小縣裕介 – Wikipedia

小縣 裕介(おがた ゆうすけ、1971年9月29日 – )は、朝日放送テレビ[1](ABCテレビ)のアナウンサー。

兵庫県神戸市北区の出身(出生地は新潟県長岡市)で、兵庫県立兵庫高等学校と関西学院大学経済学部を卒業。大学卒業後の1994年に、朝日放送(ABC:旧法人)へ入社した。

実際には、アナウンサー試験の前にABC主催のアナウンス講習会へ参加したところ、講師陣(当時現役のスポーツアナウンサーだった太田元治など)から総合職向け採用試験の受験を勧められた。後に総合職で採用されることが内定したため、総合職向け試験の後に組まれていたアナウンサー試験も受けたものの、最終面接にまで残りながらアナウンサーとしての採用をいったん見送られた。この時のアナウンサー試験では男性2名の採用が内定。小縣も他の放送局からアナウンサーとしての採用内定を伝えられていたが、清水次郎と共にABCへの入社が内定していた大学生が、後に内定を辞退した。ABCでは、以上の事態を受けて、正式入社後に営業部への配属を予定していた小縣をアナウンサーとして採用することを検討。最終面接の試験官で、面接時のフリートークの面白さを評価していた道上洋三や安部憲幸(いずれも当時はアナウンス部の管理職)が小縣の採用を強く推薦したこともあって、結局は清水と揃ってアナウンサーとしての入社を認められた。

ABCへの入社後は、中原秀一郎や西野義和(いずれも当時はアナウンサーとして在籍)の下で新人研修を受けた後に、清水と共にスポーツ中継の実況を任されてきた。スポーツ中継では、主に野球・サッカー・ゴルフを担当。その一方で、音楽番組やスポーツ情報番組を中心に、ラジオパーソナリティを長年務めてきた。

ABCラジオでは、『ABCミュージックパラダイス』(『ミューパラ』の愛称で知られる深夜の音楽番組)で、1995年の1月から13年以上にわたってパーソナリティを担当。同番組でのリスナー投票をきっかけに、ニックネームの「ガッチ」が放送で定着した。『ミューパラ』は降板後の2009年6月でレギュラー放送をいったん終了したものの、小縣は2021年10月改編での「再起動」(放送再開)に際しても、諸般の事情から同月13日(水曜日)に1日限定でパーソナリティを務めた。また、『F.C.オフサイドトーク』(サッカー情報番組)、『ガッチ The Music』(音楽番組)などのパーソナリティも歴任。日曜日午後のワイド番組『SUPER SUNDAY ガッチとジロー』では、「ジロー」こと清水とのコンビで生放送を進行していた。同番組の終了後も、清水が高校教諭への転身を視野に2016年6月にABCを退社するまで、スポーツアナウンサーとして野球中継やスポーツ関連番組で清水とたびたび共演している。

サッカーの取材歴も豊富で、1997年にはABCラジオのリポーターとして、「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれた1998 FIFAワールドカップのアジア第3代表決定戦(日本対イラン戦)を取材。FIFAワールドカップでも、フランス(1998年)・ドイツ(2006年)の両大会にABCから取材リポーターとして派遣された。

2009年9月14日から2011年9月30日までは、ABCテレビ夕方のニュース番組『NEWSゆう+』に、2代目のメインキャスターとして出演していた。同番組のキャスター就任を機に野球中継の実況からいったん離れたものの、スポーツアナウンサーとしての活動は継続。2009年12月28日までは、毎週月曜日の同番組本番終了後に、生放送の『F.C.オフサイドトーク』にも出演していた。2010年にも、2010 FIFAワールドカップ期間中に『F.C.オフサイドトーク』の特別番組でパーソナリティ、『マイナビABC チャンピオンシップゴルフトーナメント』のテレビ中継(土・日曜日放送分)で実況をそれぞれ担当。同年9月から2011年3月までの『NEWSゆう+』では、同番組を放送しない週末に自らスポーツ選手へ取材した模様を、月曜日のコーナー「月曜ガッチスポーツ」で自ら報告していた。

