Month: August 2020

ソウル中央モスク – Wikipedia

ソウル中央モスク(ソウルちゅうおうモスク、朝鮮語: 서울중앙성원)は、大韓民国のソウル特別市龍山区梨泰院にあるモスク。 2018年現在、韓国にある18のモスクのうちのひとつである。 背景[編集] 大韓民国におけるムスリム共同体の起源は1950年に始まった朝鮮戦争に国連軍として参加したトルコ軍にあるとされている。トルコ軍には何人かのイマームが従軍しており、朝鮮戦争停戦後も彼らは布教活動のために韓国に残った。1955年には彼らによってイスラームにまつわる講座が開かれ、およそ200人の韓国人がイスラームに改宗したという。1956年には韓国初のイスラーム団体が設立され、1962年にはマレーシアのイスラーム団体からの招待を受けて11人の韓国人ムスリムがマレーシアに留学した。 1963年10月14日、マレーシアの国会議長だったモハメド・ノア・オマル(英語版)が韓国を訪れ、マレーシアが韓国のムスリム共同体を強く支持することを表明した。同年11月にはマレーシア政府により33,000リンギットがモスク建設のために寄付された。 1964年、韓国のムスリムたちは当時は発展途上にあった上道洞(朝鮮語版)にある5,600平方メートルの土地を購入し、モスクの建設を開始した。しかし、建設資金の横領などによって同年には建設は頓挫した。 モスク建設の失敗はマレーシア人ムスリムやマレーシア政府の韓国人ムスリムへの信頼に傷を付けた。マレーシアとの外交関係を懸念した韓国政府もこの失敗に関心を寄せ、1965年の4月と5月には韓国政府の支援により新たイスラーム団体である韓国イスラーム中央連合会(한국이슬람교중앙연합회、Central Federation of Korean Muslims、以下、中央連合会)が設立された。中央連合会は資金に規制を課すとともに本部をソウル特別市の龍山区に置いた。中央連合会は1969年3月には韓国ムスリム連盟(英語版)に改称され、宗教団体として法的な地位を得た。 建設用地の決定[編集] モスク建設計画が再び浮かび上がると、朴正煕大統領の指示のもと、金玄玉ソウル市長は盤浦洞(朝鮮語版)にある33,000平方メートルの市有地の寄付を申し出た。この申し出に対して、韓国ムスリム連盟は議論のすえ梨泰院にある5,000平方メートルの土地を求めた。 1969年4月26日にはサウジアラビアの在シンガポール総領事が韓国を訪れ、韓国ムスリム連盟と韓国政府とともにモスクの建設地について議論を行った。議論の末、梨泰院の5,000平方メートルの土地をモスク建築地とすることが決定され、土地は政府から寄付された[注釈 1]。 モスク建設[編集] いちど建設地が決定されると建設は迅速に進んだ。1970年11月には仮設のモスクが設立され、韓国ムスリム連盟により金曜礼拝が行われた。インドネシアやパキスタン、クウェート、アラブ首長国連邦、リビアのそれぞれ政府から寄付が行われたほか、1974年にはリビアのイスラーム団体から支援を受けた2人のパキスタン人イマームが指導のために韓国を訪れた。また、1975年にはサウジアラビアの王子であるナワーフ・ビン・アブドゥルアズィーズ・アッ=サウード(英語版)が視察に訪れた。 1974年の夏には建設計画が決定され、同年の10月に起工式が行われた。1976年5月21日にモスクは完成し、完成式典には51か国から参加者が訪れた。これらのなかには韓国と外交関係を持っていなかった国からの参加者もいた。 モスクの完成を祝って各国からミンバルやミフラーブ、時計、礼拝堂用のランプなどが送られたほか、サウジアラビアからは100冊のクルアーンやカリグラフィーが送られた。また、将来的な拡大のため毎年25,000アメリカドルが寄付されることとなった。

