チェ・ジンシル – Wikipedia
チェ・ジンシル(崔眞實、1968年12月24日 – 2008年10月2日)は、韓国の女優。ソウル出身。 身長163cm、体重46kg[1]。 俳優のチェ・ジニョン(2010年3月死去)は実弟[1]。 特技は徒競走[1]。 趣味は絵画を描くこと、水泳、自転車[2]。 多くのCM、映画、テレビドラマに出演し、芸能人高額納税者名簿の上位にランクインしていたジンシルだったが1日の小遣いを1万ウォンしか使わない徹底的な倹約生活で、1992年10月27日の貯金の日記念式で大統領から表彰を受けている[1]。 女性ポータルサイトezdayがネットユーザー1314名を対象に行ったアンケートでは、「1990年代最高の女優」で回答者の34%の支持を得て1位に輝いたほか、「1990年代思い出のドラマ」という質問では、自身の出演作である「嫉妬」、「星に願いを」がそれぞれ1位、2位に輝いた[3] 〜1988年:モデル、テレビタレント時代[編集] 17歳の時に父親が家族の元を離れたことが原因で[2]大学に進学できず、アルバイトをしながら過ごしていた時にモデルエージェンシーにスカウトされて、芸能界入り。エキストラモデルとして活動中の1988年に出演したサムスン電子のテレビコマーシャルをきっかけに有名になった。その後、テレビタレントとして数々のテレビCMに出演し人気を高める[1]。 1988年〜1990年代:女優デビュー、人気スターへ[編集] 1988年、『朝鮮王朝 500年』でドラマデビューを果たし、同年『最後のソウル』で映画デビューした。その後、一つのキャラクターにとらわれず様々な役を演じた。『林の中の部屋』の商業的な失敗と予定されていた映画出演の出演取り消しで落ち込むが、1992年に出演したテレビドラマ『嫉妬』で、“チェ・ジンシルシンドローム”といわれるブームを巻き起こす。その余勢を駆って映画『ミスターマンマ』に出演した。国税庁が発表した91年度芸能人高額納税者名簿で5位、青龍賞人気スター賞を1990年から1998年まで出演作がなかった1996年を除いて連続受賞するなど韓国において1990年代を代表する女優となった[1]。 90年代のトップスターとなったジンシルのギャラはトップクラスであったが1994年に出演した映画『私は望む、私に禁じられたことを』は「自分のイメージが変わるなら」という理由でノーギャラで出演している。一方、1999年に出演した映画『マヨネーズ』は出演料が当時の韓国芸能界史上最高額の1億8千万ウォンであったことも話題を集めた[2]。 2000年〜2004年:結婚、一時活動休止[編集] 2000年に当時読売ジャイアンツに所属していた趙成珉と結婚。出産・育児のため一時芸能活動を休止していたが、2002年より再開。その後、養育権を巡る争いなどから夫との関係が悪化し、2004年に離婚するなど、この時期は不遇だった。 2005年〜2008年:カムバック[編集] 2005年放送のテレビドラマ『バラ色の人生』が視聴率40%を超える人気作品となり、再評価されカムバックを果たす。その後、2008年放送のテレビドラマ『ラスト・スキャンダル』は大人気作品となった。 2008年10月2日、ジンシルは瑞草区にある自宅のシャワーブースで首を吊った状態で発見された。自殺とみられている。39歳没[4]。ジンシルはインターネット上の「ジンシルは自殺したアン・ジェファンに25億ウォン(約2億2000万円)を貸していた。名義上の社長を立て、その裏で貸金業を手がけている」という誹謗中傷に悩んでおり、それが自殺の原因と見られている[5]。ジンシルは1日に朝鮮日報の記者の電話インタビューに応じていたようで、前向きな発言もあったもののインタビューに答えるその声はどこか憂いを含み落ち込んでいたという[6]。
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