その一方で、2011年度のナイターオフ期間には、ABCラジオで『おっちゃんラジオ』火曜日「小縣裕介のガッチ・ザ・グレイト」のパーソナリティを担当。2012年からは、清水と共にデスク業務へ就くかたわら、スポーツアナウンサーとしての活動を本格的に再開している。2015年1月9日には、椎間板ヘルニアで療養中の武田に代わって、『武田和歌子のぴたっと。』の全編でパーソナリティを務めた[2]

2015年度には、新人アナウンサーの研修を初めて担当(対象者は福井治人)。2017年2月1日付で、ゼネラルアナウンサーに昇格した。これを機に、スポーツ担当のゼネラルアナウンサーのうち、同年の誕生日で定年(60歳)に達する楠淳生が嘱託アナウンサーに移行した(楠は2018年3月31日付の退職を経てフリーアナウンサーへ転身)。

2020年度には、スポーツアナウンサーのデスク(勤務管理)業務を担当。2021年6月の定期人事異動で、ゼネラルアナウンサーより上位の役職であるアナウンス部長待遇へ昇進した。

その一方で、ABCラジオでは2021年11月19日から、金曜日に『おはようパーソナリティ道上洋三です』のパーソナリティ代理を務めている。道上が2021年9月に脳梗塞を発症してから入院加療とリハビリに専念することに伴う措置だが、道上に復帰の目途が立っていないことから、同局では関係者による協議の末に『 – 道上洋三です』を2022年3月25日(金曜日)で終了させることを決定。翌週(3月28日)から後継番組として『おはようパーソナリティ小縣裕介です』が月 – 木曜日・『おはようパーソナリティ古川昌希です』が金曜日に編成されることに伴って、後輩アナウンサーの古川と共に「おはようパーソナリティ」の座を道上から正式に引き継ぐ[3]。その一方で、「(パーソナリティとの)二刀流」と称して、同番組が放送されない金 – 日曜日から(週5日の勤務を基調に朝日放送テレビが設けている社内規定に沿って)1日をスポーツ中継の実況・リポートに充てる[4]

私生活では、2003年10月に武田和歌子(7歳年下の同僚アナウンサー)と結婚。結婚してからも、『武田和歌子のぴたっと。』シリーズ(ABCラジオ)などの番組で「夫婦共演」を何度も果たしている。

人物・家族[編集]

朝日放送では小縣が入社した旧法人時代に第2代の本社屋をABCセンター(大阪市北区大淀南)内へ構えていたが、朝日放送グループホールディングスの認定放送持株会社化によるテレビ・ラジオ放送事業の分社化(2018年4月1日)を経て、同年5月19日からグループの本社機能をほたるまち(大阪市福島区)へ移している(ABCセンターは後に解体)。小縣によれば、祖母は1966年にABCセンターが建設されるまで、同センターの敷地に当たる地域で暮らしていたという。

実父は生命保険会社へ長らく勤務していて、日本国内で転勤を繰り返していた。新潟県長岡市へ赴任していた時期に、現地の病院で小縣が出生。小縣は家族と共に3歳まで長岡市内で暮らした後に、兵庫県西宮市内の社宅を経て、小学校時代から神戸市北区内の実家で生活を始めた。ちなみに、後輩のスポーツアナウンサーである福井治人・大野雄一郎も神戸市北区(小縣の実家近くの地域)の出身で、小縣に続いて兵庫高校を卒業している。

