Month: October 2019

ジャカルタ日本人学校 – Wikipedia

ジャカルタ日本人学校(正式:日本国大使館付属ジャカルタ日本人学校 英語:Jakarta Japanese School)はインドネシアの首都ジャカルタにある[注 1]、在インドネシア日本人のための初等、中等(中学校)教育を行う日本人学校。略称はJJS。 1968年 日本語補習学校開校 1969年 TEBET UTARAにて日本国大使館付属ジャカルタ日本人学校として開校(在籍児童11名) 1970年 文集「みなみ十字」第1号完成 1970年 第1回卒業式(小学部男子1名、女子1名) 1970年 中学部併設 1971年 幼稚部入園式 1972年 小中学部がPASAR

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薬丸兼成 – Wikipedia

この項目では、戦国時代の島津氏家臣の薬丸壱岐守について説明しています。江戸時代の剣客の薬丸新蔵については「薬丸兼成 (新蔵)」をご覧ください。 薬丸 兼成(やくまる かねしげ)は戦国時代の武将。島津氏の家臣として多くの合戦に参加し手柄を立てた。 江戸時代初期の剣客、薬丸兼陳の祖父。諱の兼成よりも一般には薬丸壱岐守の名で知られる。薬丸氏は伴姓肝付氏の庶流を称す。島津氏に仕官したときの石高は27石。 一般に薬丸兼将(湖雲)の孫、兼持の子と言われるが、系譜は伝承されている系図によって相違がある[1]。元来は肝付氏の家臣で、主君の肝付氏が島津氏の傘下に入った際に兼成も同じく島津氏の家来となった。なお、27石で仕官したという[2]。 野太刀の達人として家中で名高く、島津氏の九州統一戦、朝鮮の役、庄内の乱、関ヶ原の戦いと、島津氏の重要な合戦の多くに参加し、手柄を立てた。 高城合戦が初陣だった瀬戸口藤兵衛という士は、剛勇名高い兼成を介添え役として手柄を立てた。瀬戸口は後の東郷重位(示現流開祖)である。孫の兼陳が示現流を学んだのはこの縁による。朝鮮の役の際にはすでに白髪の老人であったが、名高い武功者だったので召集され、期待通りに活躍した。 関ヶ原の戦いでは、敵中突破の後の退避行で伊賀上野城下を通った際、「島津兵庫まかり通る」と大声で名乗って堂々と通過するほどの豪の者であった、 戦功により縷々加増され、晩年にはおおよそ百石の知行があった。「薬丸家文書」[3]によると慶長6年に伊集院郷の福山村[4]栫屋敷高16石1升7合、伊集院郷の福山村[5]に浮免地として高4石1升7勺を加増されている。 島津氏の多くの合戦記録に薬丸壱岐守の名が記述されており、歴戦の武功者ぶりがうかがえる。 子の兼利が跡を継いだ。 墓所は鹿児島城下の浄土宗養泉山無量寺不断光院[6]。 ^ 島津綱貴が作らせた「諸家大概」では薬丸出雲守湖雲の子孫を薬丸為右衛門とし、同じく肝付家家臣薬丸伊豆の子孫を薬丸大炊兵衛としている。また、薬丸家系譜(『鹿児島市史Ⅲ』)では薬丸兼福から始まっており、兼福父で兼成の孫兼陳以前が省略されている ^ 本藩人物誌参照 ^ 「鹿児島市史Ⅲ」に掲載されている資料

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室谷真由美 – Wikipedia

室谷 真由美(むろや まゆみ、1973年8月28日 – )は、日本のモデル・タレント・女優・ビューティーフード研究家。特定非営利活動法人日本ヴィーガン協会理事長。ビューティーフード協会代表。株式会社AIS代表取締役。 ヴィーガンとしての活動[編集] ビューティーフードパーティー等を主催したり、各地へ呼ばれて講演やイベントでの広告活動等に参加したりするうちに、より多くの人に知ってもらうために書籍『東京ダイエットグルメ 』TBSサービス(2011年)を発売。そのころからビューテーフード研究家としてヴィーガンという食生活を選択して、完全植物性の食事やライフスタイルを啓蒙するようになる。 テレビドラマ[編集] バラエティ・その他のテレビ番組[編集] ラジオ[編集] まゆみとDr.森下のバイオラジオ(Kiss FM神戸) STEP ONE(2017年〜J-WAVE)-ランチハンター ラジオ時事対談『おもてなしの心 ヴィーガン』(2019年11月7日、ラジオ日本)-ゲスト出演 MAKE MY DAY(2020年3月1日から29日の毎週日曜日、J-WAVE)-YOUR WELLNESS

