レナード-ジョーンズ・ポテンシャル – Wikipedia
レナード-ジョーンズ・ポテンシャル(英: Lennard-Jones potential)[1][2]とは、2つの原子間の相互作用ポテンシャルエネルギーを表す経験的なモデルの一つである。ポテンシャル曲線を表す式が簡単で扱いやすいので、分子動力学計算など、様々な分野において使われる。その名はレナード-ジョーンズにちなむ。
レナード-ジョーンズ・ポテンシャルは、実際のポテンシャル曲線を表現するための簡便な手法であり、少数のパラメータを用いたフィッティングに相当するため厳密ではない。しかし、問題の種類によっては、この方法で十分な場合がかなり多い。レナード-ジョーンズ・ポテンシャルに用いるパラメータは、実験的に求められた第二ビリアル係数、粘性係数、熱伝導率などから、推定することができる。他の原子間の相互作用のモデルポテンシャルとしては、モースポテンシャル(Morse potential)等が挙げられる。
レナード-ジョーンズ・ポテンシャルの数式による表記[編集]
レナード-ジョーンズ・ポテンシャル
U(r){displaystyle U(r)}の一般形は、次の式であらわされる。
- U(r)=4ϵ[(σr)p−(σr)q]{displaystyle U(r)=4epsilon left[left({frac {sigma }{r}}right)^{p}-left({frac {sigma }{r}}right)^{q}right]} (1)
ここで、
r{displaystyle r}は原子間距離(核間距離)である。
ϵ{displaystyle epsilon } ,
は、フィッティングパラメータ(物理学的な意味は後述)で、これと、次数p,qを定めることによってレナード-ジョーンズ・ポテンシャルが一意に決まる。
特に引力項の次数q = 6、斥力項の次数p = 12とした
- U(r)=4ϵ[(σr)12−(σr)6]{displaystyle U(r)=4epsilon left[left({frac {sigma }{r}}right)^{12}-left({frac {sigma }{r}}right)^{6}right]} (2)
を、(6,12)ポテンシャルという。(6,12)ポテンシャルは、レナード-ジョーンズ・ポテンシャルの代表例である。以降、(6,12)ポテンシャルのことを、レナード-ジョーンズ・ポテンシャルとして説明する。
U(r)=Ar−12−Br−6{displaystyle U(r)=Ar^{-12}-Br^{-6}}のように簡単な形で書かれることもある。
ここで、−6乗の引力項は、二つの原子の間の分散力、すなわち双極子-双極子間の相互作用によるものである。原子の永久双極子がゼロであっても、短時間をとった場合は電荷分布の揺らぎによる双極子が現れる。この双極子の電場により、もう一方の原子が分極し、誘起双極子が生じる。この相互作用ポテンシャルは原子間距離の-6乗に比例したものとなる。
一方、−12乗の斥力項は、電子雲の重なりによって反発力が働くためである。指数の−12は、−6乗のちょうど2乗で扱いやすいために選ばれることが多い。反発力の主な機構は、パウリの排他律によって、低いエネルギーの分子軌道に電子が入れないためである。
(1),(2)式より、
σ{displaystyle sigma }r=σ{displaystyle r=sigma } は距離の次元を持ち、
σ{displaystyle sigma } のときポテンシャルエネルギーがゼロになることがわかる。これより粒子間距離が小さい領域は−12乗の強い斥力に支配され、これ以上接近することが稀であることから、
ϵ{displaystyle epsilon } を衝突直径と呼ぶことがある。また(1)式から、
σ{displaystyle sigma } はエネルギーの次元を持ち、ポテンシャルの深さを表している。この2つのフィッティングパラメータ
ϵ{displaystyle epsilon } ,
によって、レナード-ジョーンズ・ポテンシャルが一意に決まる。
これらのパラメータは粒子-粒子間の相互作用であるため、厳密には特定の物質が持つ物性ではない。理想的には全ての粒子種の組み合わせ(100を越える原子についてはおよそ5000組、ユナイテッドアトム・モデルまで拡張するとさらに増える)について、その全てが実験的事実から検討されることが望ましいが、現実的ではない。そのため、同種の粒子間力に関するパラメータを実験的に得て、ローレンツ-ベルテロ則を用いるなどして異種粒子間のパラメータを推算することが一般となっている。
ここで、原子の相対運動において角運動量がない(回転による遠心力がない)とした場合の、平衡原子間距離について考察する。(2)式を原子間距離
r{displaystyle r}F(r){displaystyle F(r)} で微分すると、原子間に働く力
が得られる(斥力を正とした)。
- F(r)=−ddrU(r)=4ϵ(12σ12r13−6σ6r7){displaystyle F(r)=-{frac {d}{dr}}U(r)=4epsilon left(12,{frac {{sigma }^{12}}{r^{13}}}-6,{frac {{sigma }^{6}}{r^{7}}}right)} (3)
(4)式で与えられる平衡原子間距離
r0{displaystyle r_{0}}F(r0)=0{displaystyle F(r_{0})=0} においては、
となるため、(3)式を用いると以下の関係が成立する。
- r0=21/6σ{displaystyle r_{0}=2^{1/6}sigma } (4)
また、(2)式を
r{displaystyle r}r=r0{displaystyle r=r_{0}} で二階微分して、
r0{displaystyle r_{0}} を代入すれば正値になるため、ポテンシャルエネルギーは
r0{displaystyle r_{0}} において極小値をとり、安定点であることが確認できる。物質の格子定数は、この
とよく一致する。
次に、
ϵ{displaystyle epsilon }σ{displaystyle sigma } が、ポテンシャルエネルギーの深さであることを示す。(2)式の
に(4)式を代入すると、次のようになる。
- U(r)=ϵ[(r0r)12−2(r0r)6]{displaystyle U(r)=epsilon left[left({frac {r_{0}}{r}}right)^{12}-2left({frac {r_{0}}{r}}right)^{6}right]} (5)
したがって、2原子間の距離が
r=r0{displaystyle r=r_{0}}U(r0)=−ϵ{displaystyle U(r_{0})=-epsilon } のとき、(5)式は
r→∞{displaystyle rrightarrow infty } となる。つまり、
U(r)→0{displaystyle U(r)rightarrow 0} の解離極限では、
ϵ{displaystyle epsilon } であることを用い、零点振動を無視すれば、
は2つの原子間の結合エネルギー(解離エネルギー)に相当することがわかる。
参考文献[編集]
- ^ Gordon M. Barrow (著), 大門 寛 (翻訳), 堂免 一成 (翻訳),“バーロー物理化学〈上〉”東京化学同人; 第6版 (1999/03)
- ^ キッテル(著)、宇野 良清、他(翻訳),“固体物理学入門 第8版”, 丸善,2005.12(ISBN 4621076531)
- ^ R. A. Aziz, J. Chem. Phys., vol. 99, 4518 (1993)
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