道上との縁は深く、2013年に他界した実父は、道上と同じく1943年に出生したという。また、前述したように、朝日放送への入社試験ではアナウンサーとして採用することを強く推薦。小縣は、入社から29年後に「おはようパーソナリティ」の座を古川と共に道上から引き継いだ。『おはようパーソナリティ小縣裕介です』のスタートに際しては、「我が家ではラジオから(平日に)毎朝『おはようパーソナリティ道上洋三です』が流れていて、その番組では元気なおっちゃん(阪神タイガースのファンであることを公言している道上)が(阪神が放送前日の試合に勝っていれば球団歌の)『六甲おろし』を歌っていた。その人(道上)が(朝日放送のアナウンサー試験で)周囲が反対する中(自分の採用を)強く推薦してくれたおかげで、(自分は)アナウンサーとしての第一声をその番組(『おはようパーソナリティ道上洋三です』)で果たせた」とのコメントを寄せている[5]

後輩アナウンサーの武田と結婚したきっかけは、(武田が入社した2001年時点のABCで2名のアナウンサーが分担していた)宿直勤務中の意気投合で、同姓(男性)であっても親友になれそうな武田の性格に惹かれたという。実際には「武田が野球中継でリポートや実況を担当していた時期から交際が自然に始まった」とのことで、2013年の結婚直後に阪神タイガースがセントラル・リーグで18年振りに優勝したことから、優勝の祝勝会では自身がラジオ・武田がテレビで中継リポートを分担していた。ちなみに、小縣の両親も社内結婚で、実母は実父より8歳年下とのことである。

特技・資格[編集]

10歳(小学校4年時)からサッカーを始めていて、中学校・兵庫高校への在学中には校内のサッカー部で活動[6]。練習の一環で取り組んでいたリフティングを最高で4,500回まで続けたことがあるほか、関西学院大学への入学直後にも、体育会のサッカー部へ籍を置いていた。

朝日放送への入社後は、神戸市内の社会人サッカーリーグに参加しているチーム(兵庫高校サッカー部のOBで組織)で、現在に至るまで休日にプレーを続けている[6]。『おはようパーソナリティ道上洋三です』では、パーソナリティ代理を務める前にも、サッカーの話題を扱う際に「朝日放送で最もサッカーに詳しい”ガッチ”」として電話で出演することがあった。

その一方で、サッカー審判・スキューバダイビング・アスリートフードマイスターのライセンス[6]、書道2段、英検2級の資格といった保有。本人によれば、スキューバダイビングを始めたのは関西学院大学への在学中からで、「部活動だけで学生生活を全うするのはもったいない」という理由でサッカー部を辞めたことがきっかけだったという。

趣味・嗜好[編集]

カレーやトマト[7] が大好物。武田と結婚するまでは、「夜のクラブ活動」に励んでいることを『TVスター名鑑』(東京ニュース通信社)などのアナウンサープロフィールで明記していた。結婚後も、ラジオの音楽・トーク番組でパーソナリティを任される際には、「三ノ宮の虎」と称して「夜のクラブ活動」でのエピソードを披露している。

ランニングが趣味であることも公言しているが、本人曰く「何事に対しても『折り返し』という意識を持ちたくない」とのことで、「自宅から5km以上の距離を走る時は(あらかじめ目的地を決めない)『行きっ放し』で、(スマートフォンに内蔵のアプリから)radikoを通じてラジオ番組を聴きながら行けるところまで行った後に、あえて電車で帰宅するようにしている」という[6]

出演番組[編集]

現在[編集]

テレビ[編集]

  • ABC NEWS(不定期、スポーツアナウンサー時代にはプロ野球シーズン中でも担当)
  • 野球中継
  • スーパーベースボール(実況・ベンチリポーター・ヒーローインタビュアー)
    • 『NEWSゆう+』のメインキャスターへ起用されたことを機に、2009年9月上旬でいったん降板。2012年度から復帰。『おはようパーソナリティ小縣裕介です』の放送を開始する2022年以降も、土・日曜日に限って担当を継続する。
  • 『スーパーベースボール』と同じく、2009年9月上旬でいったん降板。2012年度から復帰。

