坂田利夫 – Wikipedia

坂田 利夫(さかた としお、1941年(昭和16年)10月7日 – )は、日本のお笑い芸人。漫才コンビ「コメディNo.1」の元メンバー。

本名・地神 利夫(じがみ としお)。通称・アホの坂田。後輩芸人や年下の著名人や一般人からは坂田師匠と呼ばれている。

大阪府大阪市港区田中1丁目出身。吉本興業所属。独身。此花商業高等学校(現・大阪偕星学園高等学校)卒業。漫才コンビ時代にリリースしたキダ・タロー作曲の『アホの坂田』がイメージソングとして定着しており、舞台登壇時等は恒例のお約束として出囃子に使用される。

芸名は将棋棋士の坂田三吉に由来するが[1]、将棋は苦手。

  • 1950年(昭和25年)のジェーン台風の被害を受けて家も流されたため、幼少時の写真はほとんどない[6]。同じ境遇の芸人に、6代桂文枝がいる。
  • 子供の頃はたびたび知らない人やチンドン屋に付いて行ったりしたため、よく迷子になっていた。そのためついには「この子は病気です、どうか家にお届けください」と書かれた札を付けさせられたこともあった[7]
  • 芸人になったきっかけとなったのは、大ファンだった大村崑で、『番頭はんと丁稚どん』(毎日放送)も欠かさず観ていたという[8]
  • レコード『アホの坂田』が大ヒットした際、大阪の教育委員会から「サカタ姓の小中学生がからかわれたり、いじめに遭っている」との指摘を受け、放送局は一時この曲の演奏を自粛したり、レコード店もレコードの販売を一時見合わせる事態になり、坂田自身も言われのないバッシングを受けた。また、選抜高等学校野球大会の入場行進曲にも採用が検討されていたが、これらの事情により取り消しになったとの説もある[9](代わりに選ばれたのが水前寺清子の「365歩のマーチ」だった)。
  • 妹の結婚式で「ふつつかな妹ですが」と言うべきところを「ふしだらな妹ですが」と言っていた[10]
  • 愛するペットはイグアナで、爬虫類全般が好き。爬虫類以外の動物も好きであり、特に大きな動物が好き。一方、小さい動物はあまり好きではない[11]
  • 歩くことが大の苦手である。
  • ウナギが大好物である。自宅で食する時は何故か裸で食べる。他に好物は卵焼き、鮭、肉。逆に苦手な食べ物は鶏肉。鶏肉嫌いの原因は、子供の頃近所でニワトリを食用で飼っていて、それを捌くところも見たからという[12]
  • 家では裸で過ごすことが多く、その理由は怖がりなため、もし家に幽霊が出ても自分が裸でいれば「幽霊も恥ずかしがるかも」と思ったからだという。電灯やテレビを一晩中点けっ放しにすることもある[13]
  • 釣りが趣味。よしもとの芸人同士で組んだ「釣り協会」の会長を務めていたことがある[14]
  • 若手時代、先輩芸人から「ゆで卵を水なしで一気食いしたら小遣いをやる」と言われて実行し、黄身が喉に絡まって窒息死寸前になったことがある[15]
  • 1975年から1983年まで朝日放送他で放送されていた『あっちこっち丁稚』では、木村進、間寛平とともに、木金堂というカステラ店の丁稚役で出演していた(相方の前田五郎は、木金堂の主人役であった)。なお、デビュー当初から数年間は、相方の前田五郎とともに、吉本新喜劇でも活躍していた。
  • かつて富士通のパソコン・FMVシリーズのCMキャラクター“タッチおじさん”の声を担当していた際、富士通からパソコン一式を贈られた。
  • 航空機が大の苦手であり、遠方での仕事がある際には航空機に乗らずに鉄道などの交通機関を使用して現地へ移動する。北海道旭川市での仕事があった際にも23時間かけて陸路で現地へ向かったという[16]
  • 小豆島で仕事と言われて小豆島に行ったが、相方の前田が見当たらなかったため自分が聞き間違えたと思い込んで淡路島に行ってしまったことがある。結局その日の仕事は前田一人で務めた。この他にも、香櫨園(西宮市)と香里園(寝屋川市)を間違えたこともある[17]
  • 好きな言葉は「地球は舞台であり、人間は全て役者である」。みんな裸で生まれ、ゼロから出発して成長し、様々な人間が出来上がるが、職業や肩書はみんな違い、幸不幸の差も出て、なぜこうなるかと思ったら不思議ですごいという[18]