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ユラテとカスティティス – Wikipedia

ユラテ[1](ユーラテ[2]、ユラタ[3]とも。Jūratė)と カスティティス[1](カスティリス[3]とも。Kastytis)は、リトアニアで最も有名かつ身近な伝説や民話の一つに登場する女性と男性である。彼らの物語は、Liudvikas Adomas Jucevičius によって1842年に書き記されたのが最初である。それ以後、物語はたびたび現代詩やバレエ、時にはロック・オペラにさえ翻案された。 あらすじ[編集] あらすじはヴァリアントによって若干の違いがあるが基本的な要素は同じである。女神[4]のユラテ[注釈 1]は、バルト海の中にある琥珀でできた美しい宮殿に住んでいた。彼女は海と海に住む生き物すべてを支配していた。さて、カスティティスという名のある若い漁師が、多くの魚を獲って平穏を乱していた。ユラテは、カスティティスを罰して平穏を取り戻そうとしたが、この美しい漁師との恋に落ちてしまった。二人はしばらくの間、宮殿で楽しい時を過ごした。しかし、雷神ペルクナス[注釈 2]が、不死である女神が死を定められた人間との恋に落ちたことを知った。ペルクナスは激怒し、琥珀の宮殿を攻撃した。宮殿は砕け散って無数の破片になった。ペルクナスによって、カスティティスは殺され、ユラテは海底の廃墟または岩に鎖で繋がれた[1][2]。 伝説によると、バルト海の上で嵐が起こった後に、岸辺に琥珀の破片が流れ着くのはこの出来事に由来するという。岸辺に打ち寄せられる琥珀の破片は、カスティティスの死を悲しんだユラテの涙であり、特に大きな破片は宮殿のかけらだという[1][2]。そしてまた、ユラテはこんにちでも彼を哀悼しており、人々は海でユラテの悲しげな声を聞くことができるという。 詩人シェミェンスキによる伝説[編集] ポーランドの詩人ルツィヤン・シェミェンスキ(ポーランド語版)(1809年 – 1877年)は、ポーランドや近隣国の伝説を収録した『ポーランド、ロシア、リトワニアの伝承と伝説 (波: Podania i legendy polskie, ruskie

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ツィター属 – Wikipedia

この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。出典検索?: “ツィター属” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2018年9月) ツィター属(ツィターぞく、チター属)は弦楽器の分類のひとつ。ヨーロッパ・チロル地方の撥弦楽器であるツィターに由来する。琴属とも。 ツィター属はザックス=ホルンボステル分類のような楽器分類学上の厳密な分類ではない。したがって内容は広義にわたり、ツィターに類する形状・奏法をもった楽器に限定する解釈からビリンバウのような楽弓も含めるものまで存在する。ただし一般的には、ツィターのようなものの総称、すなわち「共鳴体に弦を平行に張ったもので、かつリュート属のようなネックを持たないもの」を総体的に指すことが多い。結果リュート属と比べると比較的大型で、箱状の共鳴胴と多数の弦をもち、撥弦もしくは打弦によって演奏するものがもっぱらツィター属とみなされ、これがツィター属の定義にも再帰的に反映されている。 ツィターやカーヌーンがツィター属に含まれることは明白であるが、チェンバロのような鍵盤楽器、またはダルシマーに代表される打弦楽器の扱いが争点となりうる。ダルシマーはその形状においてツィターと類似しているものの、弦を振動させる方法が異なる。ツィターがプレクトラムを用いて弦を弾くのに対し、ダルシマーは弦を叩くことによって弦の振動を得るためである。しかしツィター属の定義が楽器の構造にある以上、ダルシマーもツィター属に含めるのが一般的である。 一方チェンバロは鍵盤楽器とみなされ、分類上はともかく一般にはツィターの類縁とされない。しかしツィターとチェンバロの相違はツィターが親指に装着したプレクトラムで弦を弾くのに対し、チェンバロがプレクトラムを鍵盤によって操作する点程度であり、原理においてツィターとほぼ一致している。ツィター属の定義は視覚的なものに大きく依存しているといえよう。 ヨーロッパ[編集] 撥弦楽器 ツィター、チェンバロ、オートハープ(アメリカ)、カンテレ(フィンランド) 打弦楽器 ピアノ、ツィンバロム(ハンガリー)、ダルシマー(イギリス) アジア[編集] 撥弦楽器

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Flamingo/TEENAGE RIOT – Wikipedia

