機能性胃腸症 – Wikipedia

機能性胃腸症(きのうせいいちょうしょう、non-ulcer dyspepsia:NUD)または機能性ディスペプシアen:functional dyspepsia, FD)、機能性胃腸障害(Functional gastrointestinal disorder:FGID)とは、内視鏡検査などでもがんや潰瘍といった器質的疾患が見られないにもかかわらず、胃の痛みや胃もたれ、食後の膨満感、不快感などを覚える疾患である[1][2][3]。ディスペプシアの語源はBad(Dys) digestion(peptein)を意味するギリシャ語であるとされるが、広く様々な腹部症状に対して使用されてきた曖昧な用語で、解釈は時代ともに変遷している[4]

当初はこの名称が用いられずに、慢性胃炎、神経性胃炎、胃けいれん、胃アトニ―、胃下垂といった診断名を付けられることが多かった。胃の粘膜などに器質的疾患がないにもかかわらず「」という名称を使用することがふさわしくないとの判断からこうした症状をひとくくりにして「機能性胃腸症」と呼ばれるようになった。通常、胃痛は潰瘍など粘膜の炎症により引き起こされるため、炎症を治療すれば痛みは消失し、胃のもたれは食べ過ぎなどによる食物の停滞により生ずるために時間の経過や、あるいは食べる量の減少によって解決されるが、機能性胃腸症の場合は胃の運動機能障害により、胃痛やもたれが引き起こされている。このため抜本的な治療法がない[5]。かつては機能性胃腸症は保険適応とはなっていなかったため、慢性胃炎という病名で治療・投薬が行われていたが[6]、2013年に日本の保険診療名として初めて承認され、さらに2014年には日本消化器病学会がFDに関する診療ガイドラインを作成し、一般に公表した[7]

ストレス、過労などが大きく関与しているといわれ現代病の代表的な例に挙げられる[5]。また、Haug TTは、FD患者の34%に、器質的疾患である十二指腸潰瘍患者の15%に精神疾患の合併があり、FD患者の合併の方が有意に高いと報告している[8]。内視鏡検査で明らかな器質的疾患が認められないにもかかわらず、胃もたれ、胃痛、胸やけなど心窩部の不快症状を訴える場合、臨床的には「慢性胃炎」(臨床的“胃炎”)と診断される。欧米ではFD(Functional Dyspepsia)と診断されるが、日本では2013年までは保険診療病名とはなっていなかったため、慢性胃炎の診断名で治療されていたが、FDは症状により定義される疾患であり、両者は同一のものではない(ガイドラインCQ1-3)上に、慢性胃炎を治療してもディスペプシア症状が残る場合がある[7]。慢性胃炎にはFDのほか、胃内視鏡検査により粘膜傷害や血管透見所見が認められるケースと、さらに内視鏡的に「慢性胃炎」(内視鏡的胃炎)があり、慢性胃炎はその総称となっている。このため、臨床的に診断や治療は複雑である[4]

一般に器質的疾患である逆流性食道炎は、しばしばディスペプシア症状を呈する。プロトンポンプ阻害薬(PPI)で粘膜障害が治癒してもディスペプシア症状が残る多い。このようなケースでは、逆流性食道炎とFDを併発していると考えられ、日本消化器病学会では保険診療上も2つの病名の併記は可能としている[7]

有病率[編集]

健康診断受診者の約11〜17%、上腹部症状による医療機関受診者の約44〜53%が機能性ディスペプシアと診断される[4][3]ほど
上腹部消化器の病気の中ではごくありふれたものでもある。

診断基準[編集]

国際的には、1999年にRome II分類が、2006年にRome III分類が提唱され使用されている。日本国内では、Rome III分類を元にして2014年に日本の実態に合わせたガイドラインが策定された[4]

RomeIII[編集]

RomeIIIによる機能性ディスペプシアの診断準[9][1]

