四つの終止符 – Wikipedia

四つの終止符』(よっつのしゅうしふ)は、西村京太郎の長編推理小説。1963年に短編「歪んだ朝」でオール讀物推理小説新人賞を受賞したことで執筆の機会を得て、1964年に刊行された著者初の長編書き下ろし作品[1]

西村京太郎といえば今日ではトラベルミステリーの第一人者として知られているが、初期の本作は社会派推理小説に分類されるジャンルの作品である。本作が発表された1年後、現実でも同時期に聾者の被告に関する意思疎通の不十分性が問題となる点で類似する事件(蛇の目寿司事件)が起こっており、著者の社会感覚の鋭敏さが示された作品でもある[1]

著者の西村は、聾唖者教育の現状が貧困で一般の認識度も低いことや、聾者は発声機能が損なわれているわけではないため本人もろう学校の先生も懸命な努力をして発音しているにも関わらず、世間の嘲笑の対象となってしまうことにたいしての怒りなどをこの作品に込め、「彼らを理解する手助けになれれば幸いである」と本作のあとがきで述べている[2]

ストーリー[編集]

聾者の青年晋一は、病身の母辰子と2人で貧しい暮らしを送っていた。小さな工場で働くが、意思疎通がうまく図れず、孤立している[3]そんな晋一に、近所のバーの女給幸子だけは心を寄せていた。

ある日、晋一が母のために買った栄養剤「ビタホルン」を飲んで、母は毒死してしまう。栄養剤には砒素が含まれていた。病身の母が邪魔になって毒殺したのだと疑われ、当然のように晋一が逮捕される。意思疎通の不自由から、無実を訴える晋一を警察はまともに取り合わない。しかし、幸子は晋一の無罪を信じ、応援していた。

形勢不利な晋一に弁護士は、徒らに無実を主張するより裁判で刑法40条(聾唖者の刑罰減免を定めた規定、現在は削除[4])による無罪を勝ち取るよう提案し、晋一の救出を望む幸子はそれを伝える。幸子は昔、同じ聾者だった弟を事故死させたことに責任を感じ、どうしても晋一を助けたいと思っていた。だが、幸子にまで裏切られたと誤解し、絶望した晋一は遺書を残して自殺する。それを知りショックを受けた幸子も、後を追って命を絶つ。

なんとか幸子や晋一の無念を晴らしてやりたいと考えた時枝は、新聞記者の古賀とともに関係者をあたり、やがて、砒素入りの栄養剤は薬局員の富子が夫の雄介から勧められていた自家用のものが晋一の手に渡ったもので、佐々木一家は本来無関係な偶発的被害者だったと判明する。結局、毒物の出所となった自責の念で富子も自殺し、辰子・晋一・幸子・富子という4人の死を引き起こして事件は幕を閉じる。

登場人物[編集]