「Flamingo/TEENAGE RIOT」(フラミンゴ/ティーンエイジ・ライオット)は、日本のミュージシャン・米津玄師のシングル。「Flamingo」「TEENAGE RIOT」の2曲を表題とする両A面シングルである。米津にとってメジャーデビュー通算9作目、ソニー・ミュージックへ移籍して以来5作目となる作品。 楽曲構成 Flamingo 「Flamingo」はR&B色の強いファンキーなミニマルサウンドと、時代錯誤とも言える日常語外の日本語詞を演歌風の歌唱法を折衷した先鋭的な楽曲である[1]。元々は明確なコンセプトがなく、漠然とフォルクローレを意識して制作されていたが、いつしか島唄や都々逸の日本民謡へと繋がりを持ち、コブシを効かせた特徴的な歌唱法が確立された[2]。随所に入る笑い声や話し声、咳払いやスキャットのサンプルボイスが特徴的である。 TEENAGE RIOT 「TEENAGE RIOT」は、米津が自らの過去を主題に置いた楽曲である。元々は前作「Lemon」のカップリングとして制作されており、バラードである「Lemon」と違った曲調が意識された[3]。楽曲名はソニック・ユースが発表した同名の楽曲「Teen Age Riot」(アルバム「デイドリーム・ネイション」に収録)を踏襲しており、楽曲名ありきで制作された(楽曲名は直訳すると「10代の暴動」となる)、初期衝動を感じさせるクールなギターサウンドである[4]。ギタリストとして真壁陽平、ベーシストとしてストレイテナーなどで活動する日向秀和[5]、ドラマーとして玉田豊夢が演奏に参加した[6]。 ごめんね インディーゲーム『Undertale』をプレイした米津が、ゲームの「勝手な」イメージソングとして製作した楽曲。米津自身もこの楽曲を気に入っており、製作途中で「この曲を含めてトリプルA面にしよう」と言い出し、スタッフを困らせたと言う[7]。 仕様・アートワーク 仕様 「Flamingo / TEENAGE RIOT」は、米津がこれまでにリリースしたシングル同様、初回盤は3形態(「フラミンゴ盤」、「ティーンエイジ盤」、「通常盤」)でリリースされた。「フラミンゴ盤」には「Flamingo」のスペシャルビデオが収録されたDVDとスマホリング、「ティーンエイジ盤」には5つのサイコロが付属する[8]。初回盤は形態に関わらず、「米津玄師

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大牟田市 – Wikipedia

おおむたし 大牟田市 おおむた『大蛇山』まつり 大牟田市旗 大牟田市章1956年4月制定 国 日本 地方 九州地方 都道府県 福岡県 市町村コード 40202-8 法人番号 8000020402028 面積 81.45km2 総人口 108,927人 [編集](推計人口、2022年3月1日) 人口密度

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スパロークリーク 野良犬たちの長い夜 – Wikipedia