ラジオ[編集]

  • ABCフレッシュアップベースボール実況・ベンチリポーター・ヒーローインタビュアー
    • 『スーパーベースボール』と同じく、2009年9月上旬でいったん降板。2012年度から復帰。
    • 復帰後は阪神タイガース戦が中心のため、オリックス・バファローズ戦は、セ・パ交流戦における関西ダービーの対阪神戦と対広島東洋カープ戦が週末開催となった時の中国放送(RCC)への裏送り以外は担当機会が少ない。その一方で、『おはようパーソナリティ小縣裕介です』の放送を開始する2022年以降も、金 – 日曜日に限って担当を継続する。
  • ラジオで虎バン!
    • 他のスポーツアナウンサーと交互に、「タイガースヘッドライン」(阪神タイガース関連のニュース・取材報告コーナー)を随時担当。
  • ABCニュース(不定期)
    • 『NEWSゆう+』の終了直後には、土曜日の午前中に「ニュースデスク」の肩書で出演していた。ニュースデスク制度の廃止後は、他のスポーツアナウンサーと比べて担当機会が非常に少ない。
  • おはようパーソナリティ小縣裕介です(2022年3月28日 – )
    • パーソナリティへの就任に際しては、全国高等学校野球選手権大会の期間中(8月上 – 中旬)や大会終了後の夏季休暇中に加えて、それ以外の期間で放送日(月 – 木曜日)が祝日と重なる場合にも(朝日放送グループの内規に沿って)休演することをあらかじめ表明している[6]
    • 前身番組の『おはようパーソナリティ道上洋三です』にも、「スポーツの話題」を扱う場合に随時出演していたほか、一時はシフト勤務の一環で番組内の定時ニュース(『朝日新聞ニュース』→『ABC 朝日ニュース』→『ABCニュース』)を担当していた。道上が脳梗塞を発症したことを受けて、2021年11月19日放送分から、金曜日のパーソナリティ代理を担当。道上に復帰の目途が立たないまま2022年3月25日(金曜日)で45年間にわたる歴史に幕を閉じることが決まったため、「番組45周年記念テーマソング」として道上の脳梗塞発症前(2021年1月)から制作が進められていた『虹へ』の歌唱レコーディング(2022年3月8日)にも、「おはようパーソナリティ」の後継者として古川と揃って参加。最終回では道上の出演が叶わなかったため、「毛筆でしたためた」という道上への「送辞」をエンディングパートで朗読した後に、道上へのエールを交えながら『六甲おろし』を独唱することによって45年間の放送を締めくくった[8]
      • 『おはようパーソナリティ』シリーズでは、日本プロ野球(NPB)のシーズン中で阪神タイガースが前日に組まれていた試合で勝利した場合に、「スポーツの話題」(7時台後半のスポーツコーナー)でパーソナリティとアシスタントが(代演者を含めて)球団歌の『六甲おろし』を放送中に熱唱することが恒例になっている。この場合には『ABCフレッシュアップベースボール』での実況が収録された音源(または報道素材として収録された音源)からハイライトシーンを放送するため、『おはようパーソナリティ小縣裕介です』では、(金 – 日曜日に)『フレッシュアップベースボール』向けの中継で阪神の勝利を実況した後に(翌週月曜日の)「スポーツの話題」で自身の実況音源を流しながら『六甲おろし』を熱唱することになっている。
      • 妻の武田和歌子は、派生番組の『道上洋三の健康道場』(事前収録番組)に2021年4月から出演中。本来はアシスタントを務めているが、2021年10月から2022年3月までの放送分では、脳梗塞を発症した道上に代わって単独で進行していた。『おはようパーソナリティ道上洋三です』でも、同様の事情から、小縣の前に金曜日限定でパーソナリティ代理を経験している。

