リーチマイケル – Wikipedia
この名前は、日本の人名慣習に従い、名前を姓名順で表記しています。姓はリーチ、名はマイケルです。 リーチ マイケル(LEITCH Michael、1988年10月7日 – )は、ニュージーランド、クライストチャーチ出身のラグビーユニオン選手。2013年に日本に帰化した。JAPAN RUGBY LEAGUE ONEの東芝ブレイブルーパス東京に所属。旧表記「マイケル・リーチ」。 2014年から2021年まで日本代表のキャプテンを務め、ラグビーワールドカップ2015・2019での日本代表の躍進に貢献した。 プロフィール[編集] 15歳の時にクライストチャーチのセント・ビーズ・カレッジから留学生として来日し、札幌山の手高校に入学[1]。同校卒業後は、東海大学体育学部へ進学し東海大学体育会ラグビーフットボール部に所属。2008年に開催されたラグビージュニア世界選手権に日本代表として出場。同年11月16日、アメリカ戦で日本代表として初キャップを獲得。東海大学3年時に第46回全国大学ラグビーフットボール選手権大会[2]で準優勝。大学4年の大学選手権でもベスト4をそれぞれ経験。東海大学卒業後、チームメイトの三上正貴と共に東芝ブレイブルーパスに加入。同年開催のワールドカップの日本代表に選出され、予選プール全4試合、フランカーとして出場。 2013年、スーパーラグビーの強豪チーフスに期限付き移籍すると発表したが[3]、同年2月に腕を骨折していることが判明[4]したため、後にチーフスとの契約を解除された。加えて、同年6月1日に行われたフィジー戦で足首を脱臼骨折[5]した。同年7月25日に法務省から帰化の認可が下りた[6]ことから、今後は「日本人プレーヤー」として活動することが可能になった。それに伴い登録表記をそれまでの「マイケル・リーチ」から現在の「リーチ マイケル」に変更。またこの年東芝で主将を務める。 2014年4月、エディー・ジョーンズヘッドコーチから日本代表キャプテンに指名された。アンドリュー・マコーミックに続き2人目のNZ出身キャプテンに就任。 2015年、チーフスに再加入[7]。また同年開催のワールドカップの代表に選出された[8]。ラグビーの傍ら7月1日にはニュージーランドスタイルのカフェ「Cafe+64」をオープン[9][10]、名前は出身国ニュージーランドの国際電話の国番号に由来。 2019年8月、ラグビーワールドカップ2019の日本代表に選出された[11]。10月、ラグビーワールドカップ日本代表のキャプテンとして[12]、チームを史上初のベスト8に導いた。 11月3日、東京都府中市より市民栄誉賞および市民スポーツ特別栄誉賞を贈られる。 2022年3月13日、JAPAN RUGBY
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