Continue reading

金色の海 – Wikipedia

『金色の海』(きんいろのうみ)は、NHK秋田放送局制作による「秋田発地域ドラマ」としてNHK BSプレミアムで2021年1月16日の22時30分から23時29分に放送予定のテレビドラマ。東京での生活に挫折し秋田県大潟村の夫の実家に移住した女性が、人々とのふれあいの中で生き方を見直し新たな道に歩み出す姿を、村の干拓史や美しい田園風景を背景に描くヒューマンドラマ。瀬戸山美咲作、岸井ゆきの主演[1][2][3]。 あらすじ[編集] 東京の広告代理店に勤める橋田早苗は、心身の疲労が重なって重要なプレゼンをすっぽかし挫折感を味わう。早苗は夫・真治とともに秋田県大潟村にある真治の実家に移り住むこととなるが、前職の出版業界に未練を残す真治は東京へ帰ってしまい、残された早苗は夫の両親、祖母との一風変わった共同生活を始める。 偶然出会った八木祐也に声をかけられ、村で50年続くバンド「ハチロウボーイズ」の練習見学に行った早苗は、半ば無理やり入団させられて、戸惑いつつ練習参加を続ける中で「自分の居場所」が見つかったことに喜びを感じ始める。一方で、減反を巡る賛否など異なる考え方を持つさまざまな人たちが、互いの立場の違いを超越し1つのバンドとして活動を続けてきたことを知る。 やがて稲刈りの時期を迎え、自ら望んで稲刈りに挑んだ早苗は、コンバインの操作に悪戦苦闘する中で、早苗を迎え入れるかのように目前に大きく広がる「金色の海」を目にする。 登場人物[編集] 主要人物[編集] 橋田早苗(はしだ さなえ)〈29〉 演 – 岸井ゆきの 主人公。東京都出身。東京の広告代理店勤務。 橋田真治(はしだ しんじ)〈29〉 演 – 上川周作 早苗の夫。大潟村出身。大学進学で上京し、その後都内の出版社に勤務していたが、早苗のために仕事を辞めて大潟村に帰る。

Continue reading

ティッチボーン事件 – Wikipedia

左はロジャー・ティッチボーンの1853年の写真。右は1874年の「主張者」の写真。中央は「主張者」の支持者が、2人が同一人物である証拠として提出した合成写真(裁判においては、加工が可能であるとして重視されなかった[1]。) ティッチボーン事件(ティッチボーンじけん、英: Tichborne case)は、ヴィクトリア朝時代の1860年代から1870年代にイギリスで起こった事件。 海難事故で行方不明となっていた準男爵家の相続人として名乗り出た人物の正統性をめぐり、当時の社会に一大センセーションを巻き起こした。 ロジャー・ティッチボーン。1853年から1854年に南米で撮影 ティッチボーン家はノルマン・コンクエストの頃からハンプシャー州オールズフォード付近に領地を持つ、カトリック信徒の旧家だった。1621年に準男爵位を得た[2]。 1862年6月に10代準男爵ジェイムズが亡くなったとき、本来は長男のロジャー(Roger Charles Doughty Tichborne, 1829年 – ?)が称号と財産を相続するはずだったが、ロジャーは1854年に南アメリカ沖で海難事故に遭い死んだものと信じられていたため、弟のアルフレッド(1839年 – 1866年)が相続した(アルフレッドの浪費癖により、ティッチボーン家は領地ティッチボーン・パークから立ち退き、賃貸に出した)。 未亡人でありロジャーの母であるレディ・ヘンリエッタ・ティッチボーン(? – 1868年)は、ロジャーの乗っていた船から生存者が救助されてオーストラリアに運ばれたという未確認情報や占い師の助言により、息子の死を信じず、オーストラリアの新聞各紙に情報を求める懸賞金つき広告を大々的に打った。この広告には、遭難経緯の詳細情報と、ロジャーの外見(「華奢な体格でかなり背が高く、明るい茶色の髪と青い目」)について書かれていた。 1865年10月、ニュー・サウス・ウェールズのウォガウォガで肉屋を営むトマス・カストロなる男性が、自分がロジャーであると名乗り出た。のちに「主張者」(the Claimant)と広く呼ばれるようになるこの人物は、シドニーでティッチボーン家の元使用人2人(庭師だったマイケル・ギルフォイルと、第9代準男爵エドワード(1872年