交友[編集]

西川きよし・ヘレン夫妻とは、仲が良いことで有名。芸人として食べられなかった頃、坂田ときよしは、吉本新喜劇でマドンナとして活動していたヘレンに養ってもらっており、彼等が結婚した後も、しばらく西川家に居候していたことがある。また、夫妻の長男・西川忠志誕生の際、仕事で駆け付けられなかったきよしに代わり父親役として立ち会った。夫妻とも坂田より年下であるが、芸歴はきよし夫妻の方が長いので西川夫妻は坂田のことを「坂田君」と呼び、坂田は二人のことを「きよっさん」「ヘレンさん」と呼んでいる。

きよし夫妻が生活に困窮していた際、一家心中をしようと思い詰めたきよしは「友達やないか」と坂田も誘った(死ぬのはまず坂田から)、というエピソードがある。坂田を漫才に誘ったのもきよしで、きよしが「やす・きよ」で人気が出始めた頃、当時吉本新喜劇の役者だった坂田に対し、きよしが「漫才は儲かるでぇ~!」と言ったのが漫才転向のきっかけだった。

上岡龍太郎とは同い年[19]の芸人仲間で、上岡は坂田の事を「とっちゃん」と呼んでいた(芸歴では上岡が先輩)。

間寛平とも仲が良く、寛平の子供達は、坂田の事をパパと呼んでいた。一緒に住んでいたこともある[20]

大木ひびきとは、無二の飲み友達である(互いに独身者だったが、ひびきは2015年6月1日に結婚した[21])。

ナインティナインの岡村隆史を、独身(岡村は2020年10月に結婚した)・気が弱い・女性との交流が苦手という共通点があることから非常に可愛がっており、『ナインティナインのオールナイトニッポン』にて、岡村が数々のエピソードを話している。岡村いわく「坂田師匠は女性とキスすらしたことない」。さらに番組が岡村単独になってから、エンディングのあいさつに「歯食いしばって屁こいて寝ましょう」と付け加えられているが、これは坂田が岡村に言った言葉である。

持ちネタ・芸風[編集]

「アホ」[編集]

自らをアホ(阿呆)と称し、他人に軽蔑されても意に介さず、また明石家さんまなど後輩から「もう『師匠』なんですから仕事を選んで」といさめられてもアホに徹する芸が代表的。アホのキャラクターを演じ始めるようになったきっかけは、ある日の舞台で相方・前田に「お前はアホか」と振られた時に「そうやアホや」と返しただけという掛け合いだったが、その時に客がドッとうけ、「これや!と思った」という[22]。また、吉本によって坂田が「一番アホそうやから」としてアホキャラで売り出すことになったということもあった[9]。「ギャグの多くは偶然の産物。ウケようと思うて作れるものではない」と語っている。

しかし「アホ」はあくまでも芸風で、プライベートでは決して周りの人(弟子や付き人達など)にそう呼ばせない。見知らぬ人に「アホ」といわれるとムキになって怒り、舞台でも観客に「アホ」などと言われて喧嘩したこともあった。また、「バカ」と言われると相当不機嫌になる[23]

母親は息子がアホと言われる事にひどく抵抗があったらしく、レストランで二人で食事をしていた時、そこに来ていた学生に利夫がアホと言われた際には、泣きながら止めようとした[24]。その後、坂田は自分の芸風に悩むことになる。

アホを演じるのが嫌になってこれまでの芸風をやめようとしたこともあったが、藤山寛美から「アホは心の優しい者しかできんのやで」と諭され思い直した[25]