機能性ディスペプシアの診断基準
機能性ディスペプシアでは以下の1症状以上が存在すること、かつ、症状を説明しうる形態的異常(上部内視鏡検査を含む)がみられないことが満たされなければならない。
  • 煩わしい食後膨満感(Bothersome postprandial fullness)
  • 早期飽満感(Early satiation)
  • 心窩部痛(Epigastricp ain)
  • 心窩部灼熱感(Epigastric burning)
診断される6カ月以上前に症状が発現し、診断前の3カ月間に対して基準を満たしていることが必須。
食後愁訴症候群(Postprandial distress syndrome:PDS)の診断基準
PDSでは以下の少なくとも片方の項目を満たさなければいけない。
  • 週あたり少なくとも数回、通常量の食後におこる煩わしい食後膨満感
  • 週あたり少なくとも数回、通常量の食事を完食することを妨げる早期飽満感
    診断される6カ月以上前に症状が発現し、診断前の3カ月間に対して基準を満たしていることが必要支持する基準(Supportive criteria)
    • 上腹部の膨張感(Bloating)あるいは食後の嘔気あるいは極度のげっぷ(Belching)が存在しうる
    • EPSが共存するかもしれない
心窩部痛症候群(Epigastirc Pain Syndrome:EPS)の診断基準
EPSでは以下のすべての項目を満たしていなくてはいけない。
  • 週あたりに少なくとも1回、中等度以上の心窩部に存在する痛みあるいは灼熱感(Burning)
  • 痛みは間欠的である
  • 全身あるいは他の腹部や胸部に存在しない
  • 排便あるいは胃腸内のガスの排泄(Passageofflatus)によって軽快しない
  • 胆嚢とオッジ括約筋障害の基準を満たしていない
    診断される6カ月以上前に症状が発現し、診断前の3カ月間に対して基準を満たしていることが必要支持する基準
    • 痛みはやけるような性質であるかもしれないが、後胸骨部には存在しない
    • 痛みは一般的に食事摂取によって誘発されたり軽快したりするが、空腹時におこることもある
    • PDSが共存するかもしれない

『機能性胃腸症の病態』金子宏ほか(2006)より引用[1]

実際には、更に幾つかの条件を加味する。

  • NSAIDs、低用量アスピリンの使用者は機能性ディスペプシア患者には含めない[4]

Rome II[編集]

かつての Rome IIでは「潰瘍症状型」「運動不全型」「特定不能型」に分類されていた[1]

食後のもたれ感、早期膨満感、心窩部痛(みぞおちの痛み)、心窩部灼熱感が主な症状で、吐き気、嘔吐、げっぷなど[10][11]

心理的ストレス要因と、体(胃を含む)に対する物理化学的ストレスによる身体的要因の、2つの要因があるとされる。発症が何に起因するかは現在いまだ明確にされておらず、精神的・身体的ストレス、過労、緊張状態が長く続くことで胃の諸々の機能が影響を受け、さまざまな症状を引き起こすと考えられている[11]。FDにおいてはプラセボ効果が40〜50%であったとの報告があり 、病因の中でも心理的要因が大きいと考えられる[5][10][12]。また、ヘリコバクター・ピロリ菌感染やサルモネラ菌感染など感染性胃腸炎が原因となる場合や、生まれつきFDになりやすい体質、アルコール、喫煙、不眠などの生活習慣の乱れ、胃の上部が拡張し変形した瀑状胃など胃の変形が原因の場合などがある[3]

メカニズム[編集]

もたれ感
通常、胃は食べ物が入ってくると胃の上部を広げできるだけ多くの食べ物を貯留しようとするが(胃適応性弛緩)、FDの患者の場合は胃の上部がうまく広がらず、入ってきた食べ物を胃の中にとどめることができなくなる。このため早期の膨満感や痛みが引き起こされると考えられる。また、十二指腸への排出機能が害される場合は、胃の中に食べ物がとどまっている時間が長くなり、胃もたれを生じせしめる。また胃から十二指腸への排出速度が速くなることで痛みが生じる場合もある。胃の貯留機能と排出機能は本来密接に調整されており、正常な胃の場合は十分な貯留時間をかけ十二指腸へ食べ物が送られるが、貯留機能が害されることで、拙速に食べ物が十二指腸へ胃酸とともに送られるため、十二指腸は胃の排出機能を抑制するような信号を出す。結果、食べ物が胃から排出されなくなり、胃もたれを引き起こす[10][3]
知覚過敏
正常な時には何ら痛みを感じない程度の刺激にも知覚過敏状態では、少量の食べ物が胃に入ることで胃の内圧が上昇することから早期膨満感がもたらされる。また胃や十二指腸において胃酸に対し、過敏に灼熱感や痛みを感じ得る[10][3]。最近では胃電図を使った診断が行われることがある。胃は心臓同様に自動能(脳からの指令で活動するが、半分は胃自身の指令で動く)を持つといわれる。検査は、みずおち周辺に3ヵ所の電極を付け、コンピュータにより解析するもので、通常胃は1分間に3回の規則正しい波形を描くが、FD患者では波形が遅いまたは早い、不規則であるなどの特徴がみられる。胃の運動は1000から7を順番に引き算を繰り返す暗算テストや右手を冷水に浸けるコールドストレスにより容易に変化するが、健常者では胃は素早く反応するものの痛みや不快感は起こらない。しかし、FD患者では、この際に胃の急激な変化とともに患者の常日頃感じている愁訴が出現することが確認できる場合が多い。また、内視鏡を使ったバルーン検査で、胃の中でバルーンを膨らませて行った際に、健常者では相当膨らませても膨満感や不快感が現れないのに、FD患者ではわずかに膨らませただけで症状を感じることが胃電図により判明した。このため、刺激に対する胃壁の閾値が低下している知覚過敏や、中枢(脳)の刺激に対する反応の亢進が疑われ、研究が進められている[2]
胃酸と十二指腸
胃酸が十二指腸に流れ込むことで胃の運動機能の低下をもたらし、胃もたれほか不快な症状が引き起こされる。さらには、知覚過敏の状態に陥っていることで正常な胃酸分泌でも灼熱感、痛みやなど引き起こす[10][4]
ヘリコバクター・ピロリとの関係
FDとの関連性が証明はされていないが、FDの患者に除菌療法を行うと、症状が改善する報告が多数ある[10][12]。ガイドライン2014では、H. pylori除菌効果の判定時期については十分なコンセンサスは得られていないとしている[4]
心因的要因
脳と腸管は相互に密接に関連(脳腸相関)しているため、不安・抑うつ症状、あるいは生育期の虐待歴なども遠因して胃や腸の運動や感覚に異常をきたすことがある[3]

