ギョクハン・インレル – Wikipedia

ギョクハン・インレル
スイス代表でのインレル (2015年)
名前
ラテン文字 Gökhan Inler
基本情報
国籍 スイス
トルコ
生年月日 (1984-06-27) 1984年6月27日(37歳)
出身地 オルテン
身長 183cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム イスタンブール
ポジション MF (CH)
背番号 84
利き足 右足
ユース
1989-1998 オルテン
1998-2002 ゾロトゥルン
2002-2004 バーゼル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004 バーゼル 0 (0)
2005-2006 アーラウ 25 (3)
2006-2007 チューリッヒ 52 (3)
2007-2011 ウディネーゼ 141 (6)
2011-2015 ナポリ 118 (9)
2015-2016 レスター・シティ 5 (0)
2016-2017 ベシクタシュ 14 (0)
2017-2020 イスタンブール 44 (1)
2020- アダナ・デミルスポル 3 (0)
代表歴
2005 スイス U-21 3 (0)
2006 トルコ U-21 1 (0)
2006-2015 スイス 89 (7)
1. 国内リーグ戦に限る。2020年7月26日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

ギョクハン・インレルGökhan Inler, 1984年6月27日 – )は、スイス・ゾロトゥルン州オルテン出身のサッカー選手。アダナ・デミルスポルK所属。ポジションはミッドフィールダー。トルコにルーツを持つ。姓はインラーとも表記される。

FCバーゼルの下部組織でプレーした後、フェネルバフチェSKと契約寸前までいくも最終的には契約まではいたらず、その後FCアーラウでプロデビューを果たす。FCチューリッヒではブレリム・ジェマイリやシャビエル・マルガイラス等と共にクラブの2連覇の中心選手として活躍した。2007年、FCチューリッヒ時代の監督リュシアン・ファーヴルが指揮を執ることになったドイツのヘルタ・ベルリンではなくイタリアのウディネーゼ・カルチョに移籍。新加入ながら中盤の要としてガエターノ・ダゴスティーノと共に奮闘し、チームのUEFAカップ出場権獲得に貢献。

2011年7月11日、SSCナポリに5年契約で加入した。同胞のブレリム・ジェマイリと同じチームでプレーすることになった。

2015年8月19日、レスター・シティFCに3年契約で加入[1]。退団したエステバン・カンビアッソの後釜として期待されたが、エンゴロ・カンテやダニー・ドリンクウォーターがブレイクしたこともあり、チームはクラブ史上初となるリーグ優勝を達成したものの、自身は5試合の出場に留まった。

2016年8月31日、トルコのベシクタシュJKに完全移籍[2]

2006年9月2日、ベネズエラ代表戦でラファエル・ヴィッキーとの交代で途中出場し出場しスイス代表デビューを果たす。UEFA EURO 2008、2010 FIFAワールドカップにも招集され、2014 FIFAワールドカップではキャプテンとしてベスト16進出に貢献した。

UEFA EURO 2016では、レスターで控えに甘んじていたことが原因で本大会に向けた候補メンバー28名から外される結果となった[3]

人物・エピソード[編集]

  • レスター・シティFC時代のチームメイトでプレミアリーグ優勝を共に経験した岡崎慎司は、インレルについて「何カ国語も話せる語学力がある」と語っている[4]

タイトル[編集]

チューリッヒ
  • スーパーリーグ : 2 (2006, 2007)
ナポリ
  • コッパ・イタリア : 2 (2011-12, 2013-14)
  • スーペルコッパ・イタリアーナ : 1 (2014)
レスター・シティ
  • プレミアリーグ : 1(2015-16)
イスタンブール・バシャクシェヒル
  • スュペル・リグ : 1 (2019-20)

外部リンク[編集]