Continue reading

まんがの森 – Wikipedia

まんがの森(まんがのもり)は、白夜書房の系列会社「宣伝ルーム」が経営していた、漫画専門の書店である。漫画専門書店としては草分け的存在だった。2013年2月の上野店閉鎖をもって全店が閉店した。 前身はセルフ出版が経営していたビニ本屋「セルフの店」。後に白夜書房がセルフ出版を吸収し、発展的にまんがの森となった。 1984年10月1日に新宿店を開店して以降、東京近郊を中心に店舗展開を開始。当初は後に「成人マーク」付きコミックスと言われるようになる親会社の出版物である男性向け美少女コミックスを多く扱っており、1980年代には成人向け漫画の半ば「聖地」として扱われていた。後に東京三世社などの出版社がアンテナショップを出店するきっかけともなった。 その後、成人向け漫画が社会問題となったために取り扱いを中止し、一般・女性向けコミックスを中心にしたごく普通の漫画専門店に方向転換した。しかし、長らくあった「マーク付きの“聖地”」的なイメージを払拭するための展開を積極的に行わなかったため、その手の客から逆に「欲しい本が置いてない店」という誤解を受ける結果となり、この親会社の出版物を販売できない子会社への方向転換は後々まで大きな足かせとなった。 1990年代に入ると出版業界がメディアミックス展開を開始。この影響でコミックスや小説だけでなく、関連ビデオ、CD、後にゲーマーズを出店することになるブロッコリーの商品や、ガイナックスが独自に販売していた絵コンテなどをグッズの受託販売なども始める。 また、このころより海外コミックス・フィギュアなどの輸入販売を開始。日本の中堅漫画家の原画を使用したオリジナルのスペイン製ポスターを逆輸入販売するなどし、販路を拡大。やがてアメリカンコミックの映画化、キャラクターの格闘ゲーム参入などで海外コミックがブームとなり、大手出版社もそれに追随するように版権を購入して販売を開始。まんがの森の方針は時代を先取りした取り組みだった。 一方で、洋販よりは安かったが30ページ程度の1話収録で500円以上と商品の単価が高かったうえ、日本では英文を読む目的というより芸術作品的発想で購入する人が多く、一部の人気漫画家の作品以外売れなかったうえ、市場調査をせず全店舗で同じ展開をしたために在庫が山となり、経営を圧迫することとなった(もっとも、まんがの森勤務・印口崇によるとアメコミで赤字は出していなかったとの事)。そのため、後に店舗面積の広い町田店、外人や芸能人の来店の多い渋谷店に集約させた。最盛期には10店舗以上を展開していたが、2013年2月28日の上野店閉鎖をもって全店が閉店した。 かつてのイメージキャラクターはCMにも出演した飯島愛。1990年代後半には『天地無用!』などのアニメのスポンサーとなり、そのキャラクターをCMに使用していた時期もあり、このつながりで横山智佐主演ビデオも受託販売していた。また、初期に出店した店舗には桜玉吉の描いた「べるの」や山本貴嗣などのキャラクターによる看板が使用されていた。 上野店前景(2013年2月28日)右の看板のキャラクターが「べるの」である。 新宿店 JR新宿駅南口から甲州街道沿いに行った所に立地。2002年10月15日閉店。事実上の「本店」であり聖地視されていた。初代店長は印口崇(おしぐちたかし、のち徳間書店・復刊ドットコム) 高田馬場店 高田馬場駅戸山口前に立地。コアマガジンの直営店「コアブックス」に移行。後にコアブックスは2009年4月3日に池袋に移転。跡地にはBOOK OFF高田馬場店が入っていた。 吉祥寺店 1988年2月開店、2005年8月14日閉店[1]。駅前の吉祥寺MRビルB1Fに存在。営業時間の間は看板は1階に出ていた。まんがの森では一番小さな店舗だった。 池袋店 東急ハンズ裏手に立地。時々原画展を行っていた。漫画家のサインが飾ってあった。2009年4月2日閉店。高田馬場から移転という名目で2009年4月3日に「コアブックス」に移行、2013年1月末日に閉店。その後はK-BOOKS店舗 津田沼店 2000年閉店。

