Month: June 2018

パッセンジャー (歌手) – Wikipedia

パッセンジャー(Passenger)ことマイケル・デヴィッド・ローゼンバーグ(Michael David Rosenberg、1984年5月17日 – )は、イングランド出身のフォークロック・シンガーソングライターである。 バンド「パッセンジャー」のメインボーカルおよび作曲担当であったローゼンバーグは、2009年のバンド解散後、ソロ活動となってもバンド名を使い続けることにした。彼のベストシングルである“Let Her Go”は、多くの国でヒットチャート第1位にランクインしている。この曲は、2014年のブリット・アウォーズ“最優秀英国シングル賞”にノミネートされただけでなく、英国作曲家協会(BASCA)によるアイヴァー・ノヴェロ賞の“最もパフォーマンスされた曲”を受賞した[1]。 生い立ち[編集] 1984年5月17日[2][3]、ローゼンバーグはイングランドのイースト・サセックス州ブライトン・アンド・ホヴに生まれた。母親はイングランド人、父親(Gerard Rosenberg)はニュージャージー州ヴァインランド出身のアメリカ人であり[4][5]、父方の家族はユダヤ系である[6]。ローゼンバーグは、子供の頃にクラシックギターを覚え、14、15歳頃には作曲を始めた。ブライトンでの学校時代には、勉強をせず、専ら音楽に没頭した。音楽で身を立てようと思ったので、16歳の時に学校をやめ、その後、数年間はイングランドとオーストラリアでストリートミュージシャンとして生活することになる[7]。現在でもブライトン在住である[8]。 活動初期[編集] 2001年当時、映画製作会社に勤務していた父親が、ローゼンバーグをフェイスレス(Faithless)の元メンバーであったジェイミー・カトー(Jamie Catto)に引き合わせた。このことがきっかけとなり、2002年にロンドンのロイヤル・コート劇場で行われた「ミャンマー解放運動」チャリティーコンサートで2曲を演奏することになる[9]。この時に、その後一緒に曲作りを行なうアンドリュー・フィリップス(Andrew Phillips)と出会い、また、IE Musicレーベルとのつながりを確立する。ブライトンに戻ったフィリップスとローゼンバーグは、フィリップスの自宅内にあるスタジオで作曲を始め、これまで二人が影響を受けてきたミュージシャンからの感化(実にサイモン&ガーファンクルからDJシャドウと幅広い)がここで融合することになる。2003年には、地元ブライトンの音楽仲間のつてで、マーカス・オデアー(ベース)、アロン・コーエン(ドラム)、リチャード・ブリンクロー(キーボード)をむかえ、“マイク・ローゼンバーグ・バンド”が結成された[10]。 2003年~2009年:バンド“パッセンジャー”[編集] ローゼンバーグが最初に人前で演奏したのは16歳の時であった。2003年にはブライトン・アンド・ホヴで、アンドリュー・フィリップスとともに“パッセンジャー”を結成した。2007年にチョークマーク・レコード(Chalkmark Records)から、バンドの最初で最後のアルバム“Wicked Man’s

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