中華人民共和国の最高指導者一覧 – Wikipedia

中華人民共和国の最高指導者一覧(ちゅうかじんみんきょうわこくのさいこうしどうしゃいちらん、簡体字中国語:中华人民共和国最高领导人、繁体字中国語:中華人民共和國最高領導人、英語:Paramount Leader of People’s Republic of China)は、中華人民共和国の政策決定について最終決定権を行使した最高指導者と呼ばれる人物の一覧である。

中華人民共和国の政治構造は憲法に明記されているように、中国共産党(以下は党と表記する。)が国家を領導する[1]。従って、党の最高指導者(党首)が国家の最高指導者(最高領導人)となる。

党の最高指導者は党則上党総書記(1982年以前は中央委員会主席)であるが、1978年12月の鄧小平のように、党の最高職に立たずに最高指導者となった事例もある。これは、党の最高職である主席・総書記と、党軍で事実上の国軍でもある中国人民解放軍を統帥する党中央軍事委員会主席を務める人物が分かれていたからである。鄧小平は権力の源泉となる軍の統帥権者である党中央軍事委員会主席の地位を確保し、自身の腹心の配下である胡耀邦・趙紫陽らを党総書記に据えることで主導権を掌握した。鄧小平は1987年10月の第13回党大会で党中央委員・中央政治局常務委員を退いたものの、党中央軍事委員会主席の地位は確保し、さらに第13期1中全会で、党中央政治局の重要決定に関する最終決定権を承認された。その後、1989年6月の第2次天安門事件を受けて開催された第13期5中全会で、鄧小平は党総書記の江沢民に党中央軍事委員会主席を譲って「完全引退」を宣言して無位無官の身となったが、以後も江沢民の後見役として1992年2月末に「南巡講話」を発表し、改革開放路線を推し進めるよう党指導部に迫るなど、最高実力者として振舞った。

同年10月の第14回党大会において江沢民体制が確立したことにより、鄧小平から江沢民へ最高指導者としての地位が移行した。江沢民は党総書記・中央軍事委員会主席と共に1993年3月に国家元首である国家主席に就任し、党・国家・軍の3権を掌握した。これは毛沢東が国家主席に在職(1954年9月 – 1959年4月)していた時以来の事である。党の最高指導者が党・国家・軍の最高職を独占する権力集中体制は、次代の胡錦濤と2代後の習近平体制にも継承された。

実権を握る歴代の最高実力者[編集]

※太字の人物は「党中央の核心」と位置付けられた人物。

現在の党・国家最高指導者[編集]

現在

存命中の党総書記経験者[編集]

1997年2月19日に鄧小平元軍事委員会主席が逝去したことで、存命中の党総書記経験者は全員1978年12月の改革開放以降に就任した人物のみとなった。

参考文献[編集]

  • 曽憲義・小口彦太編『中国の政治 開かれた社会主義への道程』(早稲田大学出版部、2002年)
  • 毛里和子『新版 現代中国政治』(名古屋大学出版会、2004年)
  • 高橋和之編『新版 世界憲法集』(岩波書店〈岩波文庫〉、2007年)
  1. ^ 上下関係を前提とする指導である。

関連項目[編集]