『スパロークリーク 野良犬たちの長い夜』(スパロークリーク のらいぬたちのながいよる、The Standoff at Sparrow Creek)は、2018年のアメリカ合衆国のスリラー映画。 監督はヘンリー・ダナム、出演はジェームズ・バッジ・デールとブライアン・ジェラティなど。 銃乱射事件の犯人をめぐって極右組織の男たちが繰り広げる心理戦を描いている[2]。 2018年9月に開催された第43回トロント国際映画祭(英語版)で初上映された[3]後、本国米国では2019年1月に一部の劇場で限定公開された[1]。 日本ではヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催された「未体験ゾーンの映画たち2020」で上映された[2]。 ストーリー[編集] 警察官の葬儀で銃乱射事件が発生した夜、極右民兵組織の倉庫から1丁の自動小銃が消える。警察無線でやり取りされる情報から、銃乱射事件に用いられたのは消えた自動小銃であることがわかる。また、それを盗み出すことができるのは組織のメンバーだけであることから、リーダーのフォードは、警察との全面戦争を避け、組織とは無関係の単独犯であることを示すため、犯人を探し出そうとするが、メンバーの男たちは互いに犯人ではないかと疑い、緊張を高めていく。フォードからの信頼の厚い、元警官のギャノンは、男たちへ尋問を開始する。極右組織に入ることになったそれぞれの事情や憎しみ、怒り、殺意が、徐々に明らかになっていく。 ギャノンはフォードと自分を除いた5人のメンバー(ノア、ベックマン、モリス、キーティング、ハッベル)を1人ずつ尋問する。その中でノアが実は潜入捜査官であり、その事実をギャノンだけが知っていることが示される。尋問の結果、ギャノンは容疑者をモリスとキーティングの2人に絞るが、フォードは遅刻して来たノアを疑い、ノアを含めた3人をそれぞれ分けて拘束し、再度ギャノンが尋問することになる。 白人至上主義グループの元メンバーで警官殺しの前科があるモリスはギャノンの追及に対して犯行を認めるが、供述内容に事実と異なる部分があったことから、すぐに嘘と判明する。モリスはギャングの報復で自分の娘が殺されたのを潜入捜査官が見て見ぬふりをし、その事実を警察が隠蔽した上、自分を「陰謀論を唱える変人」に仕立てたことへの恨みから、事件に対する世間の注目を集めるために嘘をついたのである。 一方、キーティングを見張るハッベルは、キーティングに今に至るまでの自分について語る。ハッベルは元建設事業者で、道路工事の際の作業員のミスで5人が亡くなる事故を起こしていたが、作業員と現場監督を庇って隠蔽工作を図ったものの、警察から減刑をちらつかされた現場監督が裏切り、事故の責任をハッベルらに押し付けるために嘘の証言をしようとしたことから、現場監督を殺害し、この町に逃げて来たのである。 これまで口が利けないと思われていたキーティングはギャノンの尋問の中で利けないふりをしていただけだったことが明らかになる。そしてキーティングは自分の知性の高さを誇示してギャノンを翻弄する。その中で、ギャノンは潜入捜査官時代に犯罪組織を摘発する理由を作るために、組織による犯行と見せかけて相棒を殺害することを上司に強要された過去を語る。この話を聞いたキーティングは犯行を認め、無線で警察に自白するが、既に複数の嘘の自白が寄せられていることから、警察はキーティングの自白を無視する。 この事態に、フォードははじめから最も疑っていたノアこそが犯人であると決めつける。ギャノンはノアを庇うが、フォードは聞く耳を持たない。実はノアはギャノンの弟であり、ギャノンはノアの無実を信じたかったのだが、ノアは兄に誇りを取り戻してもらいたくて銃乱射事件を起こしたとギャノンに告白する。ギャノンはフォードにノアが弟だと明かすが、フォードは無視し、ノアの首を括って殺そうとする。ところが、その途中で警察がやって来たことから、混乱に乗じてギャノンはノアを救い出して脱出する。するとそこには警察が銃を構えて待機していた。ギャノンとノアは腕を上げてひざまずき、降伏の意思を示すが、他のメンバーはフル装備で警察に対峙する。しばしの静寂の後に銃撃戦となり、ギャノンとノア以外のメンバーは全員死亡する。 実は葬儀での銃乱射事件をはじめとする警察無線で流れていた情報は全て、ギャノンの属する民兵組織を摘発するために組織内部を混乱させ、分裂させようと警察が画策した狂言だったのである。完全に騙されたギャノンはノアに銃口を向け、「なぜ言わなかった?」と問い質すが、ノアは冷静に「兄貴はもう警官じゃない」と答える。警察はギャノンを協力者と見なして逮捕せず、救いの手を差し伸べるが、ギャノンは複雑な思いで呆然と立ちすくむ。 キャスト[編集]

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ニコラス・スロニムスキー – Wikipedia

ニコラス・スロニムスキー(Nicolas Slonimsky, 1894年4月27日 – 1995年12月25日 )はロシア系アメリカ人の作曲家・指揮者・音楽評論家・辞書編集者・作家。 実名はニコライ・レオニードヴィチ・スロニムスキー(Nikolai Leonidovich Slonimsky (ロシア語: Николай Леонидович Слонимский))。サンクトペテルブルクに生まれる。両親はギリシャ正教に改宗したユダヤ人であり、スロニムスキーもロシア正教会で洗礼を受けた[1]。母方のおばイサベル・ヴェンゲーロヴァにピアノの手解きを受ける。 1923年にアメリカ合衆国に移住し、ロチェスター・イーストマン音楽学校に新設されたオペラ部門の伴奏者として働きながら、同校で作曲や指揮法の研究を続けた。2年後にボストンに移り、セルゲイ・クセヴィツキーの助手としてボストン交響楽団に勤める(但しスロニムスキーは、パリでクセヴィツキーのためにコレペティトールを務めたことがあった)。この間、ボストン音楽院やマルキン音楽院で音楽理論を指導し、ボストン・イヴニング・トランスクリプト紙やクリスチャン・サイエンス・モニター紙、エチュード紙に音楽評論家として寄稿するようになった[2]。 1927年にボストン室内管弦楽団を結成し、同時代の作曲家にこの団体のための作品を依嘱するなど、現代音楽の擁護者として活動した[3]。例えば1931年にはチャールズ・アイヴズの《ニューイングランドの3つの場所》を、1933年にはエドガー・ヴァレーズの13人の打楽器奏者のための《イオニザシオン》の世界初演を指揮している。 1958年に『ベイカー音楽家人名事典』の監修者を引き受け、1992年まで編集主幹を務めた。また、20世紀の音楽界におけるあらゆる重要な出来事をまとめた『1900年以降の音楽 Music Since 1900 』を執筆し、『音楽毒舌事典

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