Rome III分類では、辛いと感じる食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感のうち一つ以上あり、症状の原因となりうる器質的疾患や胃内視鏡検査での異常がないこと。6ヶ月以上前から症状があり、3ヶ月間はこの診断基準を満たす。と定義されている[4]。問診後、上部内視鏡検査などにより症状の原因となる病態が同定できないとき、暫定的にFDと診断し、治療経過を観察しつつ必要に応じて他の疾患との鑑別を行うために除外診断が追加されることもある[4]

一般的に、内視鏡検査、腹部X線検査、超音波検査、血液生化学検査、便潜血検査、胃排出能検査、心理テストなどが行われる[4]。近年では胃電図(EGG)を用いる医療機関もある[2][13]

日本消化器病学会のガイドラインのFDの診断方法(CQ 3)は、内視鏡検査およびそれ以外の画像検査(上部消化管レントゲン検査)を行うことを推奨している。日本で保険承認されたにFD治療薬の添付文書では『上部消化管内視鏡検査等により、胃癌等の悪性疾患を含む器質的疾患を除外すること』となっている。また、同学会では警告徴候を有する場合など、リスクが高いと判断されるケースを除き、内視鏡検査施行間隔は少なくとも1-2年は許容されると考えている[7]

治療は症状を改善させることが治療目標となる。諸々の原因が複雑に関係して症状を引き起こしていると考えられていることから、治療には様々な薬剤の処方がなされる。以下の薬剤が単独あるいは組合わせて処方される。また食生活を含むライフスタイルの改善などの提案[5][12]

現状、薬物療法でFDの効能や効果を有する薬剤はないが、胃酸分泌抑制薬、消化管機能改善薬、ピロリ菌除菌療法、抗不安薬、漢方薬などが選択される。食後の胃もたれや食後早期満腹感などの食後愁訴症候群に対しては消化管運動改善薬を、食事に無関係の心窩部痛、心窩部灼熱感等の心窩部痛症候群に対しては胃酸分泌抑制薬が第1選択薬として使用される。ピロリ菌とFDの関連性はまだ解明されてはいないが、ピロリ菌陽性の場合は、潰瘍や胃癌を予防する観点から除菌が推奨される。消化管運動機能改善薬や胃酸分泌抑制薬で効果が得られない場合には抗不安薬が選択される[12]

生活改善・食事療法[編集]

生活習慣の指導として、食生活の改善が提唱され、脂肪を多く含む食事や、1回の食事量の増大は胃からの排出時間の延長につながり、症状を悪化させるため、暴飲暴食をせず規則正しい食生活が推奨される。またストレスの減少と十分な睡眠が必要となる[12]

緊張状態が胃の運動を低下させ、胃酸分泌を亢進させるため、過労、ストレスを避け十分な睡眠をとる。朝食を必ず摂る。就寝前3時間は食事を摂らない。食事は甘いもの、油分の多いものや刺激物は控え、よく噛んで食べる。タバコ、アルコール、コーヒー、チョコレートなどは胃のぜん動運動を低下させるため控えるなど。

薬物療法[編集]

アコファイド®錠100mg(アコチアミド)
鎮痛薬
代替療法

関連項目[編集]

外部リンク[編集]