佐々木 晋一
聾者の19歳の青年。貧しいアパート(通称ハーモニカ長屋)に母と2人で暮らし、水神森にある小さな「北見玩具工場」で働く。
佐々木 辰子
晋一の母。心臓を患い、寝たきりの病身。
石母田 幸子(いしもだ さちこ)
バー「菊」の女給。20歳だが老けてみえる。周囲に反対されながらも、晋一に心を寄せる。弟も聾者だったが、7歳の時に線路を歩き、後ろからきた電車に撥ねられて亡くなった。当時は弟の存在を恥ずかしく思っており、付き添ってやらなかったために弟が死んでしまったと今も自責の念を抱いている。
松浦 時枝
幸子と同じバーで働く女給。実際は32歳だが、28歳だと自称している。通称“お時さん”。幸子の一件で憤りを覚え、事件の真相を調べ始める。
古賀 博幸(こが ひろゆき)
「東日新聞社会部」記者。童顔。最初は晋一が犯人だと思っていたが、彼が自殺した後、もしかしたら他に犯人がいるのかもしれないと思いはじめ、時枝とともに事件の真相を探る。
樫村 富子
「樫村薬局」の薬剤師。32,3歳。晋一に栄養剤を売る。
樫村 雄介(かしむら ゆうすけ)
富子の夫。富子より3歳年下。長身で整った顔立ちをしている。亀戸駅前にある「南田建設」に勤めている。定時制高校出身。
坂井 キク
バー「菊」のマダム。40歳を超えた太った女性。
田辺 ウメ(たなべ うめ)
ハーモニカ長屋の住人。40歳。夫と別れて1人暮らし。病気の辰子をいつも気遣っており、辰子が亡くなっているのにも最初に気付いた。
大坪
辰子のかかりつけの医師。外見は無精ひげをはやすなど豪放だが、見かけによらず感傷的な部分もある。
木崎
城東警察署の警部補。
広瀬
城東警察署の刑事。
田島
城東警察署の刑事。40代くらいで色が黒い。
北見 徳助
「北見玩具工場」の工場長。
町村
「北見玩具工場」での晋一の同僚。
早川 伍郎(はやかわ ごろう)
晋一と同じ城東聾学校出身の少年。現在は「田中鍍金」で働いている。盗癖があり、晋一に頼まれ、職場から青酸加里を盗んで渡したと自供する。
田中 喜三
「田中鍍金」の工場長。
舘野(たての)
東京都立城東聾学校の教師。言葉の発声方法など聾児教育を行っている。角ばったいかつい顔をしている。
宝井 清太郎
亀戸に「宝井法律事務所」をかまえる弁護士。古賀に紹介され、幸子らが晋一の弁護を頼む。
片岡 のり子
足立聾学校卒業生。晋一の事件を知り、東日新聞に投書を送る。
白川 トメ
幸子の叔母。
曾根(そね)
「南田建設」営業課所属で雄介の同僚。
仲田 圭子
晋一が樫村薬局でビタホルンを買うところを目撃した少女。

書籍情報[編集]

この声なき叫び(1965年)[編集]

この声なき叫び』のタイトルで松竹が制作し、1965年1月30日に公開された。製作:脇田茂、脚本:柳井隆雄、石田守良、今井金次郎、監督:市村泰一。

原作の主題を踏まえつつも、ストーリー展開は大幅に変更されている。
原作では自殺を図った晋一は死亡するが、本作では一命を取り留め、晋一の無実を信じる幸子が真相にたどり着くハッピーエンドとなっている。

キャスト[編集]

四つの終止符(1990年)[編集]

劇団GMGの自主制作映画。脚本・監督:大原秋年。

本作では、事件の真相を追うのは晋一の祖父・進となっている。

キャスト[編集]

テレビドラマ[編集]

1982年版[編集]

影なき殺意』(かげなきさつい)というタイトルで1982年6月22日に『火曜サスペンス劇場』枠で放送された。

キャスト(1982年版)[編集]

スタッフ(1982年版)[編集]

2001年版[編集]

「女と愛とミステリー」でテレビドラマ化され、BSジャパンで2001年1月14日に、テレビ東京で2001年1月17日に放送された。

あらすじ(2001年版)[編集]

パブスナック「美どり」で働く松浦時枝(かたせ梨乃)は、同僚の石母田幸子(高橋かおり)が近くの玩具工場で働く聾者の佐々木晋一(河相我聞)と親しげに手話で会話しているのが気になっていた。「美人なんだから、入れあげても一銭にもならない客より他の客を呼び込みなさい」というママ・坂井キク(山村紅葉)の忠告にも耳を貸さず、工場の昼休みに一緒にご飯を食べたり、晋一の病弱な母にお金を渡していたりもするらしい。しかしその幸子のアドバイス通り、誕生日祝いに近くのベーカリー「ルカ」で買った養蜂場直産の蜂蜜を晋一がプレゼントしたところ、それを食べた母の辰子(北林早苗)が亡くなってしまう。蜂蜜から砒素が検出されたため、晋一に母親殺しの容疑がかけられ、仕事を終えた後に行方がわからなくなったと警察が幸子の元へとやってくる。そこで時枝は初めて、幸子が昔、晋一と同じく聴覚障害者だった弟を亡くしていることを知り、晋一に親身になっていた理由がわかる。幸子は「あの人は無実です」と言い切るが、やがて発見された晋一は警察官に反抗したとして公務執行妨害で逮捕されてしまう。取り調べには手話通訳がついたが、晋一の言い分を警察は信じなかった。

