ディラミア男爵 – Wikipedia
ディラミア男爵(英: Baron Delamere)は、イギリスの男爵、貴族、連合王国貴族爵位。庶民院議員トマス・チャムリーが1821年に叙位されたことに始まる。チャムリー侯爵家とは祖先を同じくする同族にあたる。
なお、ディラミア男爵チャムリー家に男爵位以外に持つ爵位はない。
前史[編集]
チャムリー家はその歴史をノルマン・コンクエストにまで遡る旧家で、その祖サー・ヒュー・チャムリーは国王ヘンリー8世からナイトに叙せられている[2]。その子には、のちにレンスター伯爵となる長男ロバート[2][3]、現在のチャムリー侯爵家の先祖ヒュー(1591年–1665年)がいる。さらに、その兄弟の末弟トマス・チャムリー(? – 1653年)がディラミア男爵家の祖にあたっており、その係累は17世紀以来ヴェイル・ロイヤルの地主を務めてきた家柄であった。
男爵家としてのチャムリー家[編集]
そのトマスの子孫にあたるトマス・チャムリー(1767年 – 1855年)はチェシャー選挙区選出の庶民院議員を務めた人物で、彼は1821年7月17日に連合王国貴族としてチェスター州ヴェイル・ロイヤルのディラミア男爵(Baron Delamere, of Vale Royal in the County of Chester)に叙せられた[1][4][5][6]。
2代男爵ヒュー(1811年-1887年)は、爵位を継ぐ以前はトーリー党に属してデンビーシャー選挙区及びモントゴメリー選挙区選出の庶民院議員を務めた[4][5]。
その子である3代男爵ヒュー(1870年-1931年)は襲爵後にケニアに移住して現地で地所を購入している[5][7]。
4代男爵トマス(1900年-1979年)の代には父祖の地であるヴェイル・ロイヤルに再住したが、第二次世界大戦後に邸宅を売却したのちケニアに再び移住した。
その子である5代男爵ヒュー(1934年 – )がディラミア男爵家現当主である。
5代男爵の嫡男トマス(1968年 – 2016年)は2005年に自家農場内にてケニア野生生物公社職員を射殺して逮捕されたが、のちに不起訴となった[8]。さらに、翌年にもナイバシャ湖近郊に有する地所で密猟者を射殺する事件を起こした。その結果、裁判の末に『故殺』と認定されて、8ヶ月にわたって収監された[9][10]。
そのトマスは2016年に手術中に心停止して死去したため[11]、2020年現在は5代男爵の孫にあたるヒュー(1998年 – )が爵位の法定推定相続人となっている[12]。
男爵家のかつての邸宅は、チェシャー州ノースウィッチ位置するヴェイル・ロイヤル・アビーであったが、1939年にサナトリウムとして接収されたのち、1947年に売却された[13]。
一族のモットーは侯爵家と同じく、『善行は最良の守り(Cassis Tutissima Virtue)』[5][6]。
ディラミア男爵(1821年)[編集]
爵位の法定推定相続人は、現当主の孫であるヒュー・チャムリー閣下(1998年 – )
- ^ a b “No. 17724”. The London Gazette (英語). 14 July 1821. p. 1462.
- ^ a b Henderson, Thomas Finlayson (1887). . In Stephen, Leslie (ed.). Dictionary of National Biography (英語). 10. London: Smith, Elder & Co. p. 271.
- ^ Henderson, Thomas (1887). . In Stephen, Leslie (ed.). Dictionary of National Biography (英語). 10. London: Smith, Elder & Co. p. 272.
- ^ a b Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, H. Arthur, eds. (1913). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Canonteign to Cutts) (英語). 4 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. p. 137.
- ^ a b c d Arthur G.M. Hesilrige. “Debrett’s peerage, and titles of courtesy, in which is included full information respecting the collateral branches of Peers, Privy Councillors, Lords of Session, etc : Free Download, Borrow, and Streaming” (英語). Internet Archive. p. 272. 2020年7月12日閲覧。
- ^ a b “Delamere, Baron (UK, 1821)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年7月12日閲覧。
- ^ Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, H. Arthur, eds. (1913). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Canonteign to Cutts) (英語). 4 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. p. 138.
- ^ Gettleman, Jeffrey (2009年5月14日). “Kenya: Aristocrat Sentenced for Killing Poacher”. The New York Times 2009年5月29日閲覧。
- ^ “Aristocrat guilty of manslaughter”. BBC News. (2009年5月7日) 2009年5月29日閲覧。
- ^ “Convicted Kenya aristocrat freed”. BBC News. (2009年10月23日) 2009年10月23日閲覧。
- ^ “Aristocrat Tom Cholmondeley dies aged 48”. The Star (2016年8月17日). 2016年8月18日閲覧。
- ^ Mosley, Charles, ed (2003). Burke’s Peerage, Baronetage & Knightage. 1 (107th ed.). Wilmington, Delaware, U.S.A.: Burke’s Peerage (Genealogical Books) Ltd. pp. 1072
- ^
Holland, G.D et al. (1977). Vale Royal Abbey and House, p. 32; Westair-Reproductions: Cheshire, Museum finder
参考文献[編集]
- Debrett, John, Charles Kidd, David Williamson. (1990). Debrett’s Peerage and Baronetage. New York: Macmillan. ISBN 978-0-333-38847-1
- Hayden, Joseph. (1851). The book of dignities: containing rolls of the official personages of the British Empire. London: Longmans, Brown, Green, and Longmans. OCLC 2359133
- Holland, G.D et al. (1977). Vale Royal Abbey and House. Winsford, Cheshire: Winsford Local History Society. OCLC 27001031
- Wright, Rupert “The Kennedys of Kenya,” The Spectator (London). 11 April 1998.
関連項目[編集]
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