Continue reading

ウェスレーの四辺形 – Wikipedia

ウェスレーの四辺形(ウェスレーのしへんけい、Wesleyan Quadrilateral)とは、イングランド国教会の司祭であったジョン・ウェスレーの神学的方法論である。この用語は、20世紀のアメリカのメソジストであるアルバート・C・アウトラーによって作られた[1]。 ウェスレー研究を通じて、アウトラーは、ウェスレーはイングランド国教会が示した「聖書」「伝統」「理性」に「経験」を加えた4つを神学的な判断基準としていたと理論化した。ただし、ウェスレーはこれら4つを同列に並べたのではなく、神の言葉である「聖書」こそが至高の基準、唯一の権威であり、他の「伝統」「理性」「経験」は、聖書の教えを支持するためのしもべとしての役割を果たしていると考えていた。それゆえ、「ウェスレーの四辺形」という表現より、「聖書」を頂点に他の3つの支点を持つ三角錐のイメージとして捉え「ウェスレーの三角錐」としたほうがより妥当であるとする意見もある[要出典]。 聖書 (Scripture) ジョン・ウェスレーは、馬上でも本を手放さなかったと言われる読書家だった。しかし、ウェスレーは「一書の人」として、聖書に生き、聖書を解き明かした。「聖書」は神のことばであって、信仰と実践の唯一の規範だったからである。ウェスレーの説教は、聖書からの引用に満ちていることで知られている。 伝統 (Tradition) 理性 (Reason) ウェスレーにとって「信仰」と「理性」は決して対立するものではなかった。ウェスレーにとっては、理性的でないキリスト教信仰は考えられなかった。しかしながら、ウェスレーが意味する「理性」とは、自立した神なき啓蒙主義の理性ではなく、神によって与えられた賜物としての理性であった。それゆえ、理性は、聖書、すなわち神のことばを理解するために用いられるべきであって、それは主人としてではなく、しもべとして機能しなければならないと主張した。 経験 (Experience) 経験はイングランド国教会にはなかったウェスレーによって採用された新しい基準である。ウェスレーは、経験を重要視する点において、経験こそは真理を認識する根拠であるとするイギリス経験主義の感化を受けていると言われている。ウェスレーは教理を逐一経験と照合して、その真理性を確認する必要を主張した。『キリスト者の完全』の教えを強く宣べ伝えたのも、それを経験したメソジストの多くの信仰者がいたからこそであると言える。 関連項目[編集] 外部リンク[編集]

