}}}

である。

扱いを容易にするために入力信号g(t)は振幅A、周波数

fa=ωa2π{displaystyle f_{a}={frac {omega _{a}}{2pi }}}

の単一正弦波として次のように置く。

g(t)=Acos⁡(ωat+θa)=A2ej(ωat+θa)+A2e−j(ωat+θa){displaystyle g(t)=Acos(omega _{a}t+theta _{a})={frac {A}{2}}e^{j(omega _{a}t+theta _{a})}+{frac {A}{2}}e^{-j(omega _{a}t+theta _{a})}}

これに対する出力信号p(t)は、上の式より

p(t)=A2T∑n=−∞∞ej{(nω0+ωa)t+θa}+A2T∑n=−∞∞ej{(nω0−ωa)t−θa}{displaystyle p(t)={frac {A}{2T}}sum _{n=-infty }^{infty }e^{j{(nomega _{0}+omega _{a})t+theta _{a}}}+{frac {A}{2T}}sum _{n=-infty }^{infty }e^{j{(nomega _{0}-omega _{a})t-theta _{a}}}}

となる。この式から周波数スペクトルの図を描き検討すると証明ができる。

抵抗と電圧のゆらぎについてのナイキストの定理[編集]

抵抗

R{displaystyle R}

と電圧のゆらぎとの比例関係。導体が温度

T{displaystyle T}

にあるとき、その両端には電位差

V(t){displaystyle V(t)}

が生じる。このとき

⟨V(t)V(t′)⟩=2Rktδ(t−t′){displaystyle langle V(t)V(t’)rangle =2Rktdelta (t-t’)}

の関係をナイキストの定理という。この関係式は、角振動数

ω{displaystyle omega }

に対する電気伝導度

σ(ω){displaystyle sigma (omega )}

ω{displaystyle omega }

によらず

σ(0){displaystyle sigma (0)}

に等しい領域で成立する。これは一般の線形応答理論から基礎づけられる。これも歴史的には1つの揺動散逸定理の発見の例になっている[1]

歴史的背景[編集]

標本化定理はハリー・ナイキストが1928年に予想しており、これに対して1949年のクロード・シャノンの証明が有名である。そのため、シャノンの標本化定理ナイキスト=シャノンの標本化定理と呼ばれることが多い。

しかし、その後の研究で、シャノンとは独立に標本化定理を証明していた人物が次々と見つかった。ソビエト連邦のウラジーミル・コテルニコフ(1935年)、ドイツのH.P.ラーベ(1938年)、日本の染谷勲(1949年)の論文が発見され、それぞれ標本化定理を証明した数学者として取り上げられた。このうちコテルニコフは1999年にドイツのエドゥアルト・ライン財団から「標本化定理を最初に証明した」として基礎研究賞を受賞している。

また、標本化定理の展開式と同じものを補間法の公式として、イギリスのエドマンド・テイラー・ホイッテーカーが1915年に証明している。そのため、ホイッテーカーも標本化定理の証明者としてみなされる場合がある。またホイッテーカーの証明方法からの日本の小倉金之助の論文(1920年)が、世界で最初の標本化定理の証明であると、2011年にブッツァーらによって発表されている。

注釈[編集]

  1. ^ (注)“以上” ではない。

出典[編集]

  1. ^ 『物理学辞典』 培風館、1984年

関連項目[編集]