過去[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

  • F.C.オフサイドトーク(番組開始 – 2009年12月28日)司会・進行を担当
  • サッカー関連番組(実況中継など)のスタジオ担当
  • ABCミュージックパラダイス(1995年1月12日 – 2008年3月24日)パーソナリティ
  • ガッチ The Music 土曜朝のカウントダウン – メインパーソナリティ
  • SUPER SUNDAY ガッチとジロー(1999年4月 – 2001年3月)パーソナリティ
  • 突撃!ガッチ DA J
  • HOP CLUBの放課後ダイヤリー(2001年4月6日 – 2004年9月25日)
  • 近鉄バファローズアワー
  • 元気イチバン!!ぶっちぎりプレイボール(2008年度)リポーター、火曜日担当
  • チャレンジャースピリッツ スポーツ応援プロジェクト(2004年度のナイターオフ番組、日曜18:00 – 19:00)
  • MY LUCK MY WAY(2005年度のナイターシーズン番組、月1回程度不定期で放送)
  • ABCラジオ創立60周年記念『みんなでGO!GO!60周年』(2010年11月13日)
  • おっちゃんラジオ火曜日「小縣裕介のガッチ・ザ・グレイト」(2011年度のナイターオフ番組)
  • 民放ラジオ統一キャンペーン 地震への備え(2011年11月7日 – 11日、17:25 – 17:30)
    • 妻の武田がパーソナリティを務めるナイターオフ番組『スポーツにぴたっと。』の放送枠の一部を期間限定で分割。同番組の直前に放送した。
  • オフでもトコトン虎バン主義パーソナリティ(2012年度のナイターオフ番組、『日曜スペシャル』枠で不定期放送)
  • 小縣裕介のちょびっと(2016年1月25日 – 27日)
    • 2日目放送直前の『武田和歌子のぴたっと。』第1部エンディングでは、リスナーから1日目の感想が寄せられ、武田や井之上チャルはその話題で盛り上がっていた。
  • 武田和歌子のぴたっと。
    • ナイターオフ期間に放送の『スポーツにぴたっと。』(2010 – 2012年度)→ 第2部(2013 – 2015年度)を中心に、スポーツアナウンサーとして不定期で妻の武田と共演。『武田和歌子の野球にぴたっと。』(『ABCフレッシュアップベースボール』の前座番組)にも、実況・ベンチリポーター担当日を中心に出演していた。
  • ガチ虎!(2016 – 2020年度のナイターイン番組)
  • 堀江政生のほり×ナビ(2016年度のナイターオフ番組)
    • 『武田和歌子のぴたっと。』第2部時代の企画を引き継いだ第1部(18時台)に不定期で出演。
  • 伊藤史隆のラジオノオト(2017年度以降のナイターオフ番組)
    • 「虎バンアナウンサー」として、他のスポーツアナウンサーと交互に、2019年度まで18時台の「スポーツヘッドライン」を担当[9]
  • 桑原征平粋も甘いも「粋甘流☆美女と野獣NEO」(2017年9月。同月のお題「クワ尾芭蕉の一句」にて、前フリである「名月や」の声を担当[10]
  • 田淵麻里奈の夜遊びはココから(2020年4月30日・5月7日・5月14日)
    • パーソナリティの田淵麻里奈が体調不良で休演したことに伴って、「三ノ宮の虎」と称してパーソナリティ代理を担当。いずれも、『ラジオで虎バン!』に続いて出演した。
  • 小縣裕介のナイスじゃナイト!
    • 『小早川秀樹のナイスじゃナイト!』として放送されていた時期(2021年4月24日・11月6日放送分)に、当時パーソナリティを務めていた小早川秀樹の代理として出演した。朝日放送ラジオが2021年度のナイターオフ編成を2021年11月第2週から本格的に適用することを機に、パーソナリティを小早川から正式に引き継いだうえで、『小縣裕介のナイスじゃナイト!』として同月13日から2022年3月26日まで放送。

主な実況実績[編集]

外部リンク[編集]