時枝は幸子を誘い、晋一の写真を持って浅草で彼の事件当日のアリバイを探すが、晋一が立ち寄ったというラーメン屋でもベーカリー「ルカ」でも、有力な情報は得られない。しかし2人はその代わり、「ルカ」の店主の樫村富子(美保純)が、謎の男(大鶴義丹)と言い争っているのを目撃し、同じく事件を取材していた古賀博幸(西村和彦)から、男が富子の弟で元暴力団の森脇礼次であることを知る。その後2人は古賀に連れられて富子の夫の樫村雄介(坂上忍)や辰子の主治医の大坪医師(山田吾一)、晋一のろう学校時代の教師・舘野望(ケーシー高峰)を訪ねて話を聞く。晋一はやはり無実だという思いを強めた2人は古賀に弁護士の室井清太郎(織本順吉)を紹介してもらうが、 無実を訴えるよりも病気に苦しむ母親を慈悲の心で安楽死させたという方向で弁護し、執行猶予を勝ち取った方が良いと言われ、しぶしぶながらもその意向を晋一に面談して伝える。しかし幸子にすら無実を信じてもらえないと絶望した晋一は、舘野や大坪医師、「ルカ」の奥さんや幸子に「親切にしてくださってありがとう」とお礼の言葉とともに「自分のことを信じてくれたのは母だけでした。」と書いた遺書を残して自殺してしまう。そして自分のせいだと思いつめた幸子も、「晋一さんは絶対に無実。汚名を着せた警察に死んで抗議する。」という言葉を残してマンションから飛び降り自殺する。

2人が亡くなったことや、同じ聴覚障害者から届いたという投書から、やはり晋一は無実だったのかもしれないと感じた古賀は、「今さら遅い」と憤る時枝に対して事件を洗い直すと宣言。そしてもう一度2人で晋一の遺書を見返し、なぜお礼の対象に富子が入っているのか疑問に思う。2人でもう一度「ルカ」を訪ねるが、樫村夫妻は何も話さないまま山中湖へと行ってしまう。しかしラーメン屋の娘からは、富子が厨房から封の開いた蜂蜜を持ってきて晋一に渡していたという新たな証言を得ることができた。2人は以前富子が弟の礼次と言い争っていたことや、礼次には「遠藤消毒」という白アリ駆除のヒ素を扱う会社に知り合いがいることから、彼への疑いを強め、彼の職場を訪ねる。

キャスト(2001年版)[編集]

スタッフ(2001年版)[編集]

  • 脚本 – 齋藤珠緒
  • 監督 – 齋藤光正
  • 音楽 – 小西香葉、近藤由紀夫
  • プロデューサー – 佐々木彰(テレビ東京)、大藤博司
  • 撮影 – 野口幸三郎
  • 照明 – 松井博
  • 録音 – 川田保
  • VE – 新部信行
  • 助監督 – 津崎敏喜
  • 制作担当 – 今村勝範
  • 制作主任 – 金井光則
  • 編集 – 河原弘志
  • 選曲 – 山本逸美
  • 技術協力 – IMAGICA
  • 編集・MA – 映広
  • 制作デスク – 永山佳代子
  • 擬斗 – 深作覚
  • 刺青師 – 霞涼二
  • 協力 – 全日本聾唖連盟、東京都聴覚障害者連盟、東京都立江東ろう学校
  • 製作 – テレビ東京、BSジャパン、ユニオン映画
  1. ^ a b 佐橋文寿【解説】 『四つの終止符』 講談社〈講談社文庫〉、1981年10月15日、292-297頁。ISBN 4-06-136212-7。 
  2. ^ 西村京太郎 『四つの終止符』 講談社〈講談社文庫〉、1981年10月15日、291頁。ISBN 4-06-136212-7。 
  3. ^ 当時は手話に関する一般の認知度も低く、また発音訓練と読唇術を主体とした「口話法」に重点が置かれていたため、聾学校の教育ですら手話が禁止されていた。
  4. ^ かつて聾唖者の言語教育が不十分で、言葉によって示される物事の意味自体や抽象概念による思考能力を満足に身に着ける機会が少なかった時代、生まれつきの聾唖者には事理を理解するに足る十分な精神発育を欠く者も多いと考えられていたため、精神障害者の減刑と同趣旨で規定が置かれていた。
  5. ^ プロフィール – 劇団東俳(アーカイブ)

外部リンク[編集]