未だに独身である理由は本人曰く「結婚出来ないのではなく、結婚しない」から。理由は、子供が出来た時に「アホの子」と指を差され負担になるのではないか心配だからである。

鈴木宗男のそっくりさん[編集]

「2004年時点での坂田の容姿は、衆議院議員・鈴木宗男の容姿と似ている」と言われ、本人も悪ノリしてよくモノマネをしていた。

一時期人気は凋落傾向にあったが、2002年、鈴木宗男の一連の疑惑に絡み、鈴木のそっくりさんとしてマスコミへの露出度を高めるにつれ人気が復活、本人もギャグとして大いに利用。鈴木が逮捕され437日間拘置される間、鈴木に取って代わりさらに露出度を高める。その後、2005年、鈴木は衆議院議員に復活し、それ以降は鈴木のほうが熱心に坂田を利用しタレント活動に力を入れるなど、お互いに持ちつ持たれつの良好な関係を築いている。

2006年、『めちゃ×2イケてるッ!』の「濱口だましシリーズ」で鈴木のそっくりさんとして登場するはずだったが、大阪での仕事があったために鈴木宗男のそっくりさんの代役として鈴木本人が登場した。

代表的なギャグ[編集]

  • あ、よいとせのこらせのよいとせのこらせ
  • アッホ! – フジテレビ「オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦スペシャル!!」で清水アキラが坂田利夫のマネとして、ピンクレディーの扮装で「UFO」を歌った際、「ご本人登場」として坂田も共演。そのギャグを逆パクリしたもの。
  • アホウドリの歌 – 「なにわ人情コメディ 横丁へよ~こちょ!」などに出演した際に、番組の終盤近くなどで披露する歌。
  • あ~りが~とさ~ん(当たりギャグである、山本正から5000円で買い取ったギャグ)
  • あんたバカね、オホホ~(ルーキー新一の「あんた知らないの? ホホホン」の流用または盗用ともいえる)
  • いえす、あいどぅー
  • 恋のマイアホ – これまた、ものまね番組で清水アキラが坂田利夫のマネとして、「恋のマイアヒ」を歌った際、「ご本人登場」として坂田も共演。そのギャグを逆パクリしたもの。
  • サンキュー、便所マッチ
  • ジョンジョロリ~ン、ジョンジョロリ~ン、ジョンジョロリンの、ぱっぱ(冒頭に「みみずもカエルも皆ごめん」と言う場合もある。)
  • G・N・Pは国民総生産、G・D・Pは国内総生産、Y・K・Kはチャックの会社(オチ)
  • 手足をくねらせながらの独特の横歩き。吉本の舞台では、時に「アホ」と大きく書かれた赤い腹巻きを着けていることがある。
  • ファーホーファアーホー(椅子などに座り、両手両足で交互に拍手をしながら)通称「とっちゃん叩き」。
  • まいっちゃったよたまんないね
  • (両手を肩の高さで縮めた状態から、手首を交互に突き出しながら)アホアホミサイル発射!アホアホアホアホ…
  • 坂田まさお・きみお(坂田きみおは廃業して現在は本名の吉本興業の社員、坂田まさおは不明)
  • げんしじん(1989年4月入門。芸名は「坂田さる」。その後、「おまえは進化した」と言われ、「げんしじん」となる)
  • ライト坂田(ライム中田(別所清一)と「ライムライト」として活躍)
  • 坂ペン太(廃業)
  • 2003年、「坂田利夫の一番弟子・坂田勝(52)」を騙り、18年間も徒歩で日本一周をしているという男性が、北海道帯広市長を表敬訪問し、地元の新聞に紹介されたが、坂田にはそのような名前の弟子がいなかったことが明らかになっている[26]

映画[編集]

バラエティ[編集]

CM[編集]

テレビドラマ[編集]

教育番組[編集]

ラジオ[編集]

Vシネマ[編集]

  • はぐれ記者 こちら大阪社会部(1996年、徳間ジャパン)

吹替[編集]

その他[編集]

外部リンク[編集]