Continue reading

ピコラ♥ピコラ – Wikipedia

『ピコラ♥ピコラ』は、たちいりハルコによる日本のギャグ漫画作品。小学館の漫画雑誌『週刊少女コミック』1976年16号から1983年24号まで連載された[要出典]。単行本は全7巻で、第1巻から第5巻までは「フラワーコミックス」として小学館から、第6巻と第7巻は「別冊エースファイブコミックス」として松文館から刊行された[1]。第8回日本漫画家協会賞優秀賞(1979年度)を受賞[2]。 本作はほとんどが1話2頁か4頁[3]あるいは5頁の短編だが、まれに6頁以上の話もある。同時期に小学館の子供雑誌で連載されていた、同じ作者の漫画『パンク・ポンク』よりは登場人物のアラヤダがアダルトネタを振りまくせいか大人っぽい話が多い。その時代の流行を取り入れた内容が多い。 あらすじ[編集] インコのピコラと少女コミイ、コミイの友だちの少年ルネ、コミイの伯母アラヤダを中心とする、ほのぼのしたり、ハラハラしたりする物語。ピコラを始めとする登場動物が人間と同じようにしゃべったり食べたりして、扱いはペットだが人間と共同生活をする。しゃべれない動物もいるが、人間の言葉は理解する。 ある日、主人公の少女コミイが空から飛んできたインコをペットにする[4]。そのインコはまるまると太っていて、体がコミイより大きく、自称どおりピコラと呼ばれることになる[5]。ピコラは雑食で人形まで食べようとし[6]、過食のためにますます太り、コミイにときどき「ブタインコ」[7]とか「ブスインコちゃん!」[8]とか言われる。ピコラは『ふたりのロッテ』や [9]テレビで見た映画のキスシーンや[10]ブルース・リー[11]などに次々と興味を示し、過度に影響を受けたり曲解したりして、コミイやルネを当惑させたり困らせたりする。そのうちピコラはいつのまにか言葉をだいぶ話すようになり、アルバイトで客の呼び込みまでしたりもする[12]。 ピコラは夏にコミイとルネと一緒に海に行ったり[13]、お化け屋敷に行ったりする[14]。ピコラはコミイの作る料理に不満があり、テレビで『きょうの料理』を見て料理を覚え、料理が出来るようになると、料理べたのコミイとは違って料理上手になる[15]。コミイの母の姉であるアラヤダおばさんが訪ねて来て[16]、ひと騒動あったあと、ピコラはオウムのロージィに一目ぼれするが[17]失恋に終わる[18]。 キャラクター[編集] この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。出典検索?: “ピコラ♥ピコラ” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2021年3月) ピコラ 突然、コミイの元にやってきた、大型の緑色のインコ。身長は連載始めはコミイより高かったが、物語が進むにつれコミイたちが成長したのかコミイより低くなる。体型はかなりの肥満。性別はオス。初恋はメスのオウムのロージィだが、次に犬のジョゼフィンを好きになる。コミイの所に来た時は飛んでやってきたが、普段は飛ばない。窮地で夢幻状態に入ると隠されている羽が伸びて空を飛ぶことがある。空を飛ぶときは記憶がないことが多い。性格はちょっとドジでやきもち焼きだが、優しくて愛嬌がある。手先が非常に器用で料理や手芸が得意でコミイの家の家事を物語中盤から一気に引き受けている。喧嘩は体格の割に弱くコミイやホゲにやられることが多い 食べることが大好きで、なんでも食べ物に結び付けるところがある。口癖は「プギ」「ブギャ〜」「プッ」「プギリパ」など。演歌歌手が好き。

Continue reading

Sister Quest – Wikipedia

『Sister Quest』(シスタークエスト)は、2007年9月にSNKプレイモアから発売されたパチスロ機(5号機)である。保通協における型式名は、「シスタークエストX」。サブタイトルは “The Wonder & True Story”。後継に「シスタークエスト2〜魔剣の騎士と白銀の巫女〜」が生産されている。 パチスロ業界初のRPGとパチスロを組み合わせている点が最大の特徴。4号機の純Aタイプを彷彿とさせるシステムで、遊びやすさと当たりやすさの2大欲求を追求している。基本的にはBIG BONUSごとにストーリーが1話進んでいく。全18話で構成されており、第17話終了後にBIG BONUSに当選すると、エンディングが見られる。 2010年11月24日にオンラインゲームポータルサイトハンゲームの777(スリーセブン)ワールドに新台として登場。 スペック[編集] BIG BONUSは3種類(赤7・青7・白7揃い)で345枚を超える払い出しで終了(純増約312枚)。REG BONUSは3種類(各色7・7・BAR揃い)で119枚を超える払い出しで終了(純増約104枚)。 全ての小役(ベル・リプレイ・チェリー・スイカ)で同時当選機能搭載。スイカで期待度は1/5、チェリーの期待度は1/3(メーカー発表)。 ボーナス終了後999ゲームまでにボーナスに当選しなかった場合、次のボーナス当選までRTに突入する。その間、コインはほぼ現状維持となる。 BIG BONUSを引くと、話数によってはBOSSバトルに突入し、バトルはどちらかの体力がなくなるか、最大15ゲームまでに勝負が付かない場合はファイナルラウンドで決着がつくようになっている。勝利するとストーリーは進行するが、敗北するともう一度その話はやり直しとなる。また、練成シナリオで練成に失敗した場合も同様に同じ話をやり直す形となる。 プレイ時、とある操作をすることによって、好きな話から